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162話 急すぎだろ!

 冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)と一緒に、地元から離れたターミナル駅へと来ていた。

 秋風が本屋に用があるらしく、電車に揺られて店舗のある駅を目指した結果だ。

 ネットで注文すればいいじゃねぇかと冬草は思ったが、これはデートも兼ねてるのかと気がついた。

 今日は冬草にしては紺色の服をチョイスしオシャレ度をアップさせていた。ただ、マスクをしているのは相変わらずだが。

 それにしても、と冬草は思った。

 深原(ふかばら)駅周辺にはほとんどなにもない。マ○クに百均、小規模スーパーにコンビニなどがちょこんとあるだけだ。

 バイトをしていたのにもかかわらず、未だにマ○クがここにあるのが冬草には理解できなかった。

 駅の反対側にある喫茶店を除くと飲食店はこのマ○クしかない。だからか客はひっきりなしに来ていた。

 つまり儲かるからあるのかも? 経営とかに(うと)い冬草は首をかしげていた。

 そんなことを思い浮かべる冬草の腕に抱きつきながら秋風が隣を歩いている。

 肩を出して肌の露出した格好をしている。どう考えても冬草を誘っているのは一目瞭然だ。


 駅前の商店街に入り、しばらく進む。

 どこに連れて行かれるのか不安になってきた冬草。

「おい、これってあってるのか? 本当に本屋に行くんだよな?」

「そうだけど。ちなみにラブホはそこの角を左に曲がった所にあるよ。行きたくなってきた?」

「行かねぇし! なんで詳しいんだよ!?」

「さっき調べたから」

「そんなん調べんじゃねぇよ!?」

「ふふっ、雪って可愛い」

 怒った冬草に笑みを浮かべた秋風がギュッと抱いた腕に力を込める。

 すっかり不良仕込みのツッコミも秋風にはそよ風だ。

 通用しないツッコミにぐぐぐと歯がみしながら冬草は頬を染めていた。


 そんなことをしつつ歩く先に目的の本屋が見えてきた。

「あった! あそこね。来たのは久しぶりなんだ」

「そうか。そういえば本屋って最近見かけなくなったなー」

 秋風が指差す先に「安堂書店」の看板を掲げた本屋が見えてきた。七階建てビルの二階までを使っているようだ。

 この辺りで唯一の本屋に二人は向かって行く。

 ネットで手軽に本を買えるようになってから、町の小さな本屋は次々に姿を消して違う業種の店に衣替えをしている。

 時代だなと冬草は思った。

 東京に住んでいたときも本屋をあまり見かけたことが無かったなと気がつく。

 冬草も利用したことがあるのは、わりかし名前を聞いたことのある有名な書店だけだ。昔ながらの個人書店は古本屋ぐらいだなと冬草は過去を振り返る。

 ましては地方都市であるこの辺りでは、その傾向が顕著だ。

 自分たちが大人になったとき、この商店街がどうなっているのかなんて冬草には想像もできなかった。


 本屋へと二人が入店し、秋風が目的の本棚へと向かう。

 久しぶりに嗅ぐ本の匂いに冬草は懐かしさを憶えた。どこの本屋でもこの匂いは同じだと。

 外国語のコーナーは店の奥にあり、秋風は棚にいくつも並ぶ背表紙を指でなぞり探していく。

 その後ろで冬草はキョロキョロと見渡していた。あまり馴染みのない場所だし、自分の興味のない本のコーナーだからだ。

 秋風がいくつかを手に取り、バラバラと内容を確認している。

 手持ち無沙汰な冬草に気がついた秋風が目を上げて声をかけた。

「ボンジュール」

「は? せ、センキュー」

「ふふふ。違うよフランス語だから」

 クスクス笑う秋風に冬草はぽりぽりと頭をかいた。

 秋風はパタンと本を閉じて、二冊選んで他を本棚へしまう。

「ちょっと薄いフランス語辞典を探してたんだよね。いいのがあって良かった」

「そうだったんだ。別にスマホで見ればいいんじゃね?」

「それだとアプリで呼び出したり、単語を打ち込んだりと手間でしょ? パッと開けて見た方が私は早いし」

「そんなもんかね」

「そうだよ」

 冬草と話しながら秋風は会計を済まし本屋から出た。

 そのまま二人は休憩がてら近くのカフェへと向かっていく。


 空調の効いた店内で冬草はコーラ、秋風は紅茶を注文した。

 やがて飲み物が目の前に置かれると冬草はため息を吐き出した。

「はぁ。なんだが紅葉がこうして準備していくのを見てると何ともいえないな……」

 寂しそうな冬草の表情に秋風は嬉しそうに笑みを向ける。

「そうやって雪が私の事を大事にしてくれるのがたまらなく嬉しい!」

「ば、ばか! 別に違うから!」

「いいの無理しなくて。私も寂しいから」

 秋風はそう言うと冬草の手を握る。

「いい? 私が向こうに行ってもこれだけはちゃんと守ってね?」

「は!? 何を?」

 初めて聞くことに冬草は驚く。が、秋風は無視して続けた。

「まず一つは、週に一回は必ず連絡すること。そして月に一回はスマホで顔を合わせて話すこと。SNSの返信はちゃんとすること。雪もがんばって仕事すること。ママさんや私の母にやさしくすること。寂しくなって泣きたくなったら私の前で泣くこと。いい?」

