16話 ゆるふわ決めるよ!
葵 月夜の自室。
インターネット通販のアマ〇ンで入手したヘアアイロンを前に、スプレーとギャル雑誌を置く。
「おし! あとは鏡、鏡……」
押し入れから30センチほどの鏡を取り出して固定した。
ついでコンセントを差し込み、ヘアアイロンの温度を設定する。
期待を込めた眼差しで月夜はギャル雑誌のページをめくった──
妹の葵 海が居間でくつろいでいるとジャージ姿の月夜がやってきた。
お菓子をつまんでテレビを見ていると姉が目の前を2、3度通りすぎる。
そして視線の先にあるテレビをさえぎるようにお菓子をつまんできた。
「もぉおおおお! 邪魔だよ! お姉ちゃん!」
とうとう耐えられなくなった海が叫んだ!
「なんで無視してるんだよぉー。見て! お姉ちゃん少し変わったと思わない?」
月夜が妹の前でくるりと一回転する。
気難しい顔をした海がボソリと言う。
「あんまわかんない。頭、寝ぐせでグシャグシャだし」
「……ウソ! 髪をゆるふわにしたのがわからないのか……」
膝を落としてガックリとうなだれる月夜。
そんな姉をほっといて海はテレビを見始めた。
しばらくすると同じ体勢で月夜がチラチラと海を見て来た。
なんとか無視してテレビを見ているが、どうしても目の端に姉の顔がチラつく。
「なんなのよー! 言いたいことあるなら言えばいいじゃん!」
たまりかねた海が叫ぶ。
すると月夜が立ち上がり、かしこまって海の隣に座る。
「ねえ海。お姉ちゃんって不器用だからさ、上手くできないけど、海って手先が器用で上手じゃん? だから手本にやって欲しいんだけどなぁ」
「イヤ! 無理! キモイ!」
拒否る妹になおも月夜がすがりつく。
「そんなこと言わないでさ~。お姉ちゃん、ゆるふわにしたいんだよ! そうじゃないと、さきっきみたいな髪型で外に出ることになるんだよ? いいの?」
「もぉおおおおおー! これが最後だかんね! いい!? 外でお姉ちゃんが悪く言われるとあたしが恥ずかしいから!」
「ありがとう! さすが、カワイイ我が妹!」
ガバッと海を抱きしめる月夜。
海は抱かれたまま、あーもう! 自分のバカ! 甘すぎる! ……でも、なんか温かくて安心する。海は反省するも姉に陥落した。
さっそく月夜は妹を自室へ連れていき雑誌を見せる。
驚いた海が姉に詰め寄る。
「なんでこんな本があるわけ? 母さんに見つかったら怒られるよ」
「それは2人の秘密。隠してるからバレてないし」
唇に指を当てながら葵はお目当てのページをめくる。
雑誌に目を通しながら海はヘアアイロンを手にした。
「ふ~ん、これねー。まあいいよ。やり方は…なるほど」
月夜は正座して海の前にワクワク顔で待っている。チラリと姉を見て海は少し口元をゆるめた。
「いい? 半分してあげるから、残りは自分でやってね? ちゃんと教えるから」
「わかった。さすが海!」
嬉しそうな姉を見て照れた妹がさっさと始めた。
鏡に映る自分を見る。
頭の途中から流れる綺麗で軽いカールがセミロングの明るい茶髪に映えて、見事にゆるふわになっている。
「おおーー! やったよ海!」
「あたりまえじゃん。あたしがやったんだから」
感動した月夜が自慢げな海を抱きしめる。こうしていると姉は美人だなと、海はいつものダメ具合と比較していた。
と、そこにふすまが開いた。
「月夜!」
「げ! お母さま!」
母の登場に驚く月夜。妹の海もビックリして固まっている。
「なにその髪型。前に言ったよね? パーマは禁止って!」
「ち、違うよ! パーマじゃないし! 髪の半分を少しカールさせただけだし!」
「同じ! 全部だろうが、半分だろうがパーマはパーマ!」
怒った母がずいっと月夜に迫って来る。
慌てた月夜が妹の背中に隠れる。
「海がやろうって言ったんだ! あたしは実験材料にされただけ!」
「お姉ちゃん……」
いきなり妹に責任を押し付けだす姉に海は呆れる。
「そんな訳ないでしょ!? こんなことするのは月夜だけ! これは没収!」
ヘアアイロンを持った母がそのまま出て行った。
「…そんな~」
情けない声を出して月夜がガックリしている。それを尻目に海は、とっとと自分の部屋へと逃げた。
翌日、洗面所で月夜と出くわした海。
「あっ、海! ちょうどよかった」
「なに? 昨日、あたしのせいにしたでしょ!?」
「ごめんよ。とっさに思ってない事を口走っただけだから、悪気はなかったんだよー」
情けない顔で妹に謝る月夜。ほんとにお姉ちゃんは…いつものことだが調子がいい。
海が何も言わないので姉は続ける。
「それでさ、昨日の雑誌が見つからないんだけど、何か知ってる?」
「知るわけないじゃん。きっとお姉ちゃんが悪い事ばっかりしてるから罰が当たったんだよ!」
ヒヒヒと妹は笑いながら行ってしまう。
むぅと月夜は行方不明の雑誌について考えを巡らすが、心当たりがないのであきらめることにした。
──後日。
妹の海が母と父の部屋を横切る時、ふすまが少し開いていて中の様子が見えている。
なにげなく顔を向けて海は目を見張った。
そこには化粧鏡に向かって、姉から取り上げたヘアアイロンを使っている母がいたから。
脇には姉の雑誌もあった。
……やっぱり親子だ。なんだかんだで姉は母に似ている。
中から漏れ出る鼻歌を聞きながら、海はそっと離れた。