150話 こりゃ萌えるわ!
大阪の梅田にある小さなホールの控室。
そこにはライブを終えたアイドルたちが爽やかな汗をタオルで拭きつつ、狭い部屋でイスを並べて休んでいた。
その中で突然、川岸 水面が手に持ったスマホを抱きしめてイスから転げ落ちた。
隣にいたリーダーの蟹屋 窓里が驚く。
「ひゃっ!? 水面! 大丈夫!?」
慌てて床に落ちた川岸を助け起こす。
だが、川岸の顔はデレデレしてて、自分がイスから落ちたことなど気にしていないようだ。
メンバーが注目している中、リーダーの蟹屋が川岸を座らせて衣装についてほこりをはたく。
「なにがあったの? みんな心配してるよ?」
「あ……ごめん。ほら! あの月夜ちゃんからお祭りに行った写真が送られてきたんだ。ちょーーーー可愛くて頭が真っ白になって、気がついたら床にいたわけ」
自慢げに蟹屋の目の前にスマホ画面をかざす。
そこには大きな朝顔をあしらった浴衣を着た葵 海と倉井 最中がいた。
可愛すぎで似合いすぎな二人の照れた顔が初々しく映っている。
「ふぁあおぉお!?」
蟹屋が変な声を出した。
すると他のメンバーが不思議がって川岸からスマホを奪い、みんなに見せる。
「ひゃぁ〜〜!!! かっわいぃいい〜〜!」
「マジ美人じゃん!」
「この子だれ? 水面が自慢してた姉妹?」
「うわぁー。いいわぁー」
次々に声が上がり、キャーキャーし始めた。
収拾がつかなくなると焦った川岸がスマホを奪い返し、皆を落ち着かせた。
川岸と蟹屋が葵 月夜の自宅へ泊りに押しかけていたことを知っているメンバー。
自慢げに美人姉妹らを紹介していた川岸に、以前バスの中からちらりとしか見ていないメンバーは羨ましく思っていた。
そこに撮りたて新着画像が現れ、場が騒然となったのだ。
リーダーの蟹屋はしかたなしに個人のノートパソコンをカバンから取り出し、メンバーの前に置いた。
「これで見るからいい? あんまりうるさくしないこと!」
「は~い」
「ていうか、私のなんだけど? じっくり眺めて堪能したいんだけど?」
ひとり川岸が抗議の声をあげるが、再びスマホをリーダーに取り上げられ、画像をパソコンと同期させられてしまう。
「それじゃあ、始めるよー」
リーダーの掛け声と共にパソコンに画像が映し出される。
そこには鏡の前でリップを唇に塗りながらウインクしている月夜の顔があった。
「きゃ~!」
「どこのモデルだよ~」
「おったまげた…わ」
様々な反応をして騒ぎ始めるメンバー。
リーダーも初めて見る画に息を飲む。家に泊まったときの事がまざまざと脳裏に蘇ってくる。
ややおぼろげだった、あのとき触れ合った少女たちの顔がハッキリと思い出せた。大人びているように見えて無邪気な雰囲気をまとった月夜を。
ギャル風な格好が田舎の風景に浮いていたなと蟹屋は口元をあげた。
せっかく自分だけの宝物がメンバー公開されて川岸はむすっとしたが、あの美人でカワイイ少女たちについて共感してほしい欲求もあってぐっと我慢していた。
そのおかげで目論見通り、リーダー以外のメンバーは月夜たちに好感度マックスだ。
パソコンのモニター上では、浴衣を着つけている倉井に手伝っている海。娘たちに何か言い聞かせている母親。無駄に妹に抱き着いている月夜。元気に手を上げている夏野 空。春木 桜と吹田 奏が屋台の射的をしている所。焼きそばを作る冬草 雪に秋風 紅葉など夏祭りの夜の出来事が撮られていた。
「眼鏡の子も小っちゃくてかわいいね!」
「ね! となりの元気娘もいい感じ!」
「屋台の不良っぽいのと委員長っぽい二人もいい!」
「焼きそば食べてる、この子もカワイイ!」
画面が切り替わるたびに感想を言い合うメンバーたち。もはやどっちがアイドルかわかなくなってきた。
