158話 まだか!?
頬を膨らませ、モグモグと食べているツキネは目の前ににる夏野 空に聞き出す。
「ふぉれれ、とぉなんふぁ? あいふぁららふぉおう?」
「ちゃんと食べ終えてから話してくださいよー。なに言っているのかさっぱりです」
夏野があきれたように答えた。
二人は葵 月夜の自宅裏にある雑木林の一角にいた。そこにはツキネが祀られている小さな社がある。
ちょうど暇していた夏野が恋愛相談をしに、手土産を持って訪れていたのだった。
モグモグ…ゴックン。なんとかケーキを飲み下したツキネに夏野がペットボトルを渡した。
「ゴクゴク…ぷはー、落ち着いた。ありがとう空よ」
「もっとゆっくり食べてくださいよー。喉に詰まって大変なことになりますよ?」
「う、うむ。確かにな」
なぜか責められているツキネは冷や汗をかいて頷いた。
しかし、まだケーキはあと二つある。後でゆっくり食べようと思いながらツキネは先ほどの話題を出した。
「ところで、どうなんだ? 少しは進展したか?」
「それなんですけど、今日は相談しに来ました」
「う〜む。相談ごとは嬉しいのだが、恋愛に関してはなぁ。ちょっとばかし厳しいんじゃよ」
「そんなこと言わないで聞いてくださいよー。こないだですね、月夜先輩と一緒に出かけたとき──」
嫌そうなツキネに構わず夏野が話し始める。
つらつらと十分ほど一人で語り、ツキネは相づちで頷くだけ。
聞けばどれも仲が良く、二人の親密ぶりがうかがえるエピソードばかりだ。
夏野はどうでもいい細かなことをグチグチと文句を言っていた。
「あーーーーもぉおおおおーーー! わかった! わかった! だいたいわかった!」
いい加減、聞き飽きたツキネが声を出して夏野の話しをさえぎり強制的に終わらせる。
驚いた夏野は話し途中なのを邪魔されてムスッとしている。
「まだ続きがあるんですけど?」
「もう十分聞いたぞ。このまま続けておったら日が暮れてまうからな。今のままでも十分付き合っているようなもんじゃな」
「そんなのは勘違いです。月夜先輩がわたしに好意を持ったとしても、それは親しい友人的なものなんです。わたしが欲しいのは恋人としての好きなんです」
「……いや、それは知っておるわ」
何度繰り返される同じ話し。巡り巡る言葉の輪。ツキネは頭がクラクラしてきた。
普段は気立てのいい娘なのに、恋愛のことになるとからっきしな夏野。
最近は月夜よりも夏野と会う方が多いツキネは、毎度聞かされる片想い話しに耳がタコになってきた。
話題を変えようとするツキネに夏野が聞いてきた。
「だいたいツキネさんは好きな人はいないんですか?」
「余か? 意外な質問だな」
「だって、ちゃんとしたアドバイスをしてくれたことが無いから」
「ぐっ……ズバズバと心をえぐってくるな」
夏野の確信めいた一言にツキネは胸を押さえる。そう、自身の恋愛なんてからっきしなツキネなのだ。その前に神だから違うのかもしれないが。
腕を組んだツキネはため息をひとつこぼした。
「まったく。好きな者はもちろんいるぞ」
「ホントに!?」
身を乗り出す夏野。ぐいぐいくる夏野にツキネは及び腰だ。
「ホントじゃ、ホント。余は空が好きだぞ」
「ほへ?」
予想外なひと言に夏野はキョトンとなる。まさかツキネに好かれているとは思ってもなかったから。
やばい、自分を好きな人に相談してたわけ? どうすればいいの?
心の中で焦っている夏野にかまわずツキネは続ける。
「もちろん月夜も好きだし、葵家の人々は好きだ」
「……それって祈願してくれる人が好きってことですよね」
「うむ」
自分の額に手を当てた夏野は思った。全然違うじゃん! と。
好きは好きでも恋愛感情とは関係ない親愛的なものだ。正に家族愛や友愛な感情の方である。
とにかく変な方向へ行かなくてよかったと夏野は安堵した。
今日の所は恋愛相談を諦めた夏野は話題を変えて雑談にすると、ツキネも待ってましたと乗ってきたのだった。
□
しばらくツキネと夏野が話していると月夜がやってきた。
「おや、空君もいたのか! ということはお菓子はもう食べたのだなツキネは」
「こんにちは月夜先輩! 偶然ですね!」
会えたことが嬉しそうに夏野が笑顔で月夜を迎える。
「うむ。ここに来ると空君と遭遇することが多いな」
「確かにそうですね」
月夜が持参したお菓子を受け取りながらニコニコと夏野が同意する。
そして、ツキネも新たなお菓子に嬉しそうに手を伸ばしながら得意げな顔をした。
「それはそうじゃろ。余の神通力のお陰だからな。こうして二人が出会うのは偶然ではないのだ。必然といってよかろうて」
「学校では毎日会ってますけどね」
「うむ。バイト先でも空君と会ってるし、いるのが当たり前な気がしてきた」
夏野と月夜に神通力を否定されたツキネは二人を睨んだ。
土地神をなんだと思ってるのだと。その気になれば二人の枕元にゲジゲジをけしかけることなど朝飯前だ。
それに味方なはずの夏野にはしごを外された格好に、ツキネは裏切られた気分になっていた。
月夜からもらったお菓子を頬張りながらもツキネは怒っていた。
「でも、ツキネさんがいるからこうやって相談できるし、楽しく話しもできて感謝してますよ」
「うむ。私だけだといつもツキネは上から目線なのだ」
夏野の続けてでた言葉にツキネは一瞬のうちに表情が柔らかくなる。
許そう──先ほどの怒りは収まり、お菓子を飲み込んだツキネはニコリとした。
だが、月夜は別だ。今度、夜中にゲジゲジを枕元にけしかけてやる……ツキネは己に誓った。
上から目線ではなく、親の目線だというのに。何か取り違えているようだ。
こうして機嫌が直ったツキネを加えた夏野と月夜は、しばらく談笑してから別れた。
親密そうな月夜と夏野の後ろ姿にツキネは思った。
……なんでまだ付き合ってないんだろうか? と。
いろいろけしかけても奥手な夏野はまるで動かず、月夜は相変わらずの鈍感具合だ。
ツキネが心配している間にも、二人の距離は縮まったようだが、まだ恋人の関係と呼ぶにはほど遠い。
これ以上はツキネとしてもやりようがないことは確かだ。
あとは本人たちの自覚と偶然に任せるしかないようだ。
誰かに相談したいとツキネは空を仰いだ。
いっそ出雲に出向いて神々に相談するのも手だ。その場合、この土地から一時的に離れてしまうことになる。
もしツキネが不在の間に何かしらの災いや天変地異が。ひょっとしたら月夜や夏野に事故があったら後悔してもしきれない。
……遠出はやめよう。不安のある内は土地を離れるのは無謀すぎる。
ため息をついたツキネはドロン! と黄金のキツネの姿になった。
ここは、隣接する他の土地神に話しをしたほうが良さそうだ。
そういえばタヌキのヤツがいたなとツキネは目を細めて思い出す。
コーン!
一声鳴いたツキネは雑木林を素早く駆け抜け後にした。