153話 耐えろ!
休日でバイトもない葵 月夜はジャージ姿で駅前のスーパーに買い出しに来ていた。
母からお金を預かり、どうやってお菓子を野菜などの中に紛れ込まそうと頭を悩ましていた。
買い物カゴを持った月夜は、必要な野菜や肉などを順次入れていく。
そして、お菓子コーナーの前でピタリと立ち止まる。
瞬時に棚にあるお菓子を目に焼き付け、商品を吟味していく……。
袋のお菓子は駄目だ。目立つからお母さまにすぐバレる。もっと薄くて、ほうれん草の束に隠れそうなパッケージがいい。
いつになく真剣な表情で商品に目を光らす月夜。
かれこれ五分は同じ場所に立って、通行する人の邪魔になっていた。
「あれ!? 月夜先輩?」
声をかけられ首を巡らせば、同じように買い物カゴを持った夏野 空がそこにいた。
「空君! 奇遇だね!」
「先輩もお使いですか? わたしもなんです! わ〜今日は良いですね!」
ニコニコと夏野が月夜の元へ寄ってくる。
偶然とはいえ、月夜と出会って上機嫌の夏野だったが、こんなことならもっとオシャレ着で来ればよかったと後悔していた。
「通路の真ん中にいると迷惑になりますよ?」
「おっとすまん。つい熟考して夢中になってしまった」
夏野に注意され、月夜たちは邪魔にならない場所へと移動した。
「ところで何を悩んでいたんです?」
「うむ。お菓子を買いたいが、なるべくお母さまに見つからない物が欲しくてね。それでいて美味しいやつを」
あんまりにも月夜らしい理由に夏野は笑う。
「あははは。それは難儀ですねー。わたしも手伝いますよ」
「どうやってだね? ま、まさか私が買ったお菓子を空君が道すがら食べて証拠を無くすつもりか!?」
「違いますよー。先輩が買った後で、お菓子をわたしに渡して、先輩の家でこっそり返すんです。どうですか?」
「て、天才か……。それは素晴らしいアイデアだよ空君!!」
「えへへ…」
褒められた夏野は照れる。この日にかぎって冴え渡る頭に夏野は自分でも驚いていた。
これなら上手くいくと月夜は握り拳を天につきだし、嬉しさを表した。
さっそく夏野の案で行くことにした月夜。
欲しいお菓子をカゴに詰めていく。が、ふと月夜は気がついた。
「ところで、空君はこのまま私の家についてきてもらってもいいのか? 自分の用事があるだろ?」
「それなら大丈夫ですよ。わたしはケチャップとか調味料を買いに来ただけなので」
「なら、お言葉に甘えよう」
ふふふ〜んと鼻歌しながら楽しそうにお菓子を買い込む月夜。ついでに夏野も自分の好きなお菓子をリクエストしていた。
こうしてスーパーを出た二人。
途中、暑い日差しに月夜がだれてコンビニへ寄り道する。
冷たいジュースを買い喉を潤す二人。
夏野がスーパーでついでに飲み物を買えば安かったのでは? と月夜に聞くと、それだと飲みたいときにぬるくなるから嫌だと力説される。
わがままですねぇと笑う夏野に月夜も笑う。
やがて月夜の家へと着いた。
月夜が玄関を開けてただいまーと声をかけると母親が出てきた。
「あら! 夏野さんも来てたのね! いつもごめんなさいね、うちの月夜が迷惑ばかりかけて」
「こんにちは! そんなことないですよ! とってもいい先輩です!」
元気いっぱいの夏野挨拶に月夜の母は、なんて良い子なんだろうと眩しそうに目を細めた。
ついでお宅に上がっていく夏野。ふと物足りないのに気がついた。
「海ちゃんはいないんですか?」
「うむ。海は最中君と遊びに出てしまったよ。お姉ちゃんも誘ってくれとあれほど言ったのに」
「ははは、それは残念でしたね」
悔しそうな月夜の顔に夏野は苦笑する。海は倉井と二人きりになりたいのに、姉がついてきたら面白くないだろうから。
でもこうして月夜とスーパーで会えたのだから、夏野は遊びに出かけている海に感謝していた。
月夜が買い物袋を台所へ持っていくと、母が段ボールを抱えてきた。
「ちょうどよかった! 親戚からサツマイモが送られてきたのよ。たくさんあるから夏野さんもいくつか持って帰ってくれる?」
「はい! 喜んで!」
居酒屋ばりな元気な掛け声の夏野。
はきはきと明るい夏野に月夜の母は気を良くしている。
「せっかくだから今食べよう。さ! 空君、庭にレッツ・ゴーだ!!」
母親の持つ段ボールからサツマイモをいくつか手に取った月夜が玄関へと向かう。
夏野は母にぺこりと会釈して月夜を追いかけていった。
ため息をつく母。