気がつけば、リーダーも川岸も加わり、あれがカワイイだのここがいいねと語り出す始末。
鑑賞会はマネージャーが時間が来たと控室のドアを開けるまで続いた。
メンバーと別れた蟹屋と川岸は居酒屋へと入っていった。
先ほどの鑑賞会の疲れを癒すためだ。
半個室風の席に着くとぐったりと体をあずけ、元気のいい店員に注文する。
スマホを取り出した川岸。再びスマホを取り出すと写真を見始めた。
「リーダーはどう思います~?」
「どうって?」
急な問いに注文したサワーを受け取りながら聞く蟹屋。
「もちろん推しだよ~。わたしは断然、月夜ちゃん!」
「というか、知らない人がけっこういたけど?」
「それね! 部活の友達らしいよ。ちなみに海ちゃんも最中ちゃんも入っているだってー」
「へー、部活ってなんの?」
「えっと…なんだっけ? なんたら探検部だったかな? そんな感じの!」
「あかん、全然わからんわ。あんたもちょっとは覚えてなさいよ。たまに歌詞飛んでるし」
「今、それ言う? ひどい~」
泣き真似を始めた川岸を無視してサワーをゴクゴク飲む蟹屋。ついで小腹が空いたのでつまみを注文する。
川岸も自分のサワーに口をつけ、ぷはぁ~としていた。
つまみが来ると今日のライブの感想を話しながら飲み始めた。
話しながらもずっとスマホを見つめていた川岸がぽそっと呟いた。
「……グッズ」
「なにか言った?」
聞き返した蟹屋に川岸が顔をあげてググっと迫って来た!
「そうだよグッズだよー!」
「は!?」
あまりに川岸の顔が近くてドキドキしていた蟹屋が、思わぬ言葉を聞いて拍子抜けする。
「グッズだよ、グッズ! 月夜ちゃんたちのグッズを作ろうってこと! そうだよ! わたしら月夜ちゃんのファンじゃん? だったらグッズあったらよくない?」
「やっぱりアホだわ」
一人盛り上がる川岸に蟹屋があきれる。仮にもアイドルやってる自分たちが知り合いの高校生のグッズを作るとは一体?
普通逆じゃね? 蟹屋は胸の内でツッコミを入れた。
どうやら川岸は先ほどのライブの話しは聞いていなくて、ずっと月夜たちのことを考えていたようだ。適当な相づちを打っていただけだった。
まったく……と、蟹屋は川岸の持つスマホを奪い、二人に見えるようにテーブルに置いた。
「私も見たいんですけど?」
「あっ!? ごめん〜」
「いいよ。水面はすぐ夢中になるからね」
そう言いながらも蟹屋はスマホの画面をスワイプさせ、送られた写真を切り替えていく。
「やっぱり何度見ても可愛い〜〜」
「そうねー。前にも言ったけど、グループに入ってくんないかなー」
「月夜ちゃんらが加入なんかしたら、あたしらクビじゃん。良くて後ろでダンスのメンバーじゃん」
「あははは。そうだねー」
楽しそうな祭りの一コマを撮った写真。けっして上手な撮影ではないが、活き活きとした表情が伝わってくる。
そういえばと蟹屋は昔を思い出した。
学生時代からアイドルとして活動していたから、普通の祭りを楽しむことなんて無かった。むしろゲストとして呼ばれ、場を盛り上げる方だった。
たまにはお客として祭りを楽しむのもいいのかなと、スマホを見つめいている川岸に目を向ける。
この間まではアイドルとして一歩踏み出せていない感のあった川岸だったが、月夜たちと出会ってから一皮むけたように役になりきっている。
本人曰く、現役女子高生のパワーをもらったと言っていたが、良い刺激になったようだ。
グループとしても今は調子を上げている。このままオタクが増えてくれれば万々歳だ。
スマホから顔をあげた川岸がキラキラした目で蟹屋を見つめた。
「ねぇ。また車出してくれる?」
「ぜってーやだ! 次行くときは電車! マジ疲れるから!」
真面目くさった顔で答える蟹屋に川岸は吹きだした。