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160話 始まったぞ!

 市立深原(ふかばら)中学校・高等学校の合同文化祭が始まった。

 この日は部外者でも気軽に学校へ遊びにこれるとあって、近隣の人達がこぞって集まるイベントだ。

 そんな中を大阪を拠点とするアイドルグループの川岸 水面(かわぎしみなも)蟹屋 窓里(かにやまどり)が並んで校庭を歩いていた。

「はぁ〜るばる来たけど大っきい校庭だねぇ。リーダー凄いよあそこ! 屋台があるよ!」

「ここではリーダー呼びは無し!」

 はしゃぐ川岸をピシャリと蟹屋が注意する。

 二人は葵 月夜(あおいつきよ)から文化祭の準備をしていると聞きつけ、大阪から電車を乗り継いで駆けつけてきたのだ。

 大阪の高校とは違い、大々的なイベントらしく手書きの看板に紙の花が飾られ気合いが入っている。

 学校の校舎には中学校・高等学校合同文化祭を告げる大きな垂れ幕がかかっていた。

 スマホを見ながら川岸が蟹屋を案内する。

「月夜ちゃんたちの部活の催し物は三階らしいよ。その前にぶらぶら回っちゃう?」

「いーねー。まだ時間も早いし学生時代を思い出して満喫しちゃおう!」

「おーーー!」

 ノリノリの二人は片手の拳を天に上げた。


 学校内では近隣の住民や生徒の家族が楽しげに話しながら歩いている。

 さっそく屋台でクレープを買った川岸と蟹屋は食べ歩きしながら、各教室を回っていた。

「なんか中学生と高校生が雑多にいるのがいいよね。可愛い子多いし」

「そうね。なんか、ああ世間を知らない無垢(むく)な存在なんだなと思うね」

「なにそれ? 哲学?」

「アホ」

 苦笑してツッコミを入れる蟹屋。相変わらず脳天気な川岸はその場を楽しんでいるようだ。

 すっかり大人の世界で揉まれながらアイドルをしているので、陰のない笑顔を見せる生徒たちが蟹屋から見ると新鮮に映っていた。

 いつかここの生徒も大人になるんだなと思うと少し残念な気分になる。

 気を取り直した蟹屋は川岸を見習って楽しむことに専念した。せっかくはるばる大阪から来たんだ。ここで楽しまなきゃ損だ。

 二人はお化け屋敷や迷路、喫茶店や展示コーナーなどを巡り学生ならではの手作り感を満喫していた。


 やがて三階に来た蟹屋と川岸。

 この階は企画展示が多く、文化部が中心に出し物をしているようだ。

 二人が教室を覗きながら歩いて行くと、ある一角だけ人が集まっている場所があった。

「なんだろ?」

 不思議に思った川岸が(つぶや)く。

 蟹屋も心の中で同意しながら近づいていく。

 どうやら集まっている人たちは順番の列にならんでいるようだ。

 先頭と思われる所から知っている声が張り上げられていた。

「ここで一旦ストップしてくださーい! 時間を置いて案内しますので、このままお待ちくださーい!」

 地底探検部の部長、夏野 空(なつのそら)が手を上げて人々に指示をだしている所だった。

「夏野ちゃんだ!」

 顔が見える所まで近づいた川岸が嬉しそうに夏野へと近づき、蟹屋も追っていく。

 夏野は人員を整理して教室に入る人数を絞っているようだ。

 一見すると何の変哲も無い教室の外観だが、窓がダンボールでふさがれ中が見えず、教室の前後のドアには「入口」と「出口」の看板が掲げられていた。

 そしてドアには地味なプレートが貼っており、そこには「地底探検部 地底世界へようこそ!」と書かれていた。


「夏野ちゃ〜ん! ひさしぶり〜!」

「あっ!? 川岸さんだ!」

 呼ぶ声に気がついた夏野。そこに笑顔の川岸が抱きついた。

「会いたかったよ〜! 全然変わってないね!」

「ちょっ!? 変わらないですけど抱きつかないでください!」

「ほら! 夏野ちゃんが驚いてるでしょ!」

「あいて!?」

 後ろ頭を蟹屋にはたかれ、夏野から離れる川岸。叩かれた後頭部をさすって苦笑する。

「お久しぶりですね。蟹屋さんに川岸さん」

「ほんとに。ウチの水面がお騒がせしてすんません」

 詫びる蟹屋を手を振って夏野は大丈夫ですよとアピールした。

 夏野たちは事前に月夜から蟹屋と川岸が文化祭に遊びに来ることを聞かされていたので、サプライズとはいかなかったようだ。

 そこにめげない川岸が聞いてくる。

「なんか人が凄いけど大丈夫?」

「はい。こんなに人が来るなんてビックリしましたけど、決められたコースを歩くだけなので進みは早いですよ」

「へ〜。うちらも並んでいいかな?」

「もちろん。楽しんでいってください」

 ニコリと笑顔の夏野に言われたら並ばずにいられない。

 夏野のことを元気系美少女と勝手に命名していた川岸は、蟹屋とウキウキしながら並んで順番を待った。


 やがて順番が来ると、笑顔の夏野に見送られながら教室の中へ踏み入れた。

