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152話 たまらん!

 放課後の地底探検部の部室では、春木 桜(はるきさくら)が長机に身を投げてつっぷしていた。

「あ、暑いぃい……」

「冷蔵庫に麦茶がありましたよ。体を一時冷やすにはもってこいです。飲みますか?」

「たのむぅ〜〜」

 隣に座っていた吹田 奏(ふきたかなで)が立ち上がり、部室内にある冷蔵庫を開けて麦茶のペットボトルを取り出すとコップへ(そそ)ぐ。

「はい、どうぞ」

「ありがとう〜。ゴクゴク…ぷはぁーーー」

 コップを一気にあおり、飲みきると春木は再び机につっぷした。その額には汗が噴き出ている。

 まだまだ夏の余韻が残る午後。湿度を伴う熱気が部室に充満していた。


「うむ、まるで自分の部室のような振る舞いだな。しかも今日は楽器すら持ってないとは」

 目の前にいる春木たちに葵 月夜(あおいつきよ)は腕を組んで苦笑し、冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)をチラリと見る。

 イスを並べて秋風が冬草にしなだれ、互いの指をからめてイチャイチャしていた。

「こっちはこっちで暑くないのか?」

 あんなに体を密着してて余計暑そうに見える。こういうのは部室じゃなくて、お互いの部屋でやれば良いのでは? 月夜は周囲に見せつける二人を疑問に思った。

 そんな月夜に夏野 空(なつのそら)が声をかける。

「雪先輩たちは放っておいて、ちゃんと部活しましょー!」

「おお、そうだな。少なくとも我々がしっかりしなければ!!!」

 言われてハッとした月夜が組んだ腕を解いて拳を握る。いち部員として部活を盛り上げねばと月夜は燃えた。

 机につっぷしている春木を無視して夏野と月夜は議論を交わした。

 もちろん『半地下』で面白そうな場所についてだ。

 手元の地図とスマホを駆使し、近い所をピックアップする。

 額に汗がにじみ、背中で水滴が流れる。もわもわと熱気渦巻く部室で夏野と月夜は暑さに耐えていた。


 そこに部室のドアが開かれ、倉井 最中(くらいもなか)葵 海(あおいうみ)が楽しげに入って来た。

「みなさん早いですね!」

 爽やかで涼しげに挨拶してくる倉井たちに夏野は違和感を覚える。

 近づくと倉井たちの体から、ほのかに塩素系の匂いがする……。

 よく知っている匂いに夏野は倉井たちのツヤツヤで湿っている頭髪をまじまじと観察した。

「あ! プールに行ってたの!?」

「うん。海さんが水泳部の人に許可をとって入れてもらってたの。泳いでないけど、冷たくて気持ちよかったよ」

 ニコリと答える倉井。隣にいる海はドヤ顔をして薄い胸を張っていた。

 許可をとれば自由にプールに入れるってコト? そう思い海を見た夏野だが、学校で人気の美少女が頼めば誰も断らないなと気がついた。

「なんてことだ……。なんでお姉ちゃんに言わなかったんだよーーー! お姉ちゃんも海と一緒にプールに入りたかったよーー!」

 聞いていた月夜が悔しそうに出てきた。

「うっさい! お姉ちゃんたちが来たら絶対に水泳部に迷惑かけるでしょ! だから最中だけにしたの!」

「ムグググ…」

 もっともらしい事を言う海に月夜は唇を噛んで悔しがる。

 最初から姉たちを呼ぶ気もなかった海。倉井と二人きりでプールを楽しみたかったのだ。

 冷たい水で遊んでいた海たちには暑い部室も心地よい。

 暑さにつっぷしている春木とは対照的な二人はイスに座ると吹田とおしゃべりし始めた。


 なんとか自分も涼し気な海たちに近づきたいと月夜は決心した。

「くそう、こうなったら…空君!」

「はい?」

「我々も涼みに行こうじゃないか! 学校のどこかに冷えた場所があるはずだ!」

「んん?」

 月夜が拳を握って力説し、戸惑う夏野の手を取って部室を出ていこうとする。

「ちょっと待て!」

 呼び止める声に月夜と夏野が振り返ると、冬草が手を上げていた。

「なんだね?」

「あたいもいく! この部屋あっちいんだよ!」

 そりゃ、あんだけ密着してれば余計に暑いはずだ。フッと笑った月夜は手を差し伸べる。

「来たまえ! 平穏と安らぎの世界へ! 共に探しに行こう!」

「意味わかんねぇよ!」

 立ち上がった冬草が月夜たちの方へと向かう。

「あっ! 待ってよ雪!」

 慌てた秋風が冬草を追ってきた。

 こうして四人は学校の涼しい部屋を探しに部室から旅立っていった。


 放課後の授業のない教室はどこもエアコンが止まっていた。しかも窓が開いていないため熱気が溜まっている。

 教室のドアを少し開けて中の暑さに顔をしかめる夏野。

「やっぱり教室はダメみたいですね。他はありますかね?」

「うむ~。体育館はエアコンすらないからな。校長室はきっと涼しいかもしれないが勝手に入れないし。どうしたものか……」

「少し探してみましょう」

 蒸し暑い廊下を四人がだらだらと歩く。冷蔵庫から水の入ったペットボトルを持ってくれば良かったと後悔していた。

 やがて音楽室の前へと来た。

 夏野がそういえばと月夜に聞く。

「音楽室って防音してるから断熱よさそうですよね?」

「うむ、確かにな。ドアも厚いから、ひょっとして中は涼しいかもしれないな」

 重くてぶ厚い音楽室のドアを少し開ける。

 すると冷気と共にブラスバンドの大きな音が吹き出してきた!

