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163話 相談です!

 吹田 奏(ふきたかなで)はちょっと悩んでいた。

 もちろんそれは一つ先輩の春木 桜(はるきさくら)についてだ。

 吹奏楽部の顧問に呼び出され、このままだとレギュラーにならないまま高校を終えることになると告げられたのだ。

 基本的にスケジュールがピッチリ決まっている吹奏楽部は、大会に向けてつねに練習をしている。

 せっかくトランペットの腕があるのに、春木と一緒になって吹奏楽とは関係ない楽器ばかりを持ち込むのはよくないと言われた。

 吹田としては音楽を楽しめればそれでいいのに、しゃかりきに練習に打ち込む部とは考え方が違っていた。

 顧問には春木と別れてトランペットをちゃんとすれば、レギュラーは間違いないと太鼓判を押されたが……。

 すでに春木は吹奏楽部の問題児として周りの部員たちに渋い表情をさせる存在だ。もちろん春木にいつもついてく吹田も同様だ。

 吹田は知っているが、春木が吹奏楽部をもっと良くしようとして空回りをした結果だった。

 一緒にいると元気をもらえるし、突拍子もないアイデアで驚かせてくれる──こんな素敵な先輩はどこを探してもいないはずだ。

 なんで皆は春木先輩の良いところをわかってくれないんだろ……吹田は春木の評価を思いため息をついた。

 顧問にもう一度会って、春木の良いところを説明すれば考え方が変わるかもしれない。

 教室を見渡して味方になりそうな吹奏楽部の生徒を探すが、部員で親しい人は誰もいない。

 困った吹田は同じ学年の友達に相談することにした。


 休み時間になると教室を出た吹田は隣のクラスへと向かった。

 そこでは数人の生徒が輪になり一人を囲んで楽しそうに雑談に花を咲かせている。

 その中心には葵 海(あおいうみ)がいて、周りにいる友人たちへ目を向けながら話していた。

 なんとも明るい雰囲気に吹田は声をかけずらく困ってしまった。

 友達の輪の外でまごまごしている吹田を目ざとく見つけた海は珍しそうに先に声をかけた。

「奏!? どうしたの? 桜先輩ならここにはいないけど?」

「あ、いえ。そういうのじゃなくて……」

 ビックリした吹田はまごまごしながら答える。

 何かを察した海は立ち上がると、周りにいる友達にちょっと送って行くねと断りを入れて奏を廊下へ連れ出した。

「皆がいると言い辛いでしょ。何かあったの?」

「ふぁ〜。さすが海さんです! わたしの表情から物事を察するなんて、普通の人はなかなかできません!」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、そうじゃないでしょ?」

 あまりの持ち上げっぷりに海は照れながら吹田に話しをうながした。

 はたと気がついた吹田は、吹奏楽部の顧問から言われたことをそのまま海に話し、どうにかできないかと聞いてきた。

 海の頭にはいつも地底探検部に来て、しっちゃかめっちゃかにして帰る春木と吹田の姿が浮かんでいた。


 しかし、海は話しを聞いて春木の行動に納得できる部分もあった。

 春木は籍を置く吹奏楽部の迷惑にならないように、地底探検部で新たな楽器を試して反応を見ていたのだ。

 そうして良さそうな物を提案していたに違いない。

 ずいぶんと好意的な受け止め方だが海はそのように解釈していた。

 とはいえ、二人とも真面目に部活動をしている様子はないし、どちらかというと地底探検部に入り浸っている方が多い。

 一通り聞いた海が吹田に確認をしてきた。

「だいたいわかったけど、奏はどうしたいの?」

「わ、わたし? できれば今のままの方がいいです。吹奏楽部のレギュラーになろうとか思ってません」

「そうなんだ。だとすると桜先輩がどうするかだよね? 放課後に一緒に今後のことを聞こうよ」

「た、確かに……」

 吹田は(うなず)いた。

 これは吹田と春木の問題なのだ。当事者の春木を除いて話しを進めていても解決は難しい。

 関係ないのに一緒に聞いてくれると約束する海に、吹田は感謝の眼差しで眼鏡の奥にある瞳を潤ませていた。


 ──放課後。

 吹田がカバンに教科書類を片付けていると、いつものように春木が教室にやってきた。

 今日も元気に笑顔で手をぶんぶん振って吹田にアピールしている。

「やっほー奏! 迎えに来たよー!」

 と、同時に海もやってきた!