 そこは無数の配管やドア、非常灯が両側に描かれたなんともSFチックな通路だった。ただ残念なのは天井が空いて、教室の蛍光灯が照らしていた事だが。

「これって地下通路の設定なのかな?」

「まーそうだろうね。部活名的に」

 などと、なぜかヒソヒソと川岸と蟹屋が話す。

 通路を進むと最初のスポットが表れた。そこにはプレートが掲げられており、「地底人の生活」と書かれている。

 ちょうど個室のように仕切られた場所には葵 海(あおいうみ)倉井 最中(くらいもなか)が学校の机を前に並んで座り、お茶を飲みながら楽しそうに話しをしている。

 海と倉井の(なご)やかな世界に見ていた川岸は声をかけようか迷い、やめた。

「なんか二人ともいい雰囲気だから話しかけられないね」

「確かに。でも、これだけ可愛い子が自然な姿を見せてくれると拝みたくなってくる」

「わかるー」

 ヒソヒソと川岸と蟹屋。

 プレートに書かれていたことは間違いなかった。地底人かはともかく、普段の生活が垣間見えるとても素敵な展示だ。

 他の入場者も川岸たちと同じようで、遠目に海と倉井の様子を眺めて邪魔しないように手を合わせていた。

 二人はもう少し海と倉井の姿を目に焼き付けてから通路を進んで行った。


 するとここで順番待ちなのか短い列が出来ていた。

 なんとなく先を見ると、何かを売っているようで買い物に時間がかかっているようだった。

「何を売ってるんだろ?」

「チラッと見えたけどクッキーぽい。何種類かあるみたい」

 蟹屋の質問に目がいい川岸が答える。

 列は早く進み、蟹屋たちの番が回ってきた。

 机にオシャレなテーブルクロスを敷き、その上には彩り豊かなクッキーが木製ケースに収まっている。

 一見本物のスイーツ店みたいな仕様だ。

 その後ろには冬草 雪(ふゆくさゆき)秋山 紅葉(あきやまもみじ)が立ち、両側には年配の綺麗な女性がいた。

「久しぶり! 冬草ちゃんに秋山ちゃん!」

「お!? ああ、川岸さんだっけ? あと、か、蟹屋さん?」

「あってるよ! 良く覚えてたね、嬉しい!」

「そ、そうか。じゃあどれか欲しいのをえ、選んでくれよ」

 川岸が褒めると照れた冬草がしどろもどろになる。

 チョロい冬草に川岸は面白くなってしまう。見ていた蟹屋も笑っている。

 そこに冬草の隣にいた女性が声をかけてきた。

「雪ちゃんのお友達なの? 美人さんね。いつの間になんだからビックリ! やっぱりここに引越して正解だったね!」

「ちげーよ!? 月夜の知り合いだよ! マ…母さんは静かにしてて。あっ!? 紅葉のお母さんは手伝わなくていいから! そんなにクッキーまとめるな! あんた本物のパティシエだろ! 紅葉も何とか言ってくれよ!」

「ふふっ。みんなで売り子してると楽しいね」

「なに一人だけ余裕こいてんだよ!?」

 ガミガミと周りにツッコミを入れまくる冬草に川岸と蟹屋は吹きだした。

 クッキーひとつ買うにしても親子漫才を見せられるから時間がかかるのは当然だ。

 賑やかなで温かい親子からサービス付のクッキーを二つ買って川岸と蟹屋は離れた。


 短い通路も最後のスポットを巡れば終わりのようで、「休憩所」とプレートが掲げられている。

 この場所は多少開けた空間になっており、靴を脱いであがってくつろげるようになっているようだ。

 すでに奥では眼鏡をかけた若い女性が横になって寝ており、周りには色々なクッションが置いてある。

 そこにはジャージを着た月夜がペットボトルを手にあぐらをかいていた。はたから見るとくたびれたギャルが休んでいるような感じだ。

 蟹屋と川岸の姿を見た月夜が声をかけてきた。

「川岸さんに蟹屋さん! 無事に来られたようだね!」

「やっぱりここまで電車でも長いねー」

「はっはっは、確かに。田舎だからね。どうだい、ここで休んでいきたまえよ」

「そうする」

 靴を脱いで川岸と蟹屋は空いたスペースに座る。

「空君とは?」

「入り口で会ったよー。相変わらず元気だった」

「だろう。空君は元気で明るいのが良いところだからね。三階の離れた場所にあるのにも関わらず、多くのお客さんが来たから、慌てて空君が整理係になったわけだ。本来なら私とここでまったりする予定だったのだ」

「へ〜。確かに居心地いいね」

 話しながら川岸は後ろでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた眼鏡の女性を思い出した。

 いつか温泉に行ったときに会った人だ。

 蟹屋が先ほど買ったクッキーを開けて月夜にもおすそ分けしている。

 川岸と蟹屋の二人は長距離の移動疲れもあって、クッションにもたれている内に目が落ちて寝息を立てていた。


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