161話 打ち上げだ!
文化祭も終わり、川岸 水面と蟹屋 窓里は葵 月夜の自宅に招かれていた。
もちろんここに泊めてもらうためだ。
大阪から電車で長距離を移動してきたため、とてもじゃないが日帰りなんて難しい。深原市にはもちろんホテルや宿泊施設は無い。そこで月夜に掛け合い泊めてもらうことになったのだ。
もちろん温泉地に近いのでホテルや旅館などの温泉宿はあるが、駅からも遠いうえ、二、三軒ほどしかない。
だから部屋の余っている葵家の好意に今回も甘えることにした川岸たち。
そんな葵家の広間では折り畳み机が並び、それを囲むように地底探検部の部員たちが集まっていた。
客扱いの川岸と蟹屋は座ったままで、月夜と夏野 空や葵 海に倉井 最中が運んでくるオードブルを受け取って机に並べていた。
「みどりちゃんも来たらよかったのにな、空君」
「無理ですよ月夜先輩。ずっと展示室で寝てたのが岩手先生にバレて、反省会するって自宅に帰っていきましたから」
「なるほど。紫ちゃんも他の部活の顧問だから会えなくてすねたのかもしれないな」
「ですねー」
笑いながら月夜と夏野が顧問である岡山 みどり先生と恋人の岩手 紫先生の話題を口にして、惣菜を運ぶ。
どんどん美味しそうな料理が運ばれ、並べながらつばを飲み込む川岸。ちょっとしたホテルのバイキング並な種類に来て良かったと川岸と蟹屋は互いに目を合わせて思った。
そんな川岸の対面には冬草 雪と秋風 紅葉が親同伴で来ていた。
初めて葵家に上がった冬草の母と秋風の母は月夜たちに習ってオードブルを運んでいる。
冬草と秋風は持参してきたスイーツを仲良さげに軽口を言いながら並べていた。
これは文化祭用に作ったものではなく、秋風の母のスイーツ店で売れ残った商品に追加して持ってきていた。
今回の打ち上げにと秋風の母が気を遣ってのことだった。当然、自分も参加するので。
どう見ても売り物のケーキ類を見て川岸は喉を鳴らし、蟹屋は自分のお腹周りと相談していた。
そうしている内に机の上が埋まり、川岸と蟹屋の前にビールジョッキが当然のように置かれる。
部員たちにはジュース類、冬草の母以外の親たちには酒類のグラスが並ぶ。
準備が整い、部長である夏野が立ったままウーロン茶の入ったグラスを持つ。
「それでは皆さん文化祭お疲れさまでした! 本日は大阪からも来てもらい展示は盛況でした! これも皆さんのおかげです! 来年は月夜先輩たちが卒業して……卒、業……うわぁああ〜〜ん! いやーーーー!」
労いのスピーチをして乾杯の音頭をとるかと思った矢先に急に泣き出した夏野。
どうやら月夜が卒業していなくなった部を思い浮かべてしまったようだ。
慌てた月夜が立ち上がると夏野を抱きしめる。
「私はここにいるし、まだ卒業は先だぞ空君!」
「うわぁ〜〜ん! いかないでぇ〜〜」
ひしっと月夜の胸で泣いている夏野。
驚いて見ている蟹屋の耳に、しくしくと新たな泣き声が届いた。
何事かと顔を向けると、海が静かに涙を落とし、倉井が頭を抱きしめていた。
「うっ……最中もいなくなっちゃうんだ……」
「来年もいるから安心して海さん」
もらい泣きか? 事情を知らない蟹屋は海たちに目を丸くしている。
しかし、どうやら学年が違うことが起因で、片方が卒業することが嫌なようだ。
前にうやむやになった卒業問題がこのときぶり返すとは月夜も思い至らず、よしよしと苦笑しながら夏野の頭をなでている。
なんともピュアな青春の光景に蟹屋は照れくさくてビールをあおった。
蟹屋がここに泊まるのは二度目だが、純な学生たちを見ているとすれた自分がみすぼらしく、なんとも羨ましくなってしまう。
きっと川岸も同じ気持ちだろうと隣に目を向けると口いっぱいにから揚げを頬張り、片手にビールジョッキを持っていた。
「うめぇー。まじ商売できる味!」
グビグビとビールを飲み、オードブルへと箸を伸ばす。
どうやら夏野が泣いた時点で宴会が始まったらしく、冬草たちは月夜の母を交えて楽しそうにつまみながら話している。
