164話 歓迎会だ!
木の葉が色づきつつあるこの日、地底探検部一同はバスに揺られ、国道沿いにある全国チェーンの回転寿司に来ていた。
総勢十名。昨年と比べて倍になった人数で、六人掛けのテーブル席二つを占拠していた。
各自備え付けのお茶を手に取り、部長の夏野 空が音頭をとる。
「本日は新たに入部した桜と奏ちゃんの歓迎会を開きたいと思います! かんぱ〜い!」
「「「かんばーい!」」」
それぞれ手に持ったお茶を持ち上げて声を揃えた。
夏野の隣にいた吹田 奏は恐縮して眼鏡を直した。
「わたしたちのために、ここまでしていただいて緊張しますー」
「いいじゃん。先生たちが食費の半分持つみたいだし、歓迎されちゃおうよ!」
対面に座る春木 桜がニカリと歯を見せ笑う。
春木の隣、夏野の対面にいた葵 月夜が春木をいましめる。
「桜君。先生たちは安月給で懐が寂しのだ。あまり高い品を食べまくると泣かせてしまうからな」
「それはこっちのセリフ! この中で一番遠慮しないくせに!」
春木が反論すると月夜はぺろりと舌を出して変な顔をする。どうやら図星だったようだ。
自分が高額品を注文する気満々で、他の部員には遠慮してもらいバランスをとる作戦らしい。
「お姉ちゃんやめてよ! わたしが恥ずかしいんだからね!」
吹田の横に座っている葵 海が姉の月夜をたしなめる。
海の前には倉井 最中が液晶モニターに流れる寿司を難しそうな顔で眺めていた。
どうやら前回食べてない寿司を選びたいようだが、どれがいいのか迷っているようだ。
月夜たちのテーブルが賑やかなのと対象的に冬草 雪のいる隣のテーブルは落ち着いていた。
誰だ!? この席割にしたのは!?
冬草は心の中で叫んでいた。
テーブルを挟んだ向こう側には顧問の岡山 みどり先生と恋人の岩手 紫先生が並んで座り、冬草の隣にはべったりと秋風 紅葉が体を密着させていた。
静かに談笑している先生たちからはアダルトな雰囲気が漂う。
それに秋風も先生たちに引けをとらないぐらい大人びた佇まいだ。
なんとなく場違いっぷりに冬草はひとり居心地が悪かった。
「そんなに緊張しなくてもいいでしょ? 先生の前だからかな?」
「ち、ちげーよ! なんか皆が大人っぽいからアタイだけ違和感があっただけだよ」
聞いたみどり先生と紫先生がぐわっと冬草に顔を近づけてきた。
「もう一回言って!」
「な、なんだよ? 大人っぽいって言っただけだろ……」
タジタジになった冬草が繰り返すとパッと顔を明るくし、機嫌を良くしたみどり先生と紫先生が座り直した。
「そうよね。みどりも言われるようになって良かったね」
「ほんと冬草さんて良い生徒ね。好きなものをじゃんじゃん食べて!」
「はい?」
急に褒めてきたみどり先生たちに冬草は理解出来ず聞き返した。
そこに秋風が冬草の耳にこそっと説明する。
「大人って言葉に反応したの。みどり先生って、子供っぽいから言われて嬉しいのよ」
あーなるほどと冬草は納得した。確かに年がら年中お菓子を食べているみどり先生はどこか子供っぽい。
どちらにしろ相手の機嫌がいいうちに腹一杯に食べるに限る。
「よし! メチャ食うぞ!」
「ふふふ」
冬草が気合いを入れ腕をまくると笑った秋風が注文端末に希望を聞いて入力しはじめた。
二杯目のラーメンをレーンから受け取った月夜は、わくわくと麺を箸で持ち上げる。
目の前で見ていた夏野は疑問を口にした。
「月夜先輩。さっきはカレーを食べてましたよね?」
「うむ。回転寿司のカレーとラーメンは別格だな」
「というか、お寿司を一皿も食べてませんよね?」
「そういえば気がつかなかったな。なぜだか責められている気がするんだが……」
