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148話 甘すぎだろ!

 冬草 雪(ふゆくさゆき)は緊張していた。

 今日は家に来てねと誘われて秋風 紅葉(あきかぜもみじ)の自宅に訪れれば、普段仕事で不在の母親がいたからだ。

 軽く挨拶を交わし紅葉の部屋へ行くかと思いきや、なぜか台所へと案内された。

 秋風家のキッチンは広い。まるで料理番組で紹介されるような独立した立派な作業台を持つ大きなキッチンだ。

 ここで店を開けるんじゃないかと冬草はいつも思っていた。

 嬉しそうな紅葉が不安そうな冬草の顔を見て説明しだした。

「この間、東京に行ったでしょ? だから、そこで食べたスイーツを再現しようと思ったわけ。母も味見したいようだから一緒に作ろうってことになったの」

「なるほど……」

「それでね、雪にも手伝ってもらおうと思って」

「はぁ!? あ、アタシが!?」

 驚く冬草の両肩を紅葉がつかむと顔を寄せてくる。

「ね?」

 有無を言わせぬ迫力に冬草はコクコクと(うなず)いていた。


 キッチンの隅では秋風の母親が白いパティシエの制服に赤い前掛けエプロンをした姿で立っていた。

 いつのまに着替えたんだと冬草は胸の中でツッコミを入れた。

 紅葉たちに気がつくと明るい笑顔で迎え入れる。

「待ってたよ。さ、早く作って!」

「もう、母さんせっかちすぎ」

 棚からエプロンを取り出しながら紅葉が苦笑し、冬草にひとつを渡す。

「まずは手を洗って!」

 紅葉の指示を受けて冬草も手をしっかりと洗い始めた。

 二人とも清潔な手になったところで紅葉が小麦粉などを作業台に並べていく。冬草も指示されるまま、調味料などを置いた。

「最初はバスク風チーズケーキを作るつもりだけど母さんはどうかな?」

「いいと思う。うちの店にはないからね」

 頷く母に紅葉はボウルを用意し、大型の冷蔵庫からクリームチーズを出すと必要分をレンジで温め始めた。

 ジーーーーー。

「……」

 電子レンジの作動音がキッチンに響く。

 急に静かになった場に冬草は気まずくなっていた。声をかけようにも何も話題が思い浮かばない。

 会話がなくても秋風親子はこれが普通らしく、いつも通りの雰囲気をかもしだしている。

 しかし、冬草はそうはいかなかった。自宅では明るい母がいつも口を開いていて、静かな時間が少ない。とうとう沈黙に耐えられず、中身のない話しをしようと口を開いた。

「おばさ──」

「ちょっと待って雪! そこは母さんでしょ?」

「は?」

 急にさえぎり止めてきた紅葉に冬草は聞き返す。そこに紅葉がたたみかける。

「ちょっと他人行儀すぎ。家族なんだから“母さん”でしょ」

 えっ!? っと驚いた冬草が紅葉の母を見ると大きく頷いている。

 ……そういうことなのか? まだ数回しか会ったことのない恋人の母に対していきなり言っていいのかと冬草は汗をかく。

 しかし、その前に冬草は気がついてしまった。

「まだ、家族じゃねぇし! 気が早ええんだよ!」

 思わずツッコミを入れると紅葉がクスクスと笑っている。

 はたと紅葉の母に目を向けると、ポカンと冬草を見ていた。

「……しまった」

 つい、いつもの調子でツッコミを入れてしまった。恥ずかしさに冬草は耳が真っ赤だ。

 なるべく紅葉の親の前では大人しくして印象を良くしようとしていたのが、ここにきてイメージが崩れてしまった。


 プルプル真っ赤になった冬草の腕に笑顔の紅葉が抱きついた。

「ほら! 全然控えめじゃないでしょ? 雪ってけっこう声出るし、わざと母さんの前で猫被ってたの」

「そういうことだったのね」

 紅葉の母が納得してウンウン頷いている。

 汗だくの冬草に紅葉が顔を近づける。

「いつも通りでいいよ。別に母さんの前で格好つける必要ないし。そのままの雪の方が気に入ってくれるよ」

「べ、べべ別にいつも通りだし! なにも変わって無いけどぉ?」

 強がる冬草に紅葉は笑った。

 紅葉の母はフフフと笑い、冬草に近づいた。

