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149話 祭りだ!

 月明かりに照らされた夜道に太鼓の音が遠くから響いてくる。

 浴衣を着た葵 月夜(あおいつきよ)は、妹の葵 海(あおいうみ)倉井 最中(くらいもなか)を連れ立って目的地へと歩いていた。

「うむ、祭り囃子が聞こえてきたな。もうすぐだ。(そら)君たちもいるかな?」

「さっき電話したんでしょ? いるにきまってるよ!」

 海がきつく言ってくる。出かける前に月夜は夏野 空(なつのそら)と連絡をとっていたのだ。もともと祭りに行く予定だった夏野は月夜の電話に飛びつき、待ち合わせをしていた。

 葵姉妹の様子をクスクスと笑って見ていた倉井。

「お祭り楽しみ」

「そうか! 最中君は初めてだったな」

 昨年の二学期からの出会いを思い出し、月夜は感慨深く(うなず)いた。初々しさは無くなり、すっかり馴染んでいる倉井に月夜は微笑んだ。

 そんな月夜を置いて海が倉井の手を取った。

「浴衣、似合ってるよ」

「ありがとう。海さんも綺麗」

「でしょ!」

 頬を染めた倉井が照れてうつむく。褒められた海は上機嫌だ。

 倉井の浴衣は海のお下がりを借りていた。背丈が近い二人なので違和感無く着ている。少し胸がきつそうだが。

 二人で歩いていると月夜が倉井の空いている手を握ってきた。

「こうすれば私も仲間入りだな」

「ふふ」

「なんでお姉ちゃんも最中の手を握るの!? 離れててよ!」

 ニコリとする月夜に倉井が微笑み、海が抗議する。妹の声を無視して月夜は楽しそうに並んで歩く。

 美人姉妹に挟まれている倉井は嬉しいような恥ずかしいような、はにかみ顔をしていた。


 三人が目的の神社へ来ると入り口では夏野と友人の春木 桜(はるきさくら)吹田 奏(ふきたかなで)が待っていた。

 月夜たちの存在に気がついた夏野が満面の笑みで大げさにブンブンと手を振る。

「せんぱ〜〜い! ここで〜〜す!」

「空君。目の前にいるから」

「えへへ。わかってますよー」

「うむ。しかし、一昨日会ったばっかりなのに久しく会ってなかったような喜びようだな」

「そうですよ! たとえ一日ぶりでも久しぶりなんです!」

 嬉しそうな夏野に、しかたないなと月夜も笑う。

 海と倉井が春木と吹田に挨拶している。月夜と夏野も加わり、賑やかに雑談しながら神社の参道へ入っていった。

 参道の両側には屋台が並んでいて、美味しそうな匂いや出し物でお祭りに来る人達を誘惑している。

 月夜たちが賑わう参道を歩いていると、ある焼きそばの屋台に見知った人物がいるのを発見した。

「あれは? 雪じゃないか?」

「あ!? ホントだ! 雪先輩がいますね。隣に秋風先輩もいますよ」

 気がついた月夜が指差すと夏野が目ざとく冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)を見つける。

 屋台に近づくと冬草も気がついたようで声をかけてきた。

「よお! 月夜じゃないか! せっかくだから買っててくれよー」

 鉄板で麺とキャベツをせっせとヘラで混ぜ合わせ、ソースをかけている。頭にはちまき、顔にはマスクをしているせいで冬草が本場の屋台の人に見える。

 冬草の隣にいる秋風は出来上がった焼きそばをテイクアウト用の透明プラスチック製タッパに入れて、青のりと紅ショウガをトッピングしていた。

 なんとも仲が良い二人に月夜は笑い、せっかくだから買っていこうと妹たちへ振り返った。

「私たちも雪に協力してあげようじゃない……あれ?」

 そこには、ニコニコしている夏野しかおらず、海や倉井たちの姿が消えていた。

「海ちゃんと最中ちゃんならあっちですよ。桜たちは向こうに行きましたよ」

 夏野にうながされて参道の向こう側へ月夜が目を向ければ、わた菓子屋の前で頭ほどもあるわたあめを持つ海と倉井が楽しそうに笑い合っている。また別の屋台では春木と吹田がヨーヨー釣りにチャレンジしている姿があった。

