167話 行ってみたぞ!
深原駅近くにある喫茶店。
店内には地底探検部の部員たちがテーブルについていた。
部長の夏野 空が座っている部員たちを見渡す。
「今日は雪先輩がバイトなので参加しません。秋風先輩も臨時で同じバイトに入ったので不参加です」
そう話す夏野の前にコーラが置かれた。
「はい。ご注文の品です」
喫茶店の制服に身を包んだ秋風 紅葉が部員たちの前にトレーから飲み物を配っている。
七分袖のピッチリ白シャツに前掛けをした黒いズボン。髪を後ろで束ねているため、いつもより五割増しで大人の雰囲気を漂わせている。
店の厨房では冬草 雪がせっせと注文の料理をマスターと一緒に作っていた。
そう、前回探検先を決めた部員たちは、休日にバイト先の喫茶店に押しかけていたのだ。
ホットミルクを受け取りながら葵 月夜が秋風に質問した。
「ありがとう。ところで厨房にいる雪の調子はどうかな?」
「がんばってる。今日は私がいるから少し緊張してるみたい」
「はっはっは。紅葉に無様な姿を見られたくないようだな。いいことだ」
「なんで上から目線なの?」
「ふっふっふ。なぜならバイトの先輩だからだ」
「そう」
自慢げに胸を張る月夜に対し、興味のなくなった秋風はトレーを抱えて厨房の方へとそそくさと引っ込んでいった。
「……」
応対が冷たすぎると恨めしげに秋風の背中を見つめる月夜。
苦笑した夏野が部員たちへ話し始めた。
「みんな聞いてください。ここで休憩してから例の通路と山の洞窟探しに出発します。いいですね?」
部員たちは各々グラスを持って夏野に応えた。
初っぱなから休んでるのもどうかなと顧問の岡山みどり先生は思ったが、まあいいかとミルクティーを口にふくんだ。
空調の効いた喫茶店は地底探検部の足に根を生やさせ、出発する時間を大幅に遅らさせていた。
なんとか意を決し、外に出た一向は春木 桜の案内で川沿いへと向かう。
住宅街をぞろぞろ通っていると夏野が足を止め、月夜の袖を引っ張った。
「ここです! ここです!」
「ん? 何かな?」
「ここがわたしの家です!」
じゃじゃーんと両手を広げて夏野がアピールする。
そこは駐車場付きで小さな庭付きの二階建ての普通の家。この辺りの住宅街では平均的な家屋だ。
「そ、そうか。初めて空君の家の前を通ったな」
意外な展開に月夜は驚きつつ、なんとか平静さを保っていたが、夏野が家へと入っていき玄関を開ける。
「おかーさーん!」
「ちょっ!? 空君?」
「まあ、まあ」
なぜか余裕の夏野がびっくりしている月夜をとどめる。
すると玄関先の廊下の奥からパタパタとスリッパの音が聞こえ、ふくよかな中年の女性が出てきた。どう考えても夏野の母親だ。
「ちょっと空。さっき出かけたばっかりじゃないの? 今日は部活でしょ。あら? その方たちは?」
笑顔の夏野に迎えられた母親は月夜たち地底探検部の面々に気がついた。
「お母さん。月夜先輩と部員の人たちだよ」
「あー!? あなたが! はじめまして! 空が言ってたより全然美人さんね!」
「初めましてお母さま。ところで空君は一体私のことをどのように伝えてるのだろうか?」
「あっはっは。気になるの? 大丈夫、変なこと言ってないから!」
「もーお母さん!」
けっこう豪快に笑う夏野の母に戸惑いながらも月夜が質問するがかわされてしまう。
そのあと、みどり先生が部の代表として挨拶して部員たちは頭を下げた。
せっかくだからお茶でもと夏野の母に進められたが、やっと喫茶店から抜け出したばかりなのでと辞退した。
「まさか空君の家を紹介されると予想外だったな……」
夏野の家から離れたところで月夜がこぼすと春木が笑う。
「あははは。ちなみに今通り過ぎた家があたしの家だよ」
「は? そんなにご近所なのか」
月夜が振り返って春木の家を見る。こちらも夏野の家と同じようなタイプで、屋根の色が違うぐらいだ。
「さすが幼馴染! こんなにお家が近かったんですね! 感心しました! だから以心伝心なんですね!」
「しかし、線路のこちら側はあまり来たことがないから新鮮だな」
目をキラキラさせてほめる吹田 奏の後を月夜が続ける。
そう、国道の大通り沿いの線路を挟んで駅の近くは住宅街のある一角だったのだ。まだ駅周辺が栄えた頃に計画的に整備された場所で、かつての名残がそこにあった。
月夜の住む家とは反対側にあるため、近いとはいえ、なかなか訪れない所だ。
初めて知った夏野と春木の家について話題にしながら部員たちは先へと進む。
十分も歩かないうちに川へと着いた一行。
川は深い堀の底に流れており、用水路な雰囲気だ。川沿いにはフェンスが張られて中へと進入できないようになっている。
ちょろちょろと流れる川を見下ろして、部員たちは春木に顔を向けた。
「……」
「ここじゃないから。もうちょっと先だって。あたしの記憶が正しければ間違いないよ」
全く動じない春木が部員たちを先へとうながす。
ほんとかな? と疑問に思いながらも足を動かす月夜たち。
ちなみに葵 海と倉井 最中はお互いにスマホで写真を取り合っていた。どうやら記念写真のようだ。
だらだらと川沿いを歩く。
やがて前方に橋が見えてくると川は下へと潜り込んだ。
すると川沿いのフェンスが途切れ、川へと下る小道が現れた。
「どう? あったでしょ!」
「確かに。驚くべき桜君の記憶力だ」
