154話 半地下だぞ!
地底探検部の部員たちはこの日、駅前に集合していた。
ひさびさの校外活動のためだ。
部長の夏野 空が“RESCUE”と書かれたキャップを被り、集まった部員たちを見渡す。
「今日は前に見つけた物件を見学しにいきます! まだまだ暑いので水分補給はしっかりしてくださいね!」
「は〜い」
部員たちが気の抜けた返事をする。
そう、夏野たちはこの間見つけた半地下の場所へと行くつもりなのだ。しかも確証もなく訪れるので、違っているのかもしれない。
そんな不安を残したまま部員たちは駅のホームへ進み、やってくる電車を迎えた。
揺れる電車の中で顧問で付き添いで来た岡山みどり先生は早速ペットボトルの麦茶を飲んでいる。
今日は何事もないまま終わってくれますようにと願いながら。
これまで訪れた先々で不思議現象をひとりだけ目撃しているみどり先生は、ちょっと思っていた。
私って霊能的なものがあるのかしら? と。それか部員の中に何か霊的なものを呼び寄せる体質があるのかしら? と。
だるそうに空いている列車の席に座る部員たちをちらりと見て、いなさそうだなと首を振る。
おめかしした秋風 紅葉はタンクトップながら全身黒ずくめで暑そうな冬草 雪とデートする気満々だ。
葵 海と倉井 最中は隣り合って座り、流行りの動画を見てクスクスと笑い合っている。
夏野と葵 月夜は地図とスマホを見ながら、訪れる場所を確認していた。
「さすがにウエブマップの航空地図だと遠すぎてわからんな……」
「そうですね。やっぱり近くまでズームできるのは都会だけなんですよ。ここは地元の地図を信用しましょうよ」
「確かにな。だが、その地図は十年以上前のものなんだが?」
「えへへ」
笑って誤魔化す夏野に月夜はツッコミをやめた。これ以上言っても、すでに行動に移しているのだ。今更やめるには遅すぎた。
不安を少々抱えたまま一行は電車に運ばれて、目的地のある二つ隣の駅へとたどり着いた。
ジーワ、ジーワ、ジーワ。
蝉の音がそこここから聞こえてくる。
ここだけまだ夏の真っ最中のようだ。
熱い陽射しが降り注ぎ、日陰のないアスファルトの上で汗がどっと出てくる。
「マジかよ…何にもねぇぞ、この駅前」
冬草がキャップを上げ額の汗をぬぐう。
無人駅から出た部員たちの前には、ちょっとした駅前の歩道に道路があるだけ。近くに民家は見当たらない。
「ホントにここでいいんだな?」
冬草が確認のために夏野に目を向けると、えへへと愛想笑いで返された。
そんな冬草の腕を抱きしめる秋風。
「どこでもいいじゃない。なんだか人がいないからワクワクするね!」
「あっ、ばか! 汗かいてるからひっつくな!」
「別に気にしないけど?」
「あたいが気にするんだよ!」
冬草と秋風が騒ぎ出した。自分の汗に恥ずかしがる冬草と気にしない秋風がもめている。
いつものことなので夏野たちは無視して先に進むことにした。
倉井と海は歩きながら風景の写真を撮って楽しんでいる。どうやらピクニック気分でいるようだ。
みどり先生は日傘を差して難を逃れている。
夏野が先導して通りを歩き先を進む。
やがて道を外れ、のどかな草原へと入っていく。
草に隠れているが、石を敷き詰めた道らしきものが先へと続いている。
辺りを眺めると赤い屋根の民家がぽつぽつと緑の先に色をつけ、その前に白い建物が部員たちの向かう先に見えた。
「ひょっとしてアレか?」
秋風に腕を抱かれたまま冬草が尋ねる。
先頭を歩いていた夏野と月夜が同時に振り返り、こくりと頷く。
何か言えよ! 胸の内で毒づきながら冬草は冷や汗をかき始めた。どうせ、ろくなことにならなさそうだからだ。
違う意味でみどり先生も戦慄が背筋に走っていた。
ま、まさか……。今度も何か出そうな雰囲気を漂わせている建物に視線を走らせている。
どんな目的で建てられたのか、三階建ての薄汚れている白いビルがそこにあった。