「どっちが先輩なんだか……」
来年大学生になろうとする娘よりも夏野の方が大人に見える。
やれやれと台所の荷物をしまうために廊下へ戻る母親であった。
葵家の庭にはちょっとしたバーベキュースペースがある。
昔はここで仕留めた雉やウサギをさばいて焼いたりしていた所だ。
月夜は枯れ草や乾いた細い枝を組んで、最後に油を少しかけて柄の長いライターで着火した。
炎がパッと上がり、パチパチと枝が爆ぜる音が聞こえた。
そこにアルミホイルに包んだサツマイモを投入し、さらに枝を追加する。
黙って見ていた夏野は汗をぬぐう。
「ずいぶん手慣れてますね。よくしてるんですか?」
「うむ。昔はお父さまがやってくれたんだが、いつしか私がやっていたよ。わははは」
手袋をしたギャルが笑う。ちょっとしたギャップに夏野もつられて笑った。
サツマイモが焼けるのを待つ二人。
照りつける太陽と火の熱さに汗がだらだらと出てくる。確かに秋口とはいえ、まだまだ残暑が厳しい。
気を利かせた月夜が家から冷たい麦茶を持ってきて、二人でゴクゴクと水分を補給した。
とうとう出来たようで、月夜が燃えかすからアルミホイルを取り出して中身を確認する。
「ちょうどいい感じだぞ空君!」
「やった! 待っていた甲斐がありました!」
熱々のサツマイモを受け取り、中を割るとしっとりとした黄色身に甘い香りが水蒸気と共にホワンと出てきた。
「おいしそー!」
さっそくかぶりつくと凝縮した甘味が口の中に溶けてくる。しかし、熱すぎた!
口をはふはふして冷ます夏野。
その姿を見て笑いながら月夜はサツマイモをかじっていた。
炎天下の中、熱いサツマイモで二人とも汗だくになりながら頬張っている。
すると…
ブボボフォオンン!!!
月夜の後ろで大音量が響いた!
驚いて目が点になる夏野。
同じく目が点だが、真っ赤に顔を染めた月夜。
「こ、これはビックリしたなぁ〜。芋を食べてすぐに屁になるものだね? いや〜びっくりだなぁ」
恥ずかしげに言い訳する月夜。まさかスカシですますつもりが、とんだ音が出るとは思ってなかったようだ。
いまだ目が点の夏野は頭が真っ白でフォローが思いつかなかった。
しかし、それ以上に恥ずかしげな月夜の表情を見て夏野はきゅんきゅんきていた。
そう、今さら屁ごときで夏野は引かないのだ。なんてたって月夜の汚れたパンツも洗ったこともあるのだ。
「び、びっくりですよね! 急に大きな音でわたしもびっくりです!」
「ははは。そうなんだよー。大っきすぎたなー。わはははははは!」
「あはははは…」
二人は乾いた笑いで誤魔化した。
再びサツマイモを食べ始めた二人。
先ほどのことがあって、無言でもぐもぐと口を動かしている。
と──
ブボォボォン!!!
「ち、違うんだ空君! 突然出て私にも制御不可能だったんだ!」
「……月夜先輩、お腹壊しました?」
また屁が出て慌てる月夜に冷静な夏野が心配する。
変な同情にますます恥ずかしくなる月夜。いやな汗がぶわっと溢れ、一体全体どうしてこうなるのかと焦り出す。
するとお尻に圧力を感じる……。
い、いかん! ここで連続で放出すると空君に嫌われる! とっさに月夜はお尻に力をグッと入れ、我慢した。
下半身をくねくねさせ、顔を青くさせる月夜に夏野が聞いてくる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「う、うむ。気にしないでくれ。焼いたサツマイモを楽しもうじゃ──」
ボォオン! ボフォン!!
気を緩めた瞬間に連発してきた!
「ふぉおおおおおおーーーーーー!!!!!」
どうしょうもなく叫ぶ月夜。
プルプル震えた夏野はとうとう我慢の限度を超えた。
「あっははははははは! あははははははははは!!! 音が、あはははは!!!」
堰を切ったように爆笑する夏野。あんなに大きな屁を連発するのを目の当たりにして面白すぎたのだ。
「うわ〜ん! 違うんだよ空君! 違うんだよぉおおお〜〜! 勝手にお尻から出ただけだよぉおおおお!」
泣いて夏野にすがる月夜。これ以上嫌われたくないと必死だ。
葵家の庭ではヒーヒー笑い転げる夏野と大声で泣きながら弁解する月夜の姿があった。
さわがしい音を聞きつけ庭を縁側から見に来ていた母は、何やってるんだと二人の姿に首をかしげていた。
ちなみにレシートを確認した母に後でこっぴどく怒られることを、月夜はこのとき知らないでいた。