「ちょっと水面。あんたがっつきすぎ!」
「いや、だってこれちょーうまいよ。ここで民宿開いたら、間違いなく通うわ私」
「そうじゃなくて。目の前で起きてるピュアッピュアな展開になんとも思わないわけ?」
「窓里、それはしょうがないよ。ラブラブ女子高生たちが眩しくてまともに見られないわけ。尊すぎる」
「わかるー」
同じ気持ちではなかったが、尊さは等しく感じていたようだ。
思わず同意して頷いた蟹屋はジョッキ片手にオードブルへ向かった。
やがて泣き止んだ夏野は、先ほどの悲しみが嘘のようにカラカラと明るく笑って月夜たちと話し始めた。
海も今では倉井と楽しそうに自分たちが手伝ったオードブルをつまんで感想を言い合っている。
若いっていいわ〜。切り替えの早い夏野たちに蟹屋はそう胸の内で思うと、川岸と共に会話に加わりながらビールをおかわりしていた。
初めて会うのに前から知っているようなお喋りで和ませる冬草の母。反対にあまり言葉は少なめだが、温かい秋風の母。
そこに娘たちと酔って顔が真っ赤な月夜の母も加わり賑やかだ。
特にツッコミ役の冬草はあちこちに声を出して、川岸と蟹屋を笑わせていた。
気を利かせた夏野と倉井からビールを注がれご満悦な川岸と蟹屋。こんなお店があったら通うわと意気投合していた。
前回と違い、テンション高めでほろ酔いの二人。
気がつくと蟹屋と川岸はアイドル活動での愚痴を言い合って笑っていた。
興味津々に聞いていた夏野たちも加わり、話しに花を咲かせている。
オードブルで満たされた後に、別腹だとスイーツを食べ始める。
一流パティシエの味に蟹屋と川岸は頬を緩めまくっていた。
夜も九時を回る頃になると、冬草と秋風の親子は帰宅するために立ち上がった。
田舎の夜は早い。
川岸と蟹屋は、まだこれからでしょ? と思ったが大阪と地方の時間の流れは違うのだ。
泊まる予定の蟹屋と川岸は冬草と秋風親子にお礼を言い、月夜と夏野は玄関先まで見送ると戻って来た。
空いた皿を片付け始めた海が動けない倉井の状態を見て憤慨した。
酔って真っ赤な母が倉井の太ももに頭を乗せて、気持ちよさそうに目を閉じているのだから。
「ちょっとお母さん! なんで最中の膝枕で寝てるの!? お酒弱いのに調子に乗るからだよ! そういうとこお姉ちゃんそっくり!」
「海さん。お母さんも疲れたんだよ。だから怒らないで」
「そうやって最中が甘やかすから、お母さんとお姉ちゃんがつけあがるの!」
倉井が苦笑しながらかばうと海がプリプリと怒りながら台所へと皿を持って行く。
なんとも可愛い嫉妬に川岸と蟹屋は笑った。
夏野と倉井はこのまま泊まっていくようで、川岸たちはまだまだ美少女たちを拝めると喜んでいた。
ちびちびとビールを飲む蟹屋と川岸の前にはおつまみが置かれ、他は全て片付けられている。
月夜と夏野、海と倉井の四人がかりで母親を寝床へ運び、そのまま交代でお風呂に入っているようだ。
ほんのり赤くなった顔で川岸が蟹屋に向けて微笑む。
「来て良かったね」
「だね。遠いけど、その分良いことが多いし」
同意した蟹屋がジョッキに残った最後のビールを飲み干した。
そして川岸がしみじみと語る。
「なんかさ、ここって別世界に感じるんだよね」
「あー確かに。あたしら楽園に来てたのかも。この経験を曲とかにできないかな?」
「ちなみに感謝してるよ窓里には」
「ふふん。もっとしてね」
笑い合う川岸と蟹屋。
月夜がお風呂に入るよう呼びにくると、二人はウキウキしながら向かって行った。
まだまだ夜はこれからだ。月夜たちとたっぷり話しができる。
これって普通に友達だよね。L○NEでたまに互いの話をして写真を送ったり、離れているけど親しい間柄だ。
蟹屋は改めて認識し、不思議な縁だなと切っ掛けを作った川岸の楽しそうな背中を見つめた。
翌日、二日酔いで潰れた母に変わって月夜が朝食の用意などをこなしていた。
もちろん川岸と蟹屋も手伝い、つかの間の非日常を楽しんでいた。