「わぁ~。面白いね海さん!」
「ね! こんなところポツンと立ってるなんて、なかなかないよね!」
スマホでパシャパシャ写真を撮りながら倉井と海がはしゃいでいる。
気楽なもんだと海たちの姿に冬草は思った。人前でいちゃついている自分たちは棚上げにして。
さらに建物に近づくと突き出たポーチの入り口には看板がかかっており、そこには『みんなの村図書館』と書いてある。
「……」
あまりの場違いさに夏野と月夜以外の部員たちは無言になる。
そんな部員たちに月夜が説明した。
「まあ、よくある行政の無駄ってやつだな。不必要なのに作ってしまったのだろうな」
苦笑するみどり先生。
確かに地方に限らずよくあることだ。余分なお金があると何か形のある物を作りたくなってしまうのは人間の性かもしれない。
こういうのをテレビで見たことあるなと、違う意味で冬草は本物に感動していた。
夏野は両開きのガラスでできたドアを開けて中へと入る。
すると冷えた空気が身を包む。空調の効いた図書館は外とは別世界の季節になっていた。
「涼しぃ~い!」
気持ちよさそうに夏野が嬉しい悲鳴をあげる。
部員たちもゾロゾロ後をついてきて、冷えた室内で嬉しそうにしている。
入口から入った図書館は、すぐに下に降りるゆるやかなスロープのある五段ほどの階段があり、半地下につくられたホールへと続いている。
ホールにはカウンターが設えており、眼鏡をかけた老婆が一人、ちょこんと座って顔だけ出していた。
「いらっしゃい。初めて見る顔だねぇ。ずいぶんと若い人たちばかりだ」
「こんにちは! 深原から来ました!」
夏野が元気に答え、部員たちが頭を下げる。みどり先生も紛れて頭を下げていた。そう、若い人たちの中で違うとは言いたくなかったのだ。
おばあさんはニコニコと嬉しそうに目を細める。
「あら~、そうかい。深原からわざわざ。近いとはいえ、こちらは辺ぴな村だからねぇ~。来てくれて嬉しいよ」
「ここって図書館なんですか?」
「そうだねぇ。一応、村で運営しているんだけど、あまり借り手がいなくてねぇ。もっぱら二階のレクリエーションルームで爺さんたちが将棋やら囲碁やらをしてるよ」
「あー、そうなんですか。少し見て回ってもいいですか?」
「もちろんだよ。貸出はしてないけど、ここでなら好きなだけ本を読んでもかまわないよ」
「わぁ。ありがとうございます!」
夏野がお礼を言うと、再び部員たちが頭を下げる。
おばあさんはニコニコして図書館の中へ進む夏野たちを見送った。
やりとりを見ていたみどり先生はホッと一安心していた。すくなくとも、おばあさんは生きているのが確実だからだ。
こうして目的の半地下へとたどり着いたのだった。
「ふーむ。いたって普通の図書館だな。小規模なことを除けば、これといった特徴がないな」
館内を見渡しながら月夜が感想を述べる。夏野はそうだなと頷いた。
「ですね。でも、半地下にしているのが特徴じゃないですか?」
「確かにそうだ。たぶんオシャレで造ったのかもしれないな」
月夜と夏野が憶測を話し合ってるよそで、倉井と海は図鑑コーナーへ行って『かわいい子犬』本を手に取って開いていた。
みどり先生はよっこらせと長いソファーに座り、休憩している。冬草と秋風は料理コーナーで本を吟味していた。
部員たちが思い思いの様子で図書館をすごしている。カウンターからおばあさんは、そんな夏野たちをニコニコと見ていた。
よく考えれば学校の図書室以外で、ちゃんとした所に来たのは久しぶりだったのだ。
市立の図書館は遠いし、興味本位で一、二度行ったきりだ。途中から転入した倉井と冬草を除いて。
知らない地域の本棚に皆は面白そうに眺めて、学術書の少なさとか辞書類が多いとか学校と異なる蔵書の世界に驚いていた。
一通り見終えた月夜と夏野は、みどり先生のいるソファーに横並びに座り、一休みする。
