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168話 お引っ越し

 倉井 最中(くらいもなか)は父親の運転するコンパクトカーの後部座席にいて流れる風景を眺めていた。

 母親は助手席で父と話している。

 やがて車は国道沿いにある大型ホームセンターの駐車場へと入っていく。

 広い駐車場の一角に留めると、運転席にいる父親が最中に声をかけた。

「ついたぞ。久しぶりの車はどうだったかな?」

「通学でバスを乗ってるから平気だよお父さん」

「そうか、ならよかった。さ、降りて」

 家族が車を降りると父親は背伸びをした。

「うーん。久しぶりに運転すると肩がこるなー」

 コキコキと両肩を鳴らす。


 幅百メートルはある巨大なホームセンターを見て最中は頭を傾けた。

「どうしてここに来たの?」

 聞いた両親は互いに目を見合わせて笑った。

「前に話しただろ、聞いてなかったのか? ああ、そういえばスマホを楽しそうにいじっていたようだったな」

「最近、最中ちゃんは他に気を取られててねー」

 二人の言葉に思い当たる節がある最中は顔を赤くした。確かちょうど葵 海(あおいうみ)とLI〇Eを夢中でしていたことを思い出したのだ。

「その…ごめんなさい」

「ははは、まあいいだろう。言っておくが今更反対は無しだからな。我が家は引っ越しすることにしたんだ」

「それって……?」

「そうだよ。地底生活は終わりだ。これからは地上でのことを考えないとな」

 父の言葉に最中は驚いて目を見開く。衝撃的事実に焦って聞き出した。

「ど、どこに住むの?」

「ははは、せっかく最中が高校に馴染んでいるのに離れないよ。今住んでいる場所から近くだ」

「よかった」

 聞いて安心した最中は胸をなでおろした。もし遠くへ引っ越しすることになったら、間違いなく泣いてしまうから。

 それだけ海と離ればなれになるのが今の最中には考えられなかった。


 家族はホームセンターに入っていくと、まずは家具のコーナーへと足を向ける。

 広い空間に商品がはるか先まで陳列されている状態に最中は目を見張った。

「わぁ〜。すご〜〜い!」

 初めて来たホームセンターで商品の物量の前に最中は圧倒されていたのだ。

 カートも巨大でスーパーに置いてあるものがおもちゃに見えるほど。

 こんなところに海さんと一緒に来られたら楽しいだろうなと最中は思った。

 慣れている両親に連れられ、ふと最中が疑問に思って母に聞く。

「何を買う予定なの?」

「そうねぇ。ソファーとテレビ台にキッチンテーブル……新しい家に必要なものね。いままではアパートで家財も借り物だったから。最中ちゃんも好みがあったら言ってね」

「わかった」

 なるほどと最中は(うなず)く。

 今まで住んでいたアパートは地底人用に斡旋された場所だったようだ。仕事が落ち着くまでの仮住まいで、地底人が地上に順応するための施設だ。

 地上での仕事が順調に進む両親は、このまま新しい家に引っ越して地下には戻らない予定だ。

 新しい家がどこにあるのかは置いて、倉井はこの場を楽しむことにした。


 広い売り場をあちこち回り、必要な家財を購入した両親と最中は併設されているフードコートでひと休みしていた。

 移動距離が長いため、すっかり足に疲労がたまる。

 この間の部活よりも歩いている気がするなと最中はクリームメロンソーダをストローですすった。

 巨大な売り場は楽しいけれど、移動が多くて大変なことを最中は知った。

 熱いコーヒーを飲みながら父親が(ねぎら)う。

「お疲れだったな。とりあえず今日はここまでにしょうか。最中は欲しい物はあるか?」

 聞かれた最中は首を横に振った。

「ははは、そうか。また必要な物があったら買いにこよう。母さんもそれでいいか?」

「ええ。あ、でも帰りにスーパーへ寄ってほしいな」

「わかった」

 口数少なめな家族の会話。これはこれで居心地がいいけれど、いつも騒がしい葵家も最中には楽しい。

 今日は大型の家財を購入したので自分達で持って帰らずに配送を手配していた。

 手元にあるのは日常で使う消耗品が中心だ。

 しばらくして休憩をすませた三人は駐車場へと向かった。


 車に再び乗り込み、帰り道を行く。

 途中で大型スーパーに立ち寄り、食材などを買い込んだ。

 道を走っている途中で父親が母と最中へ話しかけた。

「一度、新居を見てみるか? 今のアパートに戻る前に寄るけどどうだ?」

 母は笑顔で(うなず)き、娘は首を縦に振る。

 笑った父親は寄り道するために住んでいるアパートを通り過ぎた。


 車は深原(ふかばら)駅近くを曲がり、高校方面へと向かう。

