165話 恐〜い!
夕食後の葵家のリビングでは葵 月夜と妹の海、そして倉井 最中がソファーに座って大型テレビを見ながらくつろいでいた。
三人はすでにお風呂に入ったようで、パジャマに着替えている。月夜はタンクトップにジャージだが。
火照った体を冷やすように氷の入った麦茶を飲んでいる三人。
そしてテレビでは季節外れのホラー特集が流れていて、恐怖体験の再現ドラマで月夜たちをさらに冷やしていた。
迫真の演技で恐怖をあおる名も知らぬ俳優たちに月夜はまんまと怖がっていた。
「……どうして恐い思いをしてまで私はこの番組を見ているのだろうか?」
麦茶の入ったグラスを震える手で持ちながら月夜は呟く。
「なんでって、お姉ちゃんの友達が出てるからでしょ。昨日、自分で言ったじゃん。LI○Eで知らせて来たから見なきゃって」
「う、うむ。そうだった気もするな……」
海の言葉に月夜は昨日の夜にきたLI○Eの内容を思い出していた。
大阪のアイドルグループに所属する川岸 水面とたまにLI○Eのやり取りをしていた月夜。
ある夜に興奮したように何度も川岸からLI○Eが来ていたのだ。
どうやらグループのリーダー蟹屋 窓里と一緒にドラマに出演することが決定したと報告があった。
それは凄いと月夜は褒めて返信し、ドラマの放映日時を詳しく教えてもらっていた。
川岸はドラマの詳しい内容についてはぐらかしていたが、そんなに出演時間は多くないと断りを入れていた。
それでもグループの知名度アップになるし、新たなファンが増えるのではと期待しているようだ。
遠距離の友人に月夜は絶対にドラマを見ると約束して、妹とたまたま泊まりに来ていた倉井を巻き込んで見始めたところであった。
「ううっ…。恐いやつとは聞いてなかったよぉー」
「我慢して。というかなんで最中を抱きしめてるの!?」
震える月夜はいつの間にか倉井の背後から抱きしめてテレビを見ている。どうやら気を紛らわせるための暖かさを求めているようだ。
倉井は頬を染めて月夜のなすがままにされている。ちょうど肩口に月夜の豊かな胸が押しつけられた格好で、柔らかい感触が伝わって倉井はなんとも恥ずかしいような照れるような感覚になっていた。
「ちょっと! 最中もなんか言ってよ!」
「海さん動けないです……」
「もー!! お姉ちゃんに甘いよ最中は〜〜!」
姉につかまって逃げようとしない倉井。ムスッとした海が文句をぶちぶちと言い始めた。
そんな海の態度に本当は羨ましいのかなと思い倉井はクスクス笑う。
恐がりながらもテレビを注視していた月夜が何かに気がつき二人に声をかけた。
「おっ! あれは川岸さんと蟹屋さんじゃないか!?」
海と倉井がテレビに目を向けると、そこには新しい恐怖体験の再現ドラマが始まっていた。
女子グループがマンションの一室に集まって女子会を開いているところのようだ。
主役は海たちが見たことのある女優で、グループの中に川岸と蟹屋がいた。
間違いなく端役だ。主役の引き立て役のひとり。
それでも知っている人たちがドラマに出ていると不思議な気分になる。アイドルとしてテレビに映るのとは違って、演じているせいなのか歌っていない彼女たちの姿が新鮮だ。
テレビ画面ではドラマが進行している。
1LDKのリビングでは集まった主人公たちが女子会で盛り上がっている。
そこにベランダに通じる大きな窓ガラスがバン! バン! バン! 大きな音をたて突然叩かれた。
『きゃっ!? なに!?』
驚いた主人公がカーテンが開いている窓を見るが何も無い。
『どうしたの?』
『えっ!? う、ううん。なんでもない……』
隣に座っていた友達に声をかけられ困惑気味に返す主人公。
どうやら今の音を聞いたのは主人公らしく、他の友人たちは女子会トークに花を咲かせている。
残念ながら川岸と蟹屋はセリフもなく画面の端に映るだけだ。もはやモブのひとりだ。
ベランダ側の窓を不審に思いながらも明るく振る舞う主人公が話しの輪に入る。
ふと気になったのか再び主人公が窓を見ると、そこには……
血走った目を見開いた黒い顔があった。
『きゃぁーーーーーーっ!!』
