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146話 戻ったぞ!

 (あおい)家の裏手にある林の奥。

 小さな(ほこら)の前で葵 月夜(あおいつきよ)はツキネにお土産を渡していた。

「口に合うかわからんが、これは東京で購入したものだ」

「ほう? なかなか洒落(しゃれ)ている包みだな」

 受け取りながらツキネは、薄黄色の下地の真ん中にネクタイをしたバナナの絵の描いてある箱を細かく観察した。

 さっそく開けて中から取り出しビニール袋をやぶると口に放り込む。

「もぐ…もぐ…。美味い! 濃厚なバナナのかすたぁど味がスポンジと合わさって口の中で溶けていくようじゃ!」

「ははは、良かった」

 頬を膨らませて食べるツキネに月夜は気に入ってもらえて良かったと笑う。

 目を細めて美味そうに頬張るツキネ。

 最近はすっかりグルメだ。


 そこに林をかき分け夏野 空(なつのそら)がやって来た。

「あれ? 月夜先輩!」

「おお、空君! 君もか! 私もツキネに挨拶に来ていたんだ」

「わぁ〜偶然でも嬉しいです!」

 満面の笑みで夏野が月夜たちの元へと小走りできた。

 夏野は手にしていた小袋をツキネに差し出した。

「これ。わたしも東京のお土産です!」

「おお! さすがだな! 楽しみだ!」

 嬉しそうに受け取るツキネ。

 すでに月夜のお土産は食べ尽くして無くなっている。

 夏野のお土産を開けると、そこには封をした小さな瓶に薄い黄色の中身が詰まっていて、底の方は焦げ茶色に染まっている。

 不思議そうに瓶を掲げ、ツキネは首をかしげる。

「これは?」

「プリンですよ。なんでも期間限定らしいですよ」

「なるほどな……。いつものぷっちんぷりんとは違うの」

 感心するように瓶を見つめるツキネ。プリンの存在をツキネが知っていたことに月夜は衝撃を受けていた。

 それもこれも夏野が暇さえあればコンビニで買い付け与えているおかげで、スイーツの知識が増えているツキネだった。

 これは下手な物を持ってこられないなと月夜は焦った。


 ツキネは備え付けの薄い木製スプーンで瓶のプリンをすくって口に入れる。

「!? これはっ! 予想外にあっさりじゃ! しかし、卵の風味が鼻を抜け、舌の上で溶けていく!」

 どこのグルメリポーターかと思うほどツキネはパクパク食べながら実況していく。

 毎度のことなので夏野はニコニコと見ている。

 もはや土地神ではなく、ただの食いしん坊のツキネに月夜は苦笑していた。


 全てを食べ終え、満足そうに腹をさするツキネ。

「それで、東京はどうだった? 湿地で沼が多いからヤブが出てきつかろうて。悪鬼は少ないから心配はしていなかったがな」

 はははと笑うツキネを夏野と月夜は顔を見合わせる。

「えっとですね。少し時代が違うと思うんですけど……」

 夏野が苦笑しながら言うとツキネはきょとんとした。

「なにがじゃ?」

 それから夏野が現在の東京の姿をツキネに説明した。行ってきたばかりだから実感が伴っている。

 最初はふむふむと聞いていたツキネだったが、ビルが建ち並ぶ世界有数の大都市と知ってショックを受けていた。

「そ、そうだったのか……。私が知っているのは千年以上前だったからな。すっかり世も変わってしまったな」

「大丈夫ですよ。あ! ほら、これを見たらどうですか?」

 夏野がスマホを取り出し、東京の画像を検索して画面に出してツキネに見せる。

「おおぉ〜〜!?」

 目を見開いて驚くツキネ。

 その姿が可笑しくて、月夜は笑っては駄目だと両手を握りしめてプルプル震えている。

 夏野はそんな月夜を睨むと目で訴えている。笑ったら怒りますよ、と。

 月夜は視線で謝るとポケットから自分のスマホを取りだした。

「どれどれ。私も協力しよう。こっちもあるぞ」

 夏野と違う画像を呼び出して映す月夜。

 その画像を見て再び声をあげるツキネ。なんとも近代化されたビル郡が目に飛び込んでくる。

 地下や地上では電車が行き交い、道路では大小の車が連なり、空には飛行機やヘリコプターが飛び交う。

 あまりのカルチャーショックにツキネの頭がくらくらした。


「ち、ちょっと待て! あまりに時代が進みすぎて頭が追いつかん!」

 ゼエゼエと息をつき、膝に手を当てたツキネはスマホから目をそらした。

 心配した月夜がツキネの背中をさする。

「大丈夫か? 気持ち悪いのか?」

「ああ、問題ない。ひょっとして大阪もこんな感じだったのか?」

「うむ。あまり東京と大差なかったな。都市としては東京の方が大きかったが」

「ふぁあああーーーー!!」

 ツキネが叫んだ。

 どうやら、ずっと思い違いをしていたようだ。大阪も東京もツキネの中では千年前で時代が止まっていたから。


 しばらくして落ち着いたツキネは、月夜や夏野に現代の世界を教えられた。

 深原(ふかばら)市の移り変わりは知っていたが、他の場所も同じだろうと思っていたのだ。

 そう、基準があまりにも田舎すぎたのだ。

 急速な社会の変化に取り残されたような、ゆったり移りゆく場所にいたことによるギャップが生じていた。

 深く息を吐くとツキネは空を見た。

 神といっても、まだまだだ。ほんの少し先を読めるぐらいで、全然世間にはついていけてなかった。

 いつのまにかスマホを見ながら話している月夜と夏野に顔を向ける。

 楽しそうに言葉を交わす二人は、前に比べるとずいぶん親密になったようだ。

 できればこの土地は今までどおりにゆっくりと進んで欲しいとツキネは願った。少なくとも目の前にいる二人がいるうちは。

 新しい情報に頭がこんがらがってもう寝ると、よくわからない理由をつけてツキネは月夜たちと別れた。

 ふっと消えたツキネの姿を見送って月夜と夏野は祠を後にした。


「しかし意外だったな。まさかツキネが世間知らずとは…」

「ははは。ですね」

 家に戻りながら月夜が感想を漏らすと夏野が笑って同意した。

「これから少しずつ教えていけばいいと思いますよ」

「うむ。いい考えだ。試しにギャル服をツキネに勧めておこう」

「それはダメです!」

 月夜の提案に夏野が止める。

 しかたないなと月夜が肩を落とす。だが、言う前からわかっていたかのように、大げさな仕草ほど気にしてないようだ。

 クスクス笑う夏野を月夜が誘ってきた。

「ところで家に寄っていくかい? 今なら最中(もなか)君もいるよ」

「えっ!? 最中ちゃん泊まってるんですか!」

 驚く夏野。たまに泊まっているのは知っているが、頻繁(ひんぱん)すぎる。

 夏野は(うらや)ましくてグググと唇を噛んだ。

「も、最中ちゃんずるいぃい……」

 そんな夏野に月夜が笑う。

「はははは。それなら空君も泊まりにくるかい?」

「えっ!? いいんですか!」

「もちろん!」

「わぁ〜〜!! 泊まります! 泊まります! 夏休み目一杯泊まります〜〜!」

 パッと顔を輝かし、両手を上げて喜ぶ夏野に月夜は苦笑した。

 夏休み全部泊まったら宿題をいつやるのだろうと。

 妹の(うみ)に怒られながら宿題に頭を悩ます夏野を思い浮かべ、ますます月夜は苦笑した。

 二人は足取り軽く葵家へと向かっていった。


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