「月夜さんたちはもういいの?」
「うむ。だいたい把握したからな。それに私の興味ある本は無いし」
「わたしも同じです。それにここって涼しくてすごしやすいですよね」
みどり先生の問いに月夜と夏野が笑って答える。
三人は持参したペットボトルを開けて水分を補給した。
今回は冒険らしいこともなく、駅から暑い中を歩く以外は苦も無く楽だったなと三人は笑い合う。
部員たち以外、誰もいない図書館で多少声を出してもおばあさんに怒られない。
そのうち倉井と海、冬草と秋風もソファーに集まって腰をおろした。それぞれ楽しめたようで満足そうな顔をしている。
ちょうど全員揃ったところで夏野はスマホを取り出し時計を確認した。
すでに時刻は午後一時を回っている。
そういえばお昼を食べていないことを思い出した夏野は月夜に聞いた。
「月夜先輩、ここに来る途中で飲食店とかありましったけ?」
「ん? そういえば何もなかったような……」
ハッと気がついたみどり先生がぐるりんと夏野たちへ顔を向けた。
「それ! 何か足りないとずっと思ってたの!」
さすが食にうるさい先生に月夜と夏野は苦笑する。
「だが、これは危険だぞ空君。次の電車で帰るにしても、我々は腹ペコで空腹に耐えながら我慢しなくてはならなくなったぞ」
「大変! ちょっと聞いてきます!」
慌てた夏野がカウンターにいるおばあさんの所へ飛んで行った。
月夜とみどり先生が期待して夏野とおばあさんに注目している。
遠くなので話の内容はわからない。
すぐに夏野は戻って来た。
「あのー。残念ですけど、この村には飲食店は無いみたいです。雑貨屋が一軒あるみたいですけど、けっこう離れているみたいで……」
「そうか…」
月夜は絶望に天井を仰ぎ見た。みどり先生は真っ青だ。
話を聞いていた倉井たちも、わいわいと騒ぎ始めた。
「と、とりあえず、ここを出て駅に向かいましょう」
夏野が提案すると皆は頷き、一斉に立ち上がった。
部員たちはカウンターにいるおばあさんにお礼を言って図書館を出ようとすると呼び止められた。
「ちょっと待って。今さっき親切な人から差し入れがあったの。よければ食べていくといいよ」
「え?」
驚く夏野たちがカウンターを見ると、そこにはお盆におにぎりが並んで載っている。
先ほど夏野が離れたほんのちょっとの間に誰かきたのだろうか?
疑問に思いながらも、おにぎりを手に取るとほんのりと温かい。
おばあさんの勧めもあり、ちょうど一人ひとつづつあることだし、部員たちはおにぎりをいただくことにした。
空腹の部員たちは、あっという間に平らげ、おばあさんに再度礼を言うと図書館を後にした。
おにぎりが美味しかったー、助かったねー、と夏野たちがニコニコと感想を言い合うのを聞きながら、みどり先生はふと図書館を振り返る。
白い建物の横にポツンと茶色のタヌキが座っているのに気がついた。
みどり先生の視線を感じたのか、タヌキは頭を下げる。まるで、良かったねと労うように。
つられてみどり先生も頭を下げて会釈する。
不思議なタヌキもいるんだなと、みどり先生はそのときは思っただけだった。
案の定、帰りの電車は一時間待ちで空腹だったら大変なことになっていたに違いない。
少しでも腹に入れている部員たちには余裕が見え、電車の中でも楽しそうに話している。
そこでふとタヌキのことを思い出したみどり先生。ふつふつと汗が出てきた。
ひょっとして、タヌキが化けておにぎりを持ってきたのは突飛な考えだろうか……。
地元の神か守護者かは知らないが部員たちを気にかけてくれたとかはないだろうか。
いやいや、そんなことは無いはずだ。
頭を振ったみどり先生は、もっと気楽にしなきゃと自分を叱咤する。
どうも幽霊とか奇々怪々な思考をしてしまう。
みどり先生は窓に映るのどかな風景を見ながら、賢そうなタヌキの瞳を思い出していた。