「桜先輩! ちょうどよかった!」

「あれ!? 海ちゃんじゃん。あたしに何か?」

「奏と一緒に少し話しがあるんですけどいいですか」

「いいよー」

 軽い返事の春木に海は苦笑して、慌てる吹田が準備が終わって来るのを待った。



「ちなみにここは相談所じゃないからな? ちゃんとした部だぞ?」

「うっさい! お姉ちゃんははじっこにいて!」

 地底探検部の部室に来て机を並べ替えている海たちを姉の葵 月夜(あおいつきよ)がぐちぐち言い始めた。

 ピシャリと黙らせた海が春木と吹田を座らせ、対面に自身も腰を降ろした。

「さ。それでは始めようと……」

(そら)君、聞いてくれよー。可愛い妹に無下にされたんだよーー」

「大変ですね月夜先輩。よしよし」

 海の背後で夏野 空(なつのそら)に泣きつく月夜。抱きつかれた夏野はにやけた顔で月夜の頭をなでなでしている。

 振り返った海が二人に怒る。

「もー! 後ろにいると気になるから離れてて!」

「ほら月夜先輩、海ちゃんに怒られたから向こうに行きましょうよ」

「うむ。近頃の海はちょっと気が短いからな。特に最中(もなか)君がからむと、いちいちうるさいからな」

「いいから離れて!」

 くわっと目を見開く海を夏野と月夜が恐い恐いと逃げていく。

 そのやりとりを見ていた倉井 最中(くらいもなか)がクスクスと笑っている。

 倉井の視線に恥ずかしくなった海が耳を赤くして春木たちに向き直った。

「騒がしくしてごめん。奏から説明してくれる?」

「は、はい! 頑張ります!」

 グッと両手を握って海に勇気をもらった吹田が吹奏楽部の話しを始めた。

 そして、善意で行動している春木をかばい、吹奏楽部の顧問に対して苦言を述べた。ついで海からも擁護を受ける春木だった。


 聞いた春木は顔を引きつらせた。

「そ、そうなんだー。あははは……」

 吹田と海がとても春木を持ち上げていて、過大に評価しすぎている。

 だいたい吹奏楽部に入部したのも、当時トランペットにはまってたからで、飽きた今となってはそこまで思い入れもなかった。

 それに、次々に楽器を試しているのも楽しいからで、決して部活の為にということではなかったのだ。

 つまり自分自身が楽しくできればそれでよかった。

 吹田については、そうとう美化されて春木を慕っていたようだ。

 そのせいで顧問に言われ、なんだか重い話しに春木は空笑いで誤魔化していた。

 しかし、春木は自身よりも吹田の方が気がかりになっていた。

「ごめんね、あたしのせいで奏には迷惑かけたね」

「いえいえ! そんなことないです! 素晴らしい先輩と一緒にいれて光栄です! これからもついていきます!」

「なんていい後輩なの〜〜〜〜!」

 持ち上げられた春木は吹田の手を握って喜んだ。チョロすぎるだろうと海は目を見張る。

 感動し合っている春木たちに海が聞いてきた。

「それで、どうするの?」

「あたしに任せて!」

 ドンと胸を叩きニヤリとする春木。

 かっこいい! と目をキラキラさせる吹田に海は一抹の不安を抱いた。


 翌日。

 放課後になり、月夜が地底探検部の部室に入ると、そこには春木と吹田が楽しそうに話している。

「おや? 桜君たちはもういたのか。いつもなら途中で訪れるのに」

「ふふふ、まーね。あたしたち部員になったからね」

「は!?」

 驚く月夜に春木がバチンとウインクした。

 春木たちと同じ机でお菓子をつまんでいる顧問の岡山(おかやま) みどり先生に月夜が疑問の視線を送る。

 肩をすくめたみどり先生が苦笑した。

「春木さんと吹田さんが昼過ぎに入部届を持ってきたのよ。もちろん断る理由もないから受理したわけ」

「は!?」

 再度驚く月夜に満面の笑みを浮かべた春木が言った。

「よろしくね! セ・ン・パ・イ!」

「はぁ〜〜〜!!!!」

 腰を抜かさんばかりに驚く月夜。へなへなと崩れて両膝を地面につく。

 口をパクパクさせて震える指を春木たちへ向ける。

「月夜先輩。あきらめて現実を受け入れましょうね」

 夏野がそっと月夜に近づくと頭をなではじめた。

 そう、あまり吹奏楽部に執着のない春木は、あっさり退部届けを出して地底探検部に鞍替えしたのだ。ついで吹田も同様に行動していた。

 とはいえ、以前夏野が勧誘して断っていたのをすっかり忘れているようだ。


 ガタンと席を立つ春木と吹田。

 その手には何やら小さなギターをそれぞれ持っている。

「今日はウクレレを持ってきたよ! 入部祝いに一曲披露しまーす!」

 そう言うと春木と吹田はポロロンと鳴らし始めた。

 陽気なハワイを思い出させる曲調に月夜は悪夢だと思った。

 今まではたまに部活動を邪魔しに来たからなんとかなったが、これが毎日続くのかと思うと頭がクラクラする。

 他の部員は異議がないようで、春木と吹田の奏でる音を背景に好きなように雑談していた。

 ガックリと肩を落とした月夜は、諦めたように空いているイスにどかりと座る。

 その隣にちょこんと座った夏野が、かいがいしく冷たい麦茶を出してきた。

 受け取った月夜は仕方無しと一口あおり、世の中って狭いなと天井を見た。


 このことが後に月夜たちが卒業してからの部の存続に一役買っていた。

 そう、三年生が半分を占めていた部で、卒業すると残った部員は三人。これでは部の要件に満たず、再び同好会に格下げされるところだったのだ。

 春木たちが入部したおかげで部として続けられることになり、のちに夏野に感謝されることになるとは月夜も預かり知らぬことだった。


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