144 おしゃれスイーツだぜ!
翌日、ホテルを出た地底探検部の部員たちと先生。
帰りの新幹線に間に合うように待ち合わせ場所を決めて個別に行動するようだ。
岡山 みどり先生と岩手 紫先生は生徒たちと別れると、さっそく銀座へと慣れない電車で向かった。
快晴の夏の天気はじりじりと温度を上げている。
「暑い……」
銀座に降り立った二人は熱気にあてられ、つい言葉がでてしまう。
眼鏡を取って汗をぬぐうみどり先生に岩手先生がスマホを見ながら声をかける。
「この通りから一本先にあるみたい」
「早く行きましょ。もう汗だくなんだけど」
みどり先生が岩手先生の手をとり歩き始める。
二人は人波の中を楽しそうに話しながら目的地へと移動していた。
そんな二人が訪れたのは有名な商業施設○プラザ銀座。
オシャレショップが並ぶ観光スポットのひとつ。
少々お高めのファッションや海外で有名なデザイナーブランドがひしめき、オシャレ度アップでみどり先生たちも笑顔だ。
先進的なデザインの施設内には外国人も多く、まるで海外に来ているかのような錯覚を覚える。
これが銀座なのね……テレビやウェブでは味わえない現場の雰囲気を二人は堪能していた。
そう、ウィンドウショッピングしながらデートするという技を二人はしていたのだ。社会人とはいえ、教師の給料は限られている。財布の紐は固い。
それぞれ本命のショップはあるが、まだ早いとばかり他の気になる所を回っている。
カフェで少し休憩した二人は、この施設を出て他の場所へと向かうのであった。
□
「わぁ〜! これが例のクジラですよ! おおっきいですねー!」
「いいから中に入ろうよ! メチャ暑い〜〜」
吹田 奏がクジラのオブジェに感嘆している横で春木 桜はだるそうにしていた。
二人は国立科学博物館の前にある原寸大のシロナガスクジラ像の前にいた。
今にも海深くへ潜り込もうとしている場面のようで、大きな頭を下にして体を斜めに向け、尻尾を巻いている。
映像では見たことがあるが、なかなかの圧巻ぶりだ。
二人は感想を言い合いながら博物館の中へと入っていった。
効きの弱いクーラーながらも館内は涼しい。
ホッとした春木は、隣で施設案内パンフレットを真剣な眼差しで見つめている吹田。
「今日は奏がここにしたいって言ったから来たけど、ホントに面白いの?」
「間違いなしです! 一度来てみたかったんです! 先輩も絶対に気に入ると思います!」
半信半疑な春木に、やたらと太鼓判を押す吹田。そう言われれば面白いのだろう。とりあえず春木は様子を見ることにした。
館内の見学の順番は決まっていないらしく、好きなように見学ができるようだ。
二人は階段脇にある大きな振り子を見ながら日本館から回るようだ。この館全体が日本列島についての歴史や文化などを展示してあるようだ。
歴史が苦手な春木は、大丈夫かなと思いながら吹田についていく。
パネルと文字だらけかと思っていた春木の前に精巧な縄文人がガラスケースの中にいた。
「まじで…すごくない?」
リアルな造形に春木は目を奪われる。生活のある一コマを閉じ込めた展示に春木は興奮してきた。
まじまじと見ていた春木の隣にニコニコ顔の吹田が来る。
「どうですか? 凄いですよね。昔の人って背が低いですよね」
「ビックリした! てか、リアルすぎ! でも面白い!」
笑う春木にやったねと吹田も笑顔になる。誘ってガッカリされたら、せっかく東京に来た意味がないから。
コンパクトにまとめられた展示は、移り気な春木に合っているらしく、次々と巡ってはツッコミを入れたり、不思議がっていたり楽しんでいる。
そんな先輩を導くように吹田は隣の展示物を紹介していった。
ちょうどお昼になったのでレストランで昼食をとる二人。
「はぁー楽しかった。意外と見られるもんだね。こんな所があるなんて知らなかったよ。奏には感謝だね!」
「いいえ、そんな……。先輩が楽しめてよかったです。わたしもお爺ちゃんから聞いてて、一度は見てみたかったんで」
はにかむ吹田を春木は笑顔で褒めるついでに聞いてきた。
「次はどうしようか?」
「え? まだ半分しか見てませんよ。食べたら地球館を見学です」
きょとんとした吹田だが、春木は驚いた。
「まだ半分だったの!? さすが国の施設だね…舐めてた」
「ふふふ。今度は地球規模で楽しいと思いますよ」
「あーなるほど。それなら見ないとね!」
再び未知の世界が覗けるかと思うと春木はワクワクしてきた。吹田もそんな春木を見て満足そうに笑うと、残りの食事をかたずけた。
地球の起源から恐