157話 愛情だ!
目覚ましの音で目を開けた冬草 雪は、大きなあくびをしながら体を伸ばした。
けだるそうに下着のままベッドから出るとジャージに着替える。
そこにベッドに放置していたスマホが、ピロリンと鳴った。
おもむろにスマホを手に取り画面を見ると、そこには秋風 紅葉からのL○NEがきていた。
(おはよう♡ 今日も学校で♡ 唇の写真が欲しい!)の文字と共にキャミソール姿の秋風の胸元を強調したセクシー写真が添付してあった。
「ふざけんな……」
画像を見てギョッとした冬草はブツブツ文句を言いながらも「おはよー」と、一言を返すだけにした。
秋風はことあるごとにセクシーポーズや悩殺下着写真を冬草に送ってきていた。
そのおかげで冬草のスマホの画像ホルダーには秋風のセクシー写真がぎっしりだ。
もし、なにかの拍子で誰かに見られたらと思うと冬草は背筋が寒くなるのを感じていた。これでは冬草がリクエストして秋風に写真を送ってくれているように見えるから。
しかし、相手が目覚めた頃にL○NEを送る秋風の重いアタックにも冬草は気づいていない。普通ならドン引きだ。
毎朝のルーティーンをこなして、顔を洗い、歯を磨く。
そして台所へと行くと母親が朝ご飯の支度をしているところだった。
「雪ちゃん、おはよう!」
「おはよーママ」
冬草に気がついてニコリと挨拶する母親。冬草も応じると母親の隣に立った。
「今日は何にするの?」
「んー、ハンバーグかな…」
「そう! 卵焼きも作るの?」
「一応」
「ふふふ。雪ちゃんも料理が段々上手になってきたから、ママの手伝いもいらないかもね」
「そ、そんなことないよ!」
おしゃべりな母親が主導して、楽しそうに会話しながら冬草はお昼のお弁当の準備を始めた。
今日はハンバーグとアスパラガスに卵焼き、ポテトサラダと付け合わせの予定だ。
朝ご飯の支度を終えた母親に手伝ってもらいながら冬草はお弁当を作っていた。
秋風にお弁当を作り始めて数ヶ月、喫茶店の厨房のバイトの成果もあり、冬草の調理の腕はメキメキと上達していた。
元々手先が器用な方なので包丁の扱いも手慣れてきている。
喫茶店で覚えたレシピを家で再現しながら練習を重ねてきた。最近は失敗も少なくなり、料理をするのが楽しくなってきた頃だ。
娘の急成長ぶりに母親は頼もしく、また嬉しそうに隣で見ていた。
そんな娘も来年には高校を卒業して社会人になる。
いつか手元から離れて行く娘。時が経つのは早いな…ふと寂しさを感じる母親であった。
□
高校の昼休み。
地底探検部の部室に集まった部員たちは、持ち寄ったお弁当を広げてお昼ご飯を食べている。
冬草からお弁当を受け取った秋風は嬉しそうにフタを開けた。
「わぁ。さすが雪ね! とっても美味しそう!」
「いや、ママにも手伝ってもらったから……」
「それでも嬉しい。愛情がこもってるから」
照れる冬草に秋風が褒めちぎる。
「うむ。毎日あの二人は同じような会話して飽きないのか?」
「それは野暮ですよー。せっかく二人がいい雰囲気なんですから」
冬草たちの横にいた葵 月夜と夏野 空がヒソヒソと言い合ってる。
お弁当の具をつまんだ秋風が口に入れて、美味しい〜と連発する。
照れながら冬草も同じ内容の自分の分を頬張っていた。
「よし! お弁当をステップアップしてみたらどうだ雪?」
そんな雰囲気をぶち壊すように冬草に声をかける月夜。空気の読めなさぶりに夏野は目が点になった。
「はぁ? ステップアップぅ?」
いぶかしげに冬草が月夜を見る。どうやら冬草は気にしていないようだ。代わりに秋風が月夜を邪魔するなと睨んでいたが。
「そうだ雪。普通のお弁当作りも慣れてきただろうから、ここでワンステップあげてキャラ弁にチャレンジしてみてはどうだろうか?」
「きゃ、キャラ弁?」
「うむ。たとえば、だ。これを見てくれ」
戸惑う冬草に月夜がスマホの画面を見せる。
そこにはご飯に海苔でキャラクターが描かれ、おかずもキャラクターになっていたり、可愛く飾ってあった。
「……なんだよコレ?」
「どうだ? お握りをクマにしたり、溶き卵で布団のように表現したりとバラエティだろう」
