145話 これって普通に観光だよね?
『雷門』と書かれている巨大な提灯を前に、葵 海と倉井 最中はお揃いの服を着て立っていた。
「これが有名な雷門だね。大きいね!」
「うん。でも、思ったより人が多いかな」
超有名観光スポットだけあって、日本人や外国人の観光客が大勢わさわさと門の前で写真を撮っている。
門の先を見れば浅○寺に伸びる参道の両側に商店が並び、人混みでごった返している。
これはやばいと海は倉井の手を引いて人混みから逃げ出した。
「こんなに混んでるなんて想像以上だね。最中は大丈夫?」
「外だから平気。ありがとう海さん」
人の少ない裏通りを進みながら言葉を交わす二人。気をつかってくれた海に倉井は照れる。同じようにお礼を言われた海も照れていた。
元々ここには寄るつもりはなかったが、目的地に行く途中にあったのでついでに見てきたのだ。
そう、海と倉井は東京スカ○ツリーを観光する予定を立てていた。
東京の駅の区間は短い。地元では一駅間を歩くなんて考えられないが、ここでなら可能だ。
地図を見た二人は歩いて東京スカ○ツリーに向かうことにした。
途中でソフトクリームを買った海と倉井は楽しそうに話しながら、近くでそびえる電波塔へと食べながら歩いて行った。
海たちと同じように歩いて向かう人たちがチラホラ見え、まるで先導されるように後をついていく。
やがて道路を挟んだ先に目的の東京スカ○ツリーが現れた。天に向かって一直線に太い鉛筆が伸びているような感覚になる。
上を見上げて倉井が感心している。
「ふぁ〜、すごく高ーい……」
「そういえば最中って高いところ大丈夫?」
「……たぶん?」
海が聞くと自信なさげな答えが返ってきた。苦笑した海は倉井の手をギュッとする。
「恐かったらちゃんと言ってね?」
「うん」
はにかみながら倉井が頷くと、海はその仕草がかわいすぎて悶えた。
二人は事前に買ってあった展望チケットを確認して受付へと向かう。ここでも観光する人々が列をつくっていた。
並んでいると順番になりエレベータへ案内され、上空へと舞い上がる。
ふわっとした感覚に地底へのエレベーターを思い出す倉井。ふと海に顔を向けると心配しているのか真剣な表情で観察していた。
倉井は海に微笑むと握っていた手に力を込める。体調を崩していない倉井に海は安堵の笑みを向けた。
高速エレベーターであっという間に展望台へ着いた。
「うわーーすごい!」
エレベーターを降りた海が目の前の光景に声を漏らす。そこには関東一円が地平に広がる世界が見えていた。
らせん状に上がる回廊を歩きながら、連なるビルや家々が地面を埋め尽くしているのを眺めていた。
興奮しているのか窓に顔を近づけ海がはしゃいでいる。倉井も初めて見る景色に言葉を失って見とれていた。
二人は肩を寄せ合い、地平線を指差しながら楽しんだ。
記念写真を互いに撮りまくり、ひとつ下にある展望デッキに降りるとひと休みする。
この展望デッキからの眺めもなかなかで、備え付けのイスに座った二人は撮った写真を見せ合っていた。
満足そうに海が倉井に聞いてきた。
「もう少し見る?」
「ううん。十分見た気がする」
「それじゃあ、下にいって水族館に行こうか」
「うん!」
二人は立ち上がると下にいくエレベーターへと向かった。
どうやら海と倉井はここで一日を満喫するようだ。
嬉しそうにじゃれあいながら二人は手をつないでいた。
□
「背があるから絶対似合うと思うー! ね?」
「そ、そうか?」
「気に入らないようだったらー、こっちもあるけどー?」
「う、うむ」
葵 月夜はギャルショップの店員に捕まっていた。
オススメの服に身を包んだ月夜を褒め倒している。
近くでは夏野 空がムスっとして二人のやりとりを見ている。
意気揚々と渋谷のギャルショップに来たのはいいが、背の高い月夜が目立って店員の注目を集めることになったのだ。
加えて整った顔が服に映える。どこかのモデルみたいだ。
そんなわけで店員に月夜を取られた夏野はふてくされていた。
店内には本物のギャルがわんさかいて、仲間の多さに月夜は喜び、夏野はびびった。
あまりのギャルパワーに負けていた夏野だが、首を振って自分を奮い立たせた。
「先輩! 他にもありますから、行きましょう!」
「おっと、空君。た、確かにそうだな」
店員にタジタジな月夜の腕を抱きしめて夏野が引っ張って行く。
連れ出そうと店の入り口に向かったところで、月夜が試着したままなのに気がつき戻った。
無事ギャルショップを出た月夜が汗をぬぐう。
「ふー。助かったよ空君」
「もうちょっと、しっかりしてくださいよ!」
プンプン夏野が怒りながら言うと月夜は笑う。
「ははは、すまない。どうも本場のギャルに言われると弱いようだ」
「あんまりここで散財すると、本命が買えませんよ?」
「確かに。しかと空君の言葉を胸に刻むよ」
浮かれ気味な月夜が言うと夏野はしかたないなと笑った。
二人は次のギャルショップへむけ歩き出した。炎天下の中、暑い空気が人々の熱気と相まって気温が上昇している。
ハンディ扇風機を持ち歩く人々を見て、さすが都会だなと二人は目を剝く。
オシャレに着飾った通行人が通り過ぎるのを目で追い、地元と違うなと二人は語り合う。
ふと夏野は月夜がスマホをチラチラ見てるのに気がついた。
「そんなに携帯を見て何かあるんですか?」
「い、いや。妹の海は大丈夫だろうかと思って……」