「せっかく来たんですから、お寿司も少しは食べましょうよ。ね?」
「う、うむ」
夏野に催促されて適当にレーンで回ってきた皿を手に取る月夜。
もし次にうどんを注文したら夏野に何か言われると思い、ワンクッション置く作戦だ。
前に来たときは何も言わなかったのにとブチブチと呟く。
そこに春木が月夜の肩にポンポンと手を乗せた。
「先輩もさー、空と付き合い長いんでしょ。もうちょっと学習しないとね。ウシシ」
「ぐっ。悔しいがその通りだ。たまに空君は厳しくなるからな。見極めが重要だ」
「ちょっと! そういうところで共感しないでください!」
悪い笑みをし合う月夜と春木に空がうなる。
「わ〜。さすがです! 人間性を含めて空先輩のことを理解してる桜先輩は凄いです〜! さすが幼馴染み!」
「まあねー」
すかさず吹田が褒めると春木はフフンと胸を張った。
ちなみに春木は値段の高めの皿を取っていて、吹田は巻物を中心に食べていた。
そんな彼女らの横では海と倉井が新作パフェを作ってスマホで写真を撮っていた。
「はちみつパフェにひんやりマンゴーをのせると色合いが良いし、味も引き立つね!」
「抹茶パフェにショコラケーキを合わせるのも美味しい!」
互いに写真を撮りながらパフェにスプーンを入れる二人。
早々にお寿司で小腹を満たした海と倉井はスイーツをメインにするようだ。
二人の前にはケーキやアイスなどが並んでいる。
楽しそうに海と倉井はあれこれデザートの組み合わせを試していた。
月夜がずるずるとうどんをすすっている横で春木と夏野は楽しそうに話していた。
どうやら近状を兼ねた報告会のような感じだ。
ここ最近は夏野と春木は別個に動いており、あまり接する機会がなかったからだ。夏野は月夜に学校やバイト先でべったりだし、春木は吹田とつるむことが多くなっていたから。
「でも良かった。桜が落ち着いてくれて」
「だね。あたしも前からちょっと思ってたんだよねー。吹奏楽部って合わないのかもって。で、よく考えたら地底探検部ってけっこー自由じゃん? だからちょうどよかったのかも。奏も一緒に来てくれて嬉しいし」
「もちろんです! 桜先輩ならどこでもついていきますっ!」
ぐっと拳を握る吹田に春木と夏野は笑う。
そこに月夜が春木を睨んだ。うどんは完食していて、いつの間にか二杯目のカレーが手元にあった。
「ちょっとまて桜君! 今のは聞き捨てならないぞ! この部は決して自由ではないのだ! 何故なら、地底世界を愛する者たちが集う……」
そこまで言ったところで月夜の視界にパフェを美味しそうに食べている海と倉井が入った。
二人の世界にいるようで、キャッキャと楽しそうだ。
そう、よく考えたら夏野意外はそんなに地底世界には興味がない部員だらけだった。そもそも倉井に関しては地底人だし。
月夜の言葉の続きを読んだ夏野は苦笑していた。きっと、地底探検に関係ないことをするなと釘を刺したかったに違いない。
苦虫を噛み潰したような顔をした月夜はなんとか続ける。
「……かどうかわからないが、あまり部の品位を損なうような行動はくれぐれも注意してくれたまえ!」
「わかってるって! 大船に乗ったつもりで安心して先輩!」
ニカッと胸を張る春木。親指を立てて、任せてとアピールしている。
全く安心できない月夜は泣いた。
月夜と春木の息の合ったやり取りに夏野と吹田は肩を並べて笑っていた。
こうして新人歓迎会は好評の内に幕を閉じた。
膨れたお腹をさすって部員たちは満足そうだ。冬草にいたっては母親にお土産を注文していた。
レジで合計金額を見たみどり先生と紫先生は目を丸くし、部員たちは半金からさらに割り勘をしたお金を先生たちの手にそっと落とした。