「わぁーすごいです。さすが豪語してただけあって、本当でした。やっぱり先輩は凄いです!」
残念そうな月夜と対照的に吹田が持ち上げる。
もちろん春木は胸を突き出して、きらりと歯を見せ自信満々だ。
丈夫そうなステンレスの手すりが続き、人がひとり通れるぐらいの細道を下っていく。手すりの向こうは川で一メートルほど下をちょろちょろと浅く流れている。
やがて橋の下をくぐりぬけると登りの坂が見えてくる。
「うーむ。これは普通に地下道と言っていいのかもしれないが、橋を横切る危険を防止するためのものかもしれないな」
部員がひとりづつ連なって通る中、月夜がきょろきょろしながら分析する。
春木も思うところがあるのか頷いた。
「子供の頃の記憶だともっと大きくて暗い感じだったんだよね。久しぶりに来てみて、ちょっと肩透かしな感じ」
「だろうな。つまりは君が大きくなったということだ」
ふふんと月夜が笑う。
ムスッとした春木に夏野がフォローする。
「しょうがないよ。だって昔のことでしょ。わたしなんて未だに思い出せないもん。ね?」
「空は忘れすぎー」
全然フォローになってない言葉に春木は笑う。つられて夏野もえへへと笑った。
橋を下から通過した一行はそのまま岩山へと向かう。
川から離れて、しばらく歩いた先に小さな山があった。なんとなく昔話に出てくるような裏山みたいな感じだ。
緑に覆われた小山を見上げながら月夜が腕を組む。
「これがそうか…表面上は岩が見えないな」
「ですねー。もっと近くに行きましょうよ」
まだ元気が余っている夏野が明るくスキップで先を進み、やれやれと月夜たちが続いた。
山肌が見えそうなぐらい近づくが草がびっしりと生えていて根元がわからない。
部員たちは道路沿いに山を回ってみることにした。
ちょうど道路は山を囲むように通っていて、一行が進むと来たところと反対側に小さな神社らしき鳥居が山側に現れた。
鳥居の奥は階段が続き、ちょっとした穴がのぞいている。
吹田が興奮したように眼鏡を直した。
「きっとお爺ちゃんが言っていた洞窟ってあれです! 少し話とは違いますけど、昔ですから時代の変化があったんですね!」
「面白そうだから見て見ようよ!」
つられたように春木も興味津々で階段を上り始めた。
「まあ確かに穴を調べれば山の様子もわかるな」
月夜や部員たちも続く。海と倉井は鳥居をバックにスマホでパシャパシャしていた。
階段上の穴はちょっとした洞窟のように山の中へと入っていく。洞窟の壁は岩肌で荒く削られた跡がある。
五メートルほど先には小さな祠がちょこんと鎮座していた。大きく削られた洞窟には日の光が差し、祠を照らしていた。
間違いなく吹田のお爺さんの言っていた岩山は本当にあったのだ。
むき出しの岩壁に指をはわせて月夜は吹田のお爺さんスゲーと、その記憶力に感心していた。
「なんか普通だね」
「そうですね」
奥まで進んだ春木がぽつんと呟き、吹田が同意する。もっと面白いものがあると期待していたようだ。
ちなみにみどり先生はおどおどしていて、今日は何事もありませんようにと熱心に祠で祈っていた。
神社から出て山の前に下りた部員たち。今の状態は探検というより散歩だ。しかも近所をちろょっと移動しただけの距離しか歩いていない。
腰に手を当てた月夜がまだ真上で輝く太陽に目を細め、夏野に聞いてきた。
「思ったより短くすんだようだな。空君どうする?」
「そうですねー。戻りましょうか」
ニコリと答える。あ! と思い出した夏野が付け加える。
「うちに寄ってきます? 歓迎しますよ」
「い、いや。今日は人数が多いから迷惑をかけてしまうから。別の機会にお邪魔しよう」
「本当ですね?」
「う、うむ」
圧のある夏野の笑顔に若干引きながら月夜は頷く。月夜たちのやりとりを春木と吹田は笑って見ている。
そんなこんなで駅方面へ向かう部員たち。今回は何事も起きなくてみどり先生はホッとしていた。
駅近くの喫茶店。
カランカランとドアベルが鳴り、秋風が笑顔を向けた。
「いらっしゃいま……なんでまた来たの?」
「いいじゃないか何度でも。そんなに嫌そうな顔をしないでくれよ~紅葉」
怖い顔をしている秋風にドアを開けた月夜が苦笑していた。
「部活はどうしたの? さっき出ていったばかりでしょ?」
「うむ。二か所を探検予定だったんだが、どちらもあっさりと終わってしまってね。ちょうどお昼だから皆で食べようとなったわけだ」
「もーー! 今、厨房は忙しいの! 他のお客さんが多くいるの! 雪がパニックになっちゃうでしょ!」
「はっはっは。試練だな」
「意味わかんないし!」
憤慨する秋風をよそに月夜たち地底探検部の部員たちは空いているテーブルについてしまった。
「後で注文取りに行くから!」
店内の給仕は秋風ひとりだけのようで忙しく動き回っている。
急いで月夜たちの水を運んでくると注文も取らずに厨房へと引っ込んでしまった。
月夜と夏野は目を合わせ苦笑するとテーブル席から立ち上がった。
二人は厨房に行きマスターに挨拶するとロッカーへ向かい着替え始めた。
わき目もできないほど調理に集中している冬草を月夜が手伝い、店内では夏野が秋風をサポートする。
大わらわだったマスターも新たな助っ人に汗をぬぐって笑顔になる。
そのまま夏野と月夜はバイトに入り、サービスメニューに部員たちはお腹を抱えながらお昼を満喫するのであった。