 慌てて閉める。

 月夜と夏野は顔を見合わせた。

「たぶん、我々が入っていったらかなりヒンシュクを買いそうだな。吹奏楽部は怖いからな」

「でも、涼しい風が来ましたよ! 一瞬涼みました!」

 先ほどの冷風の名残を肌に感じながら夏野がニコリとする。つられて月夜もニヤリとするが、これ以上ドアを開け閉めすることはできない。

「いいから次に行こうぜ?」

 手でパタパタと顔を仰ぎながら冬草がせかす。

 せめてマスクを取れば少しは涼しくなるのに、と皆は思ったがそれぞれの胸にとどめた。


 □


 岡山(おかやま)みどり先生は上機嫌に岩手 紫(いわてむらさき)先生の手を取る。

「ここなら涼しいし、誰もいないからいいでしょ?」

「そうね。だけどいいのかな? だって、みどりは部活があるんでしょ?」

「いいの。プレハブの部室棟はめちゃくちゃ暑いんだから。去年持ってきた扇風機が壊れちゃったし、あそこにいたらゆで上がっちゃう」

 おどけるみどり先生に岩手先生が笑う。

 そう、二人は視聴覚室を無断使用して、エアコン全開で涼んでいたのだ。

 誰かが間違えて入ってきてもいいように、部屋の後方にある機材置き場を目隠しにして隠れるように座っていた。

 ちょっとした後ろ暗さと校内での逢引にドキドキする二人。

 たとえ同棲しているとはいえ、こういうところで二人きりもなかなかない。

 岩手先生がみどり先生の手を取って微笑む。

 見つめ合った二人は唇を近づけていく……


 ガラララ!

「おっ! ここは涼しいぞ!」

「ホントですね。明かりがついてるのに誰もいませんね?」

「どうでもいいから、人がいないなら早く入ろうぜ!」

「あら、涼しいぃ~」

 月夜たちが目ざとく鍵の開いている教室へ入って来た!


 驚いた岩手先生が悲鳴をあげそうになり、慌ててみどり先生が手で口をふさいだ。

「しーっ」

 小声で注意するみどり先生。

 機材の隙間から覗くと月夜や夏野らが楽しそうに話しながらくつろいでいた。

「なんで? よりにもよって私たちがいるのに……」

「彼女たちの話を聞いている分には、涼しい教室を手当たり次第に探していたみたいだけど?」

 みどり先生と岩手先生がヒソヒソと言葉を交わす。せっかくの機会を邪魔されてみどり先生はいくぶん腹を立てていた。

 そうしている間にも月夜たちはイスに座り始めた。

「いや~、こんなところがあったなんて良かった~」

「さっきまでの暑さが嘘みたいですね」

 ニコニコと涼しそうに月夜と夏野はが話している。

 どかりとイスに座った冬草が頭の上で手を組み、リラックスしている。

「しっかし、不用心な学校だなぁ。鍵もかかってねぇし」

「そんなことより、もっとこっちに来て!」

「ひっつくと暑いだろ!」

「雪って照れ屋なんだから!」

 秋風の上に秋風が腰をおろして首に手を回してくる。ワーワー言いながらも離れない二人に月夜と夏野は半目で見ていた。


 しばらく涼んだ四人は、部室に残した倉井たちのことが気になり戻ることにした。

 視聴覚室の明かりとクーラーをつけたまま出てしまった。

 機材の陰から顔をひょっこり出したみどり先生はホッと一息出した。

「やっと消えた。ほんとにあの子たちったら」

「ふふふ、面白い。きっとみどりが引き付けているのかもね」

 楽しそうに笑う岩手先生にみどり先生はふくれた。

 しかし、気を取り直したみどり先生は岩手先生と少ない時間を濃密にすごすことにした。


 □


 月夜たちが部室へ戻ると、そこには水着を着た春木と吹田がいた。

 呆れた月夜がツッコミを入れる。

「君達。どうして部室で水着になってるんだ?」

「だって暑いんだもん。最中ちゃんと海ちゃんがプールに行ってたって聞いてピーンときたわけ!」

「そうなんです! 水着なら汗を吸収してすばやく気化するから涼しいんです! そこに気がつく桜先輩ってスゴイですね!」

「……」

 春木だけの言動なら、さらにツッコミを入れられたが、吹田の理論的な言いように月夜は口をつぐんだ。

 得意げな春木に月夜はムググと悔しさ露わに肩を震わす。

 そこに夏野はさらに気がつく。

「あっ!? 扇風機が直ってる!」

 春木や倉井たちの前にはオンボロ扇風機がギィイイギィイイイ嫌な音を立てながら強風で首を回していた。

「そうなの! 奏が部室の隅にあった扇風機を発見して直したんだよ! 才能あるよね!」

「型が古いのでわたしでも直せたんです。お爺ちゃんに教わってよかったです」

 自慢げに春木が説明し、吹田は謙遜する。みごとなコンビっぷりに月夜は苦笑した。

 しかし、吹田のお爺ちゃんは何でもできる人のようだ。昔の人は自前で修理するのが当たり前なのだろう。

 気がつくと夏野や冬草たちは扇風機の前にイスを移動して座って涼んでいる。

 部室内の暑い空気をかき混ぜ、強風で吹き付ける扇風機。

 部員たちはときおりくる風に涼を求め、修行しているかのように目を閉じてじっと暑さに耐えていた。


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