15話 追跡!
とある休日。
倉井 最中は駅に来ていた。
駅前の唯一ある100円ショップで買い物をすますとバス停へと向かう。
途中、ふと物陰に身を隠す人物の後姿が目に入る。これは知っている人だ! 思い切って倉井は声をかけてみた。
「あの…桜さん?」
「ひゃっ!?」
ビックリして飛び上がった春木 桜が振り返り倉井を見た。
「なんだ最中か! はぁ~~びっくりした~」
「何してるの?」
倉井の顔を見て安堵した春木。
聞かれると視線で先を示しながら話す。
「あっち。ほら、あんたんとこの部長がいるでしょ?」
見るとジャージ姿の葵 月夜が金髪ギャルと楽しそうに話をしながら歩いている。
「あ! 月夜部長。でも、隣の人は知らないよ」
「そうなの? それじゃあ友達かもね。意外だけどいたのね」
2人が見ていると駅の反対側へと向かっているようだ。
葵たちが見えなくなりそうになると春木が自販機に身を隠しながら後を追い始める。
「なんで追ってるの?」
そんな春木についていきながら倉井が質問する。
「なんでって…気になるじゃん? 部長が何やってるか」
「あーなるほど」
ただの好奇心に倉井は納得する。月夜部長はなんとなく謎を含んでいるような感じがたまにある。
それとも考えすぎなのかなと倉井は思った。
葵と金髪ギャルをしばらく追っていくと、この辺りで有名な喫茶店に入って行った。
個人経営の店でそこそこ大きい。喫茶店とは名ばかりでファミレスのように豊富にメニューがある店だ。
「あそこ知ってるよ。確か美人なウエイトレスがいて、兄貴がそれ目当てでたまに行ってるって言ってた」
春木の説明に倉井は、兄の情報は必要ないんじゃないかなと首をかしげた。
「よし! あたしらも入ろう!」
「わたし喫茶店って初めてです!」
店の前で決意した春木に嬉しそうに倉井も同意する。
カランカランとドアベルが鳴り、春木と倉井は入店する。
「いらっしゃいませー」どこからか迎えの声が聞こえた。
時間的にも早く、比較的空いているようでポツポツとテーブル席が空いている。
葵の姿を探しながら春木たちは店内を見渡すがわからない。
とりあえず、近いテーブル席に座ることにした。
備え付けのメニューを取り出し、倉井がガン見する。思った以上に種類があるのでテンションが上がっているようだ。
そんな倉井を見ながら、ホントに地底人なのかしらと春木は再確認していた。
すると誰かが近づいてくる。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりでっ!?」
いきなり言葉を切ったウエイトレスに何事と顔を上げる2人。
そこには白い七分袖のシャツに黒いタイトなスカート、短い前掛けをした月夜部長がトレー持って立っていた。
髪を後ろで束ね、薄化粧をしていていつも以上に美しく見える。
「……」
驚いて言葉を失くす2人に、動揺している葵がトレーに乗っているグラスとお手拭きをぎこちなく配る。
「お、お客様、ご注文が決まりましたらお呼びくださいねー。ニコッ」
引きつった笑顔を見せ、葵はピューっと奥へと引っ込んでいった。
「……月夜部長でしたよね?」
「そうだったね…」
倉井が春木に確認する。
春木はグラスの水を一口飲むと倉井に顔を寄せる。
「これってバイトでしょ。最中は知らなかったんだよね?」
「はい。というか月夜部長が綺麗だった」
「あーわかった! 兄貴のお目当てって部長だったんだ! クックック、帰ったら言ってやろ」
忍び笑いで春木が意地悪な事を言ってる。
そもそも月夜部長って、そんなに学校での評判は悪いのかな? ふと倉井は疑問に思った。
再び2人がメニューを見ながらあれこれ話しているとウエイトレスの葵がやって来た。
「お決まりでしょうか?」
ニコリと言うと腰をかがめて2人に顔を近づける。
「君たち何でここに?」
「そりゃ、たまたまだよねー。最中?」
「そう。そう」
いつもの調子に戻った葵に春木が答え、倉井が相づちをうつ。
ついで春木が質問する。
「ここ前からバイトしてたの?」
「ああ。部の先輩に紹介してもらったんだ」
葵の答えに倉井がピンときた。
「あ! あの金髪の人が先輩ですか?」
「そうだよ。って、なんで茜先輩を知ってるんだ?」
「そ、それはいいとして注文! あたしらお客様だから!」
慌てて春木が誤魔化して葵を急かす。
「そ、そうだった…オホン! お決まりですか? ニコッ」
姿勢を正して再び葵が聞いてくる。春木は吹き出した。
倉井はメニューを開きながら指をさす。
「えっと、ホットケーキとコーラ。桜さんは?」
「んー、チョコサンデーとミルクティー」
それぞれ注文するとスマイルを浮かべて葵はメモをとり、厨房へと引っ込んでいった。
待っている間も倉井はメニューを眺めていた。
その姿を春木は観察しながら疑問を口にした。
「ねー、最中。あたしらって友達?」
「はい」
メニューから顔を上げた倉井がニコリとする。
「じゃーさ。その、名前に“さん”つけんのやめてよ」
「あっ! すみません。急に変えるのもどうかと思って…」
モジモジと倉井が言い訳している。春木は頬杖をついて息をはきだした。
「そうなの? 今から変えれば?」
「はい。さ、桜ちゃん!」
「あたしも“ちゃん”づけなの?」
「ふふ、空ちゃんと同じです!」
「……まあ、いいか」
楽しそうな倉井を見て、幼馴染の夏野 空と同じならそれでいいかと春木は思った。
「はい! お待たせしました~!」
葵が注文の品を持ってきた。
倉井の前にはクリームてんこ盛りで枚数の多いホットケーキとコーラ。春木の前には、もはやパフェ状態のチョコサンデーとミルクティーが置かれた。
「……」
2人ともメニューの写真とかけ離れた品に言葉を失う。
「これ、わたしからのサービス! ゆっくりしてってね! ニコッ」
スマイルで葵が言うとそのまま他へと行ってしまった。
長いスプーンをつかんだ春木は倉井を見る。
どうやって食べようか考えているようだ。
「あいつ…絶対ワザとだよね?」
「い、いえ、その、善意だと思うけど…」
「おたくの部長ってやっぱり変だよ!」
「その通りですけど、本人の前では言わないで」
プッと吹き出した春木は倉井と一緒に笑って、スイーツに手をつけた。
ちなみに、その日の夕食は2人とも遠慮した。