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159話 準備するぞ!

 市立深原(ふかばら)中学校・高等学校では、明日から始まる合同文化祭を前に生徒たちが忙しそうに準備をしていた。

 地底探検部では空いた三階の教室を使って、地底空間を再現すべくダンボールを壁に見立てて通路を作っていた。

 アクリル絵の具で彩色済みのダンボールを立てながら葵 月夜(あおいつきよ)は一緒に作業している夏野 空(なつのそら)に聞く。

「これはここでいいのか?」

「はい、大丈夫です。そのまま抑えてください。わたしがくっつけますから」

 夏野はそう言いながら裏手に回り、ダンボールをガムテープを使ってつなげていく。

 平面のダンボールには絵で配管や非常灯、住居用のドアなどが描かれている。

 これは倉井 最中(くらいもなか)が家族で住んでいた地下通路を模したものだ。

 本来なら天井もついたトンネル状にする予定だったが、ダンボールの枚数が膨大に増えるのと作業時間がないので、二メートルほどの壁で通路を作ることで妥協していた。

 それでも実際に作り始めると少ない部員では手が足りない。

 月夜と夏野の向こう側では冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)が同じようにダンボールの壁をつなげる作業をしていた。


 手を動かしながらも月夜は面倒な顔をした。

「ううっ。まだ壁は終わらないのか……」

「もう少しだから頑張りましょう、ね?」

「くっ」

 夏野のニッコリとした顔に抵抗は無駄だと悟った月夜は唇を噛んだ。

 相変わらずの月夜に夏野は励ます。

「月夜先輩は今年最後だから、せっかく記念になるようにみんなで考えて、最中ちゃんのいた地下世界を再現しようってなったんですから。出来たら楽しいですよ」

「う、うむ。だが、去年もそうだが、ほぼ空君が展示テーマを強引に決めてしまったような……」

「なんですかぁ?」

 ニコリと迫る夏野の目は笑っていない。ゾッとした月夜は慌てた。下手に言うと理不尽な理論で夏野に問い詰められそうだからだ。

「なんでもないぞ! た、楽しみだな空君!」

「ですよね!」

 はははと乾いた笑いをする月夜。ちゃんと協力的な先輩に空は嬉しそうに作業を続けた。


 通路はちょうどアルファベットのMの字みたいになっており、各辺の頂点にはちょっとした空間を設け、地下世界の生活を垣間見せるというスポットになっていた。

 三か所あるそれぞれに部員が待機し、地下世界の日常などを訪れる人々に見せる仕組みだ。

 最初のスポットには、本物の地底人である倉井と葵 海(あおいうみ)が、真ん中では冬草と秋風がいて、最後は月夜と夏野がいる。

 そう、この組み合わせは夏野によって意図的に配置されたものだ。

 文化祭という非日常の空間で月夜と二人きりになることを目的に、できればいい雰囲気にしたい夏野の目論見があった。


 ダンボールの通路を組み立てる作業が終わり、それぞれの空間を仕上げている。

 海と倉井は机をひとつ置いて二つのイスを並べた。

 二人が並んで座り、海が楽しそうに倉井に聞いてくる。

「これでいい?」

「うん。でも、わたしは何をすればいいかな?」

「そのままでいいんじゃない? だって、普段の地底の生活を見せられればいいんでしょ」

「普段といっても……。場所が地下なだけで地上とそんなに変わらないから…」

 自信なさげな倉井の手を握った海が微笑んだ。

「じゃあ、いつも通りにしてようよ。お菓子広げてバリバリ食べてるの。それで他の生徒が目の前を通って不思議そうな顔をしているのをわたしたちが逆に見てるわけ」

「ふふふ。面白い」

「でしょ。なんかわたしたちの準備が終わっちゃったね」

「ね」

 クスクス笑い合う海と倉井は、明日からの本番が待ち遠しいようにスマホを取り出すとお菓子の候補を選び始めた。


 一方、真ん中のスペースでは冬草が机を二つ並べ、オシャレなテーブルクロスを掛ける。

「お!? ずいぶん雰囲気が変わるなー」

「こうやっておけば汚れも目立たないし、お店っぽくなるよね」