 相変わらず勝手に行動する妹たちに月夜は苦笑いだ。


 気を取り直した月夜は忙しそうな冬草に向き直った。

「ところで何で雪は屋台をやってるんだ?」

「あん? 喫茶店のマスターが祭りに出店するっていうから手伝ってんだ。聞いたぞ、月夜にいつも声をかけてるけど無視されてるって」

「うーん、そういうこともあったような……」

 夜空を見上げすっとぼける月夜。冬草は睨む。ちなみに喫茶店のマスターは別の屋台でたこ焼きを作っていた。

「まあいいじゃないか。雪もそう怖い顔しないで、焼きそばを二つお願いするよ」

「ったく。あいよー! 紅葉?」

「はい! 二つね! ふふふ」

 嬉しそうに焼きそばのパックを二つ袋に入れて差し出す秋風。

 サッと受け取った月夜は夏野を連れて逃げるように屋台を後にした。

「あまり長いすると雪に説教されそうだからな。ここは逃げるのが一番」

「でもそれって、月夜先輩が原因ですよね?」

「はははは、空君。それは気のせいだよ」

 あくまで誤魔化す月夜に夏野はクスクス笑い、二人は神社の拝殿の横にある広場へと向かった。


 ドドン、ドドン、ドン、ドドン。

 太鼓のリズムに乗せ、ドラ〇もん音頭が流れてくる。

 広場の中央に造られた高台に置かれた大太鼓へ力強くバチが打ち付けられる。その周りでは音頭に合わせて輪になって踊っている住人の姿があった。

「わぁ~。やっぱり賑やかですねー」

「うむ。毎年祭りは人気だな。この辺は娯楽が少ないからな。わはははは」

 提灯の明かりに照らされた会場へ月夜と夏野は、楽しそうに話しながら入っていく。

 夏野が何気なく大太鼓へ視線を移すと、そこにはハチマキをして空手着の月夜の母親が一生懸命にバチで叩いているのが目に入った。

「あれ!? 月夜先輩のお母さんがいますよ!」

「うむ。気がついたようだね。実は今年はうちの番が回て来たんだよ。そこでお母さまが太鼓を叩いているわけだ」

「へ~、よく先輩は大丈夫でしたね。先輩のお母さんなら手伝わせるような感じですけど」

「ふふふ。それはな……」

 夏野の言葉に月夜が答えようとしたとき、

「月夜~~!!! そこにいるならここに来なさいぃいいい!!!」

 必死に大太鼓を叩く母が目ざとく月夜を見つけ周りの音頭に負けない声を張り上げる!

「ヤバい!? そ、空君こっちだ!」

「ヘぁ? あ!?」

 急に夏野の手を取り月夜は人混みへと逃げ始めた。

「つきよぉおおお~~~!!!!」

 会場には母親の絶叫がこだました。


 □


 その頃、月夜たちが逃げ出した反対側では、海と倉井がわたがしを食べ終えて絶叫する母親を見ていた。

 どうやら月夜が何かやらかしたらしく、目くじらを立てながら母が大太鼓を叩いている。

「海さん……」

「あーもう! バカ姉貴!」

 心配そうな倉井の表情を受けて海が憤慨する。

 ドスドスといら立ちを隠せない足取りで高台へと上がり母親に近づいていく。

「お母さん! お姉ちゃんがどうしたの?」

「海! ちょうどいいところに! あの子逃げたの! せっかく私の代わりに叩いてもらおうとしたのに!」

「あー、そういえば朝お姉ちゃんに言ってたね」

 ドンドコ大太鼓を叩きながら説明する母。海と倉井の姿をみて顔をほころばせている。先ほどまで鬼の形相をしていたのに、この違い。

 そこに倉井がおずおずと聞いてくる。

「あの…わたしが代わりましょうか?」

「最中ちゃん! いいの。最中ちゃんはかわいいからそこで見てて」

「お母さん……」

 倉井を前にだらしない笑顔になった母に海はあきれた。


 とりあえず母が休憩する間、海と倉井が大太鼓を叩くことになった。

 バチを一本ずつ持って互いに叩き合っていく。

 せっかくの楽しいお祭りを間接的に姉に邪魔されて、怒り心頭の海は大太鼓に感情をぶつけた。

 母並みに重い音が響く。

 対照的に力加減がわからない倉井の叩く音は軽い。

 それでも娘たちが叩く姿に母はニコニコと見ていた。


 □


「ふぅ~。あぶなかった」

 会場から少し離れた場所に逃げた月夜と夏野。遠巻きに大太鼓の置かれた高台が見える。

「お母さんと何かあったんですか?」

 聞く夏野に月夜は苦笑する。

「ははは。実はお母さまに祭りの当番だからと太鼓叩きをやれと言われたのだが、生返事をしたあげくに逃げてきたわけだ」

「そりゃ怒りますよー。お家に帰ったらこっぴどく説教されますよ先輩」

 相変わらず自分勝手な月夜に夏野は困り顔ながら笑う。でも、そのお蔭でこうして二人きりになれたのだ。

「少し走ったから疲れたな。ちょっと休もうか」

「ですね」

 二人は近くにあったベンチに腰掛け、焼きそばを手に持った。

 ちょうど汗をかいていたので焼きそばのしょっぱさが美味しい。

 月夜と海は、躍る人々のシルエットに強弱のある太鼓の音を聞きながら箸を進めた。

 あれ? と夏野は気がついた。焼きそばの具が足りないことに。

「この焼きそばってキャベツしか具がありませんよ」

「ふむ、ホントだな。肉をわざと入れなかったか忘れたかのどちらかだな」

 言って月夜と夏野は顔を見合わせた。

 間違いなく冬草は忘れていたのだ。そばを焼くことに集中しすぎて、どの具材を入れるのか頭になかったに違いない。冬草に夢中な秋風はもちろん気がついていないはずだ。

 後で気がついてバツの悪そうな顔をしている冬草を思い浮かべて二人は肩を震わせて笑った。

 提灯の明かりを眺めながら月夜と夏野は祭りを楽しんでいた。


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