 知っている風景に最中は胸がドキドキしてきた。

 今まではバスに乗って葵家に通っていたのに、ひょっとしたら徒歩でいける距離になるかもしれないからだ。

 そんな最中の期待に応えるかのように車は高校を通り過ぎて進み、途中で曲がる。

 車が直進して曲がっていくうちに最中は道がわからなくなる。とりあえず高校には近いのはわかった。

 ほどなく住宅街と思わしき、ポツポツと家が並ぶ場所へ入ると一軒の前に車は止まった。

「ここだ。中古だが間取りも広くていい家だと思うぞ」

 父親が振り返って最中に笑いかける。

 車を降りた最中は家の玄関に立った。

 このあたりでは標準的な二階建てだが、広い庭があり、余裕で普通車二台程が入りそう。外観は修繕されているのか綺麗に保ち、一見しただけでは新築のようだ。

「大きいね」

 いままで住んでいたアパートの部屋に比べればまるで違う。なんてたって両側にいる住人に気を遣わなくていいのだ。

 薄い壁を隔てただけのアパートは、少し大きな音を立てただけで隣の部屋に響いてしまうから。

 目をキラキラさせて家の前で写真を撮り始める最中。

 その様子に微笑んだ両親は玄関の鍵を開けるとホームセンターで買ったちょっとした荷物を中に入れ始めた。本当なら別の日にする予定だったが、もののついでだ。


 夢中になって家の前で写真を撮っていた最中に後ろから声をかけられた。

「あれ? 最中じゃね?」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには黒ずくめの冬草 雪(ふゆくさゆき)が立っていた。

「雪先輩!」

「おお、本当に最中だ。家を盗撮してるのか?」

「盗撮じゃないです。この家に引越することになりました」

「マジで!? すげーな! っていうか、あたいの家は向こうにあって、わりかし近くだよ」

「わー! ご近所!」

 なんと最中の引っ越し先は冬草の家に近いところだったようだ。

 新しい家に興奮してテンションが上がっている最中。いつもはマイペースな最中の珍しい姿に冬草は笑う。

「わかるよ。あたいも東京の小さいアパートからこっちに越したときは、でかい家でビビってたもんな。よかったな、これで海とも会いやすくなるだろ」

「…うん」

 はにかみながら(うなず)く最中に冬草はさらに笑った。頑張れよと心の中で応援しながら。

「それじゃ、あたいはバイトだから。今度遊びに行くよ〜」

「うん。がんばってね」

 ヒラヒラと手を振って冬草が離れて行く。最中も手を振って送り出した。

 冬草の後ろ姿が遠くなる頃に最中の両親が玄関から出てきた。

 見送っていた最中に父が声をかける。

「外で声が聞こえたが、何かあったのか?」

「うん。雪先輩が通りがかって少し話したよ。今日はバイトだからすぐに行っちゃった」

「そうか。よかったな」

 最中から部活のことを聞いていた父は嬉しそうに目を細めた。

 この地に来てから娘に友達が増えて、本当に楽しそうにすごしている。父も地上での仕事が順調で表情が明るい。

 思い出したように最中が付け加えた。

「雪先輩の家がご近所だったよ」

「そ、そうか。挨拶したほうがいいかな?」

「大丈夫だと思うよ」

 娘に言われて、それもそうかと思う父。家族ぐるみの付き合いもないのに挨拶をしにいったら、それも変な感じだ。

 楽しそうに新居について話が弾む親子は車に乗り込むとアパートへと戻っていった。


 日も傾きつつある頃。

 息を切らして葵 海(あおいうみ)が家の前に自転車を止めた。

「はーはーはー……ここね!」

 急いできたようで肩で息をして、額に浮かんだ汗をぬぐう。

 さっそく自転車を降りて玄関の前に立つ。

 ちょっと身だしなみを整え、深呼吸するとインターホンを押した。

 ピーーン、ポーーン。

 チャイムが鳴るが返事がない。

「あれ? 誰もいないの?」

 不思議に思った海は再びチャイムを鳴らすが何の反応もない。

 さすがにおかしいと思った海は、スマホを取り出すと最中とLI〇Eのやりとりを見返した。

 そこには新しい家の写真数点と今度引っ越しすることになったと報告があった。

「今度って今日じゃないんだ……」

 気がついた海は自分の早合点にがっくりと頭を()れた。

 そう、海は最中が近くに越してくることに嬉しさのあまり、居ても立っても居られなくて自転車にまたがったのだった。

 浮かれた自分に恥ずかしさを覚え、顔を夕日のように赤く染めながら海は寂しげに帰っていった。

 このことは絶対に言わないでおこうと心に誓いながら。


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