「雪ちゃんは紅葉と二人のときは騒がしいから変だと思ってたの。二人の言い合いが家の中でよく響くから」

「うげぇ……」

 まさか聞かれていたとは思わなかった冬草は羞恥で真っ赤だ。

 恥ずかしくてどこかに隠れたかったが、腕を紅葉に抱きしめられているので身動きできない。

 微笑む紅葉の母は冬草の頭をなでた。

「かわいい」

「かわいくねぇえよぉおおおーーー! ふざけんな! お前ら親子はまるでそっくりだぁあああ!!!」

 全身を赤くした冬草は叫んだ。


 変なところで脱線していたが、紅葉たちはバスク風チーズケーキ作りを再開した。

 ボールに温めたクリームチーズを入れてなめらかにして砂糖を加え。溶き卵を数回に分け少しずつかき混ぜ、薄力粉とクリームを加える。

 冬草がボールを一生懸命に混ぜている間、紅葉は型の用意をしていた。

 紅葉が冬草の混ぜ具合をチェックし、満足そうに頷くとボールの中身を型に流し込んだ。

 意外と簡単な工程に冬草が感心している前で紅葉が型の空気を抜いてオーブンへ入れてセットした。

 ヴゥウウウ……ン。

 オーブンの作動音がキッチンに響き渡る。

 再び訪れる沈黙の時間。

 冬草がオーブンのタイマーを見ると、そこには四十の数字が点滅していた。

 まじかよ……またこのまま四十分も待たなくちゃいけないのか? 冬草は汗をかいた。

 そんな冬草の焦りをよそに紅葉がボールなどを片付けをして、新しく準備を始めだした。

「な、なにしてるんだ?」

「ん? チーズケーキを焼いている間に簡単なものを作ろうと思って」

 ニコリと紅葉が答えながら薄力粉に砂糖と牛乳を混ぜる。そこにホットケーキの元を少々加え、崩したナッツを入れて再び混ぜ、生地を作っていく。

 紅葉の慣れた手つきに冬草が感心している間に、フライパンで生地を焼き始めた。

「これはなんだ?」

「ちょっとしたクッキーね。名前は無いけど。惚れ直した?」

「ば、ばか……」

 親の前で何を言っているのだと冬草は顔を赤くするが、紅葉の母はニマニマと唇を歪ませて二人を見ている。

 冬草の文句をブチブチ聞きながら笑った紅葉はクッキーを焼いていく。


 そうしている内にオーブンが終了の音を鳴らし、湯気の出る表面が焦げたチーズケーキが出てきた。

 紅葉が型の入ったままのチーズケーキを台の上に置き、満足そうに目を細めた。

 甘い良い香りに冬草は喉を鳴らした。

「すげぇな。なんか美味そうだ」

「残念。しばらくこのまま置くから食べられるのは明日ね」

「まじか……」

 残念そうな冬草に秋風は先ほど作ったクッキーを差し出した。

「今日はこれでお茶しよ。母さんはどう?」

「ええ、いいわ。バスク風もよさげな出来ね」

「ありがとう」

 母に褒められて嬉しそうな紅葉は、冬草をリビングのソファーへと連れて行く。

 できたばかりのクッキーを前に紅茶がカップに注がれる。

 何故か冬草を挟んで右に紅葉、左に紅葉の母が座った。

「つか、なんでアタイが真ん中なんだよ!」

「いーじゃない。雪ちゃんとこうして話しをしてみたかったし」

「そうそう。母さんに雪の素晴らしいところを知って欲しいでしょ?」

 冬草の問いに右と左から個別に答えられた。まるでサラウンド。というか、主音と副音声を同時に聞いているかのよう。

「いっぺんに言うなよ! わけわかんないだろ!」

「偶然だし、雪ちゃんて怒りっぽい?」

「違うの母さん。照れ隠しですぐ声が大きくなるだけ」

「うっせーよ! そんな説明いいんだよ!」

 本日何度目かの冬草の顔が赤くなる。

 クスクス笑う紅葉に冬草がツッコミを入れると、紅葉の母が疑問を投げかける。

 こうして秋風親子の調子に乗せられていく冬草であった。


 クッキーがすっかりなくなる頃には、いつもの冬草がそこにいた。

 紅葉の母にも娘のように接している。

 ちょっとしたわだかまりも消えて三人は賑やかに話していた。

 ちなみに翌日も冬草は秋風家に訪れて、気になっていたバスク風チーズケーキを堪能していた。


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