次々に画面をスライドし、キャラ弁を表示させる。簡単そうな、お握りで海苔でパンダを表現していたり、また、手の込んでそうなアニメのキャラクターが映しだされる。
冬草たちと一緒に見ていた夏野は、前にこういうのが流行っていたなと思い出していた。
「す、すげえ…考えたヤツ、天才じゃねぇか?」
「だろう。たまにはアレンジを加えて紅葉に雪の愛情をお弁当で示すのも手だ」
初めて見るキャラ弁に感心している冬草。追い打ちをかけるように月夜が説明する。
それまで無関心だった秋風だったが、月夜の言葉に冬草に抱きついた。
「それいい! はい、採用!」
「はぁ!? なんでだよ!?」
「いいじゃない。雪のキャラ弁楽しみだな!」
「うぐぐ……」
「そんな顔しないで。手伝おうか?」
「いや、あたいでやるよ! やってやるよ!!!」
「さすが雪、かっこいい!」
秋風との流れでキャラ弁を作ることになってしまった冬草は、やるしかないのかと肩を落とした。なぜなら面倒だから。
その様子に月夜は上手くいったとイタズラが成功して笑っている。
相変わらず人が悪いが、結果的に冬草と秋風がより深い関係性になりそうだ。そんなお節介な月夜を夏野は苦笑して見ていた。
□
バイトを終えて家に帰った冬草は、夕食をすませた後に材料を広げた台所で唸っていた。
お風呂から上がった母親が気に掛けてくる。
「どうしたの雪ちゃん。うーん、うーん言って便秘ぎみなの?」
「ちげぇよ! なんで台所で便秘を気にしなきゃならないんだよ!? そうじゃなくて、キャラ弁だよ! ほら、お弁当に顔が描いてあるやつ!」
「あー! それね。最近のは顔なの? 昔はタコさんウインナーとかウサギさん卵だったのに、どう違うのかしら?」
母親の言葉に、冬草は月夜に教えてもらったスマホのサイトへアクセスして画面に出した。
「これ、これ。なんか複雑そうだろ?」
「へ〜驚いた! とっても素敵ね! これを雪ちゃんが作るの? 凄いわ! お母さん感心しちゃった! 作るレシピとかあるのかしら?」
「んーっと、これだな」
「あらら、思ったより簡単そうね。これなら雪ちゃんでも楽勝ね!」
「いや、これは一番簡単なやつ……」
楽しそうに話す親子。冬草ができそうなレシピを探して、アレンジを考える。
あまり共通の話題が無かった親子だったが、娘が料理をし始めてからは前よりも会話が多くなっていた。
母親は嬉しそうに画面を眺め、娘は難しそうな顔で材料を気にしていた。
こうして夜は更けていった。
翌日のお昼、新たにチャレンジしたお弁当を持参した冬草。
「これ……ちょっと変かもしれないけど」
「楽しみにしてた! どんなのでも雪のなら嬉しい!」
ワクワク顔でお弁当を受け取った秋風は、ぶっきらぼうに言う冬草に満面の笑みを送る。
夏野を始め他の部員たちが注目する中、秋風はゆっくりとお弁当のフタを開けた。
「かわいい! すごいよ雪!」
ひと目見て歓喜の声をあげる秋風。
お弁当の中では、ご飯でできたキャラクターのクマPがそぼろを敷き詰めた上に寝転がり、その回りに可愛いタコウインナーと顔の描いてあるゆで卵が飾り、サラダの緑にオレンジのにんじんでできた花が咲いている。
そのクマPのお腹にはLOVEの文字が躍っていた。
「ふぁああっ!?」
誰より驚いたのは月夜の妹の葵 海だ。
クマP好きの自分に見せびらかすようなお弁当に海は羨ましくて歯がみした。
しかも作った当人は、たまたまクマPを選んだだけで好きでもなんでもないのが海を余計に刺激している。
「紅葉の好みと違うかもしれないけど、これが簡単そうだったから……」
「ううん、全然気にしないよ。そういう気遣いだけでも嬉しいから」
海が憤慨している前で冬草と秋風がイチャイチャしはじめた。冬草は頬を染め、秋風は美味しい愛情を噛みしめていた。
なんだか負けた気がした海は、今度自分でクマPのお弁当を作ろうと心に決めた。
両手をわなわなさせ、肩を震わす海に、倉井 最中は一体何があったのかと首をかしげた。
思わぬ所に飛び火したキャラ弁だが、どうやら月夜のもくろみは成功したようだった。