「ぎゃぁああああああぁぁぁああああーーーーーーーー!!!!」
「おぐうぅ…」
「うっさいお姉ちゃん!」
ドラマの主人公と同じタイミングで月夜が叫び声をあげながら倉井を抱きしめる。
急なことだったので倉井から変な声がでた。しかも海に怒られている。
もう見てられないと怖がる月夜が目をギュッと閉じて倉井の背中に顔を押しつけた。
「ふぁあ!?」
生温かい月夜の吐く息に倉井から声が漏れる。
「ちょ、ちょっと! 最中から離れて!」
「ぎゃぁああああああーーーー!!!」
慌てた海が月夜から倉井を引き離そうとするが、強固に抱きしめているためままならない。
恐怖にかられた月夜は叫び続けている。
こうしてドラマそっちのけで三人は騒がしくバタバタとソファーで争っていた。
月夜のうるささに母が出て来て静かになる。
結局、ドラマの川岸と蟹屋を見たのは最初だけで、途中からはそれどころではなくなっていた。
母に怒られた時点で番組は終了しており、ニュース番組に変わっていた。
とりあえず月夜は川岸にLI○Eを送った。ドラマ見たよ、と。
ほとんど見ていなかったが、画面に映ってて感動したとか適当に送る月夜。決してドラマの内容には触れてはいない。
すぐさま川岸から返事がスタンプ付でポンポン来る。
とても嬉しそうな相手の反応に月夜はホッとして寝る支度を始めた。
先に風呂をすまして良かったと、このとき月夜は思った。ドラマの後だったら、とても恐くて一人では入れないから。
しかし、自室で布団に潜り込んで気がついた。
この部屋に、ひとりでいることに。
その頃、海のベッドの隣に布団を並べて倉井が寝る準備をしていた。
「大丈夫だった? ごめんね変態姉貴で」
「ううん平気。それに月夜先輩は恐がりだし……」
「ホント困っちゃうよね。もし隣に家があったら叫び声が丸聞こえで、めちゃ恥ずかしいよね。間違えて事件かと思われちゃうし」
「ふふふ」
笑う倉井につられて海も笑う。
ドラマはよくわからなかったが、こうして倉井と和やかに話せることに海は嬉しさを感じていた。
と、部屋と廊下を仕切っていた襖がパシーンと勢いよく開き、月夜が登場した。
「う〜み〜〜! お姉ちゃん恐くて一人で寝るのは無理だぁ〜〜!!!」
あっけにとられている海のベッドへ月夜が飛び込んできた!
「ひやっ!? ちょっとー! なにしてんの!」
「恐いんだよぉ〜。ひとりだと寂しいんだよぉ〜」
「あーうざい!」
抱きついてくる月夜に妹の海は激しく抵抗する。
さらに布団に潜り込もうとする姉を必死に食い止めた。
「むう。なぜだ? 可愛い妹だろう?」
「恐いことがあるとすぐに来るし! だいたいあのドラマはフィクションでしょ! もうちょっと大人になりなよ!」
「そうは言っても恐いのは変わらないのだ」
妹の布団を諦めた月夜。海は布団から目を出し姉を威嚇している。
仕方なしと月夜はベッドを降りて倉井の布団に潜り込む。
「わーー!? ちょっと!?」
慌てた海が止めようとしたが間に合わず、倉井の背中から月夜が手を回し、がっしりと抱きついている。
「ふふふふ、これなら文句あるまい。我が家には二人の妹がいるからな」
「あの…今は違いますけど……」
弱々しい倉井の苦情。そう、いつか海と付き合ったり結婚したりしたら正しく義妹になるからだ。
完全に否定できない倉井は新しい義姉に弱い。
怒った海が自分のベッドから出てきて、これまた倉井の布団へと入ってきた。
「さっきから最中になにしての! バカ姉貴!」
「ふふん。これなら恐くないのだ」
「最中も言ってやってよ! もうやめてって!」
「……」
「最中?」
目の前に来た海が心配した顔になる。
倉井はそれどころではなかったのだ。
背中には姉の、前から妹の体のあちこちが倉井に押しつけられているのだ。
特に海とはこんなに近くで接するのは初めてで、身体のあれこれが触れてもう鼻血が出そうな勢いだ。
しかも風呂上がりのいい匂いが続いている。
間近で見る海の顔にドギマギして倉井の頭はクラクラしてきた。
倉井を挟んで言い合う姉妹。
幸せなサンドイッチに倉井は気が遠くなった。