「はぁ!? そんな一度に言われてもわかんねぇから!」

「そういうと思ってメールを送っておいたから」

 秋風に言われて慌てて自分のスマホを確認すると、秋風から新着メールがきていて先ほどの内容が打ち込まれていた。

「おわぁ。いつの間に……」

 メールには他にも約束事がつらつらと書かれており、冬草は頭を抱えた。

 ニッコリした秋風はスマホに向かっていた冬草の顔を強引に自分に向けた。

「雪は私のだから。誰にも渡さないし浮気も許さないから」

「お、おう」

 目が笑っていない秋風に背筋がゾッとした冬草は、何度もカクカクと(うなず)き絶対守ると約束した。

 普通の楽しいデートかなと予想していいた冬草だったが、意外と重い話しで気分は沈んでいた。


 二人がカフェから出て、まだ時間があるからどこかにいこうかと話し合っていると秋風が何かを発見した。

「あれ? 母さんと雪のママさんがいるよ」

「お!? ホントだ!」

 つられて冬草も顔を向けて見つける。

 確かに自分の母と秋風の母がこちらに向かって並んで歩いているのが見える。

 向こうも冬草たちを見つけたらしく、冬草の母が明るく手を上げて振ってきた。

「雪ちゃ〜ん! 紅葉ちゃ〜ん!」

 人前でなんとなく恥ずかしい冬草は向かってくる母に急いで近づく。

「わかったよママ! そんなに大きく手を振らなくてもわかるから!」

「こんにちはママさん」

「こんにちは紅葉ちゃん。今日は紅葉ちゃんのお母さんと一緒なの」

「そうなのよ」

 嬉しそうな冬草と秋風の母。偶然とはいえ、娘たちに出会うとは思わなかったのだろう。

 手を合わせた冬草の母が娘たちに嬉しそうに提案してきた。

「雪ちゃんたちと会えてちょうど良かった。これから紅葉ちゃんのお母さんと話し合うところだったの。本人たちがいるならなおいいわ」

「なんだそれ?」

 冬草の疑問をよそに母たちに二人は連れられ、先ほどのカフェとは違う喫茶店へと向かった。


 喫茶店では母たちが対面に座り、秋風と冬草に話し始めた。

「紅葉ちゃんがフランスに行くでしょ? そうすると紅葉ちゃんのお母さんは一人で暮らしていくことになるわけじゃない。いずれ二人が結婚するにしてもそれまでの間を一緒に住まないかって提案があって、今日は話しを詰めていく予定だったの」

 口下手な秋風の母の代わりに冬草の母が説明する。

「は!?」

「なるほど」

 驚く冬草に、うんうんと納得する秋風。いつの間にか冬草と秋風の結婚が決まっていたようだ。

 追い打ちをかけるように冬草の母が続ける。

「ほら、私たちの家は借家だから家賃があるでしょ? だったら秋風さんの家は部屋が余っているからって勧められてね。それでどうしようかと思って……」

「ぜひ来て。税金も高くないし、無駄に部屋を腐らせるのも勿体ないから」

「まあ! そんな…悪いからお家賃は払いますから」

「店が儲かっているから大丈夫」

「それだと私たちだけ得していることになるし、秋風さんに悪いわ」

「いいえ、それは違うわ。私にも得があるし」

 母親たちの変な譲り合いに冬草と秋風は顔を見合わせる。

 どうやら秋風がフランスにパティシエ修業に行っている間、冬草親子と一緒に住むつもりのようだ。

 当然、借家ではなく持ち家である秋風家に冬草たちが移るため、光熱費を含む税金や部屋代についての話しのようだった。

 すでに一緒に住むのは確定しているようで、細部を詰めている感じだ。


 自分の預かり知らぬ所でどんどん話しが進んで行く。

 冬草の頬には汗が流れた。

 そんな先のことまでは考えなかったが、どうやら親たちは二人が結婚して一緒に住むことを希望しているようだ。

 隣で同じように話しを聞いていた秋風は嬉しそうにしている。

 確かに未成年だし、預金もあまりないから冬草には発言する立場にないかもしれないが、それでもひと言いいたくて(つぶや)いた。

「ママ……」

 ハッとした冬草の母が秋風の母との会話をうち切った。

「ごめんね雪ちゃん。本当は今日の夜にあなたに話す予定だったの。私もこの話しをいただいたのが昨日だったから、今日は確かめたかったのよ。雪ちゃんが嫌だったら断るけど、少し自分で考える?」

「べ、別に嫌じゃないし。ちゃんとした理由があるならアタイはかまわないけど、ママが良ければいいし……」

 ちゃんと自分の事を考えてくれている母に感謝はあるが、急な話で冬草は戸惑っていたのだ。

 確かに借家とはいえ、毎月の家賃に光熱費、学費や食費がかかっている。母はパートで冬草もバイトをして暮らしている。

 その負担が少しでも楽になれば母も助かる。いつも母に楽して欲しいと考えていた冬草には歓迎すべき展開だ。

 秋風の母が冬草の手をそっと握る。

「決して雪をのけ者にしたわけではないから。私が先走りすぎたわ。ごめんなさい」

「い、いや。アタイこそ悪かったよ」

「ほんと良い子」

 ギュッと手に力を入れて感謝を伝える秋風の母。

 なんだか照れくさくなった冬草はマスクを上げる。笑みを深くした秋風も身を寄せて冬草に引っ付いた。


 母親たちと別れた冬草と秋風は喫茶店を出て駅へと歩き出した。

 今日はいろいろと将来の話しが多すぎて冬草の頭はクラクラしていた。とりあえず静かな所で何も考えずに横になりたかった。

 腕に抱きついている秋風が冬草の耳元へ口を寄せる。

「ありがと。私も嬉しいな。これって婚約ってことでいいよね?」

「はぁあああ!?」

 驚いた冬草が見開いた目を合わすと秋風がニコリと微笑んだ。


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