 秋風が微笑みながらつつと冬草の二の腕を指でなぞる。

「おわぁ!? なにしてんだよ!?」

「なにって誘惑?」

「誘惑もねぇだろ!? だいたいアタイら付き合ってるんだろ!」

「だからもっと先に進みたいワケ」

「毎日誘惑してるじゃねぇか!?」

 怒る冬草に楽しそうに秋風が笑う。すっかり冬草の扱いに慣れた秋風は気にせず体を密着させる。

 顔を赤くした冬草はいそいそと準備を続ける。

 この場所で二人がするのはクッキー販売。

 秋風と冬草の愛の手作りクッキーを並べて格安販売する予定だ。

 ちなみにクッキーは既に焼き上げて袋詰めまですませており、あとは学校に持ってくるだけの状態になっていた。

 海たちのように余裕のある二人は、販売スペースをオシャレにすることに力を(そそ)いでいた。

「だいたいママたちも来るんだろ? ちゃんとやらないと説教されるぞ?」

「大丈夫。クッキーは試食してもらったし、雪のママさんとも連絡とってるから」

「いつの間に!?」

「だから安心して。ここなら人に見られないし、絶好のチャンス!」

「なんでだよぉおお〜〜!?」

 冬草を押し倒した秋風。冬草のマスクに手を掛けたところで止められた。

「こんなところじゃだめだって! 学校では抑えろよぉー!」

「いや」

 そんなことをしつつも秋風は冬草とイチャイチャするのだった。


 最後のスポットでは、他の作業で遅れた月夜と夏野が準備をしていた。

 ダンボールを敷き詰め、シートをかけてクッションを置いた。

「あら、素敵! 二年前を思い出すわね」

「うむ。これで照明が暗ければ『ふわふわお休みルーム』だな。確かにこの場所のコンセプトは同じ休憩所だし」

 顧問の岡山(おかやま)みどり先生が嬉しそうに出来たばかりの床に横になる。

 腕を組んだ月夜もうんうんと(うなず)いていた。

 クッションを抱えた夏野が来てみどり先生の横へ置いた。

「これで最後です。思ったより早く終わりましたね」

「うむ。ダンボールを二重に敷き詰めてるお陰で、弾力があっていい床になっているな。前に作ったときはイスを並べただけだったし」

「ネットに載っていたんで参考にしてよかったですね」

「うむ。さ、空君、私たちも休憩しよう」

「はーい!」

 ニコニコした夏野が上履きを脱ぎ、シートにあがる。

 すでに座っている月夜の隣に夏野が座り、その後ろではみどり先生が横になって目を閉じていた。

 置いていた自分のペットボトルを取ってゴクゴクと飲む。

 ぷはぁーと夏野は疲れた体に水分が浸透していくのを実感する。

「……しかし早いな。これが最後の文化祭なんて今でも信じられないな」

 地下通路を描いたダンボールの壁を見ながら月夜がポツリと漏らした。

 普段はあまり感傷的な事を言わない月夜に夏野は驚いたと同時に嬉しくなった。

 だって、それって今が楽しいから出た言葉に間違いないから。つまり夏野たちと一緒にいることが月夜にはとても大切だということがわかったから。

 ニコニコと上機嫌の夏野は月夜にペットボトルを渡す。

「最後は楽しくしましょうよ。思い出に残るぐらいに」

「うむ。空君が部に入ってくれてよかったよ。そうでなければ、ここまでこれなかった」

 一口含んだ月夜は微笑んで夏野にペットボトルを返した。

「ありがとう空君」

「そんな……。月夜先輩がいたからこそです!」

 照れた夏野は頬を染める。ちなみに間接キスをしたペットボトルは家に持ち帰って宝物にする予定だ。

 夏野は隣にいる月夜に体を寄せ肩にちょこんと頭をつけた。

 なんとも初々(ういうい)しい二人だが、後ろにみどり先生がいることを忘れていたようだ。


 起き上がることも声をかけるタイミングも逃したみどり先生。

 良い雰囲気の夏野と月夜のくっついた背中をチラ見しながら、寝たふりを続けていた。

 その後しばらくして、夏野と月夜の間に何の進展もなく雑談に終わり、普通に起こされたみどり先生。

 こんなことなら早く声をかけるべきだったと後悔していた。


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