慌てた月夜が弁明する。どうやら海と倉井が事故無く観光しているのか気になっているようだ。
相変わらずの月夜に夏野が安心させるように微笑む。
「最中ちゃんもいますし、何も問題ありませんよ。海ちゃんもしっかり者だから、楽しくしてますって」
「うむ。そうだと思いたいが、しかし、世の中何があるのかわからないからな。二人のお姉ちゃんとして気が気でないのだよ」
「それなら、後でわたしがL○NEしますから安心してください」
「そうか。なら頼んだぞ空君!」
「はい!」
元気に返事する夏野を見て、月夜はたぶん大丈夫だろうと気持ちを切り替えた。
二人は原宿へ向かって歩き、途中にあるギャルショップへと入店した。
ここはメディアでもよく取り上げられている有名なショップだ。広い店舗にはギャルの客がひしめき、きゃぴきゃぴと服に群がっている。
目を輝かせた月夜が夏野を引き連れて服を見て回る。
「おお〜! やっぱりネットの写真より生で見ると違うなー」
「そうですね。画面だといまいちっぽいですけど、手に取るとまた違いますね」
「だろう? 私はここで流行の先端を体全体で吸収しているのだ! そしてギャル度をアゲル!」
拳を握って宣言する月夜。その仕草がギャルからかけ離れてるよと夏野は喉に出かかったが、なんとか飲み込んだ。
そして、ここでも目立つ月夜は店員に積極的に声をかけられタジタジになっていた。
夏野が救出に向かい、相手を牽制しつつ、月夜を店員からはがしていく。
なぜかアイドルか何かのマネージャーっぽい立ち位置に夏野がついていた。
店から出た月夜の手には伊達眼鏡が握られていた。
眉をしかめた夏野が問い質す。
「それって?」
「うむ。これはカリスマギャル『たえちん』がつけていた物と同じ眼鏡だ。安かったからつい手が出てしまった」
てへと舌を出して月夜が顔に装着し、クイクイと眼鏡を動かす。
まあいいかと楽しそうな月夜を見て夏野は苦笑した。
再び二人は移動していく。
ちょこちょこ小物を購入しては互いに見せ合いながら進む。
地元には無いギャルショップを複数店舗はしごして月夜も満足そうだ。
何気ない通りで夏野はアウトドアショップを発見してしまった。外国のメーカーで確か日本では二店舗しかないブランドだ。
夏野は月夜に有無を言わさずに強引に手を引いて店舗に特攻した。
店内の商品に夏野は興奮する。
「見てくださいよ先輩! このジャケット凄いですよ! おしゃれだし、マイナス二十度でもいけるみたいです!」
「空君…いったいどこに行くんだい?」
「ほらこれ! 耐火防水仕様ですよ! しかも湿度コントロールで着心地もいいみたい!」
「どんな状況で着る物なんだ? 消防隊員かな?」
はしゃぐ夏野に呆れる月夜。次々に商品を手に取り、月夜に解説しながら見ていく夏野。
さきほどまでの立場が入れ替わっている。
前から思っていたが夏野は普通のアパレルも好きなようだが、機能性を特化させた服も好きなようだ。
苦笑した月夜は夏野に付き合い、店内を探索して回った。
休憩がてら流行から下火になりつつある本場のタピオカミルクティーを飲みつつ、夏野は倉井と連絡をとった。
L○NEでやりとりして月夜に報告する。
「海ちゃんと最中ちゃんは水族館にいるみたいですよ」
「そうか、無事で安心したよ。二人にお姉ちゃんはずーーーっと見守っているよと返信してくれたまえ」
「ぷっ。わかりました」
吹きだした夏野が笑いながら打ち込む。
すると、すぐに返信が来た。なぜか海からだ。
そこには『ほっといてってお姉ちゃんに言って!』とあった。倉井のスマホを見て、海が怒りながらL○NEを送る姿が目に浮かんだ。
笑った夏野は、ありがとうと言ってましたよ。と、気を利かせて伝えると月夜は満足そうに大きく頷いていた。
休みを切り上げた二人は再びギャルショップへ繰り出すのであった。
□
夕方前の東京駅──
まだまだ夏の時間は陽が出て昼のように明るい。
地底探検部の部員たちは、待ち合わせ場所へとそれぞれ集まってきていた。
なにげに東京駅の近くで遊んでいた海と倉井が一番乗りで、続いて春木 桜と吹田 奏、冬草 雪と秋風 紅葉が続く。
遅れて月夜と夏野がギャルブランドの目立つビニール袋を持ちながらやってきた。
最後に岡山みどり先生と岩手 紫先生が両手一杯にブランドの紙バックを提げながら合流した。
みどり先生と岩手先生の肌はツヤツヤでフェロモン出まくりだった。
またかよ! どこでもやってんな! 冬草は胸の中で叫んだ。
一同集まり、点呼を取ると新幹線乗り場へと向かう。
皆、ワイワイと行ったところの感想を言い合い、面白い場所があったよと報告し合った。
遊び疲れた体をシートに沈め、買ってきたペットボトルで喉を潤す。
「はぁ〜。楽しかった……」
夏野はポツリと呟いた。
「ははは、歩き回ったからね。これで我々も都会人の仲間だな」
隣の席で聞いていた月夜が笑う。その顔には買った伊達眼鏡が装着されていた。
そうですねと夏野は笑いながら気がついた。
東京に来て浮かれていて地下街を巡った記憶が飛んでいた。そう、昨日のことなのに昼食を取ったところまでしか覚えていないのだ。
その代わり、今日行った所は隅々まで鮮明に思い出せる。間違いなく観光をしていた。
夏野は引きつった笑いで誤魔化した。本来の部活の部分を忘れていたことを。
そして、また遊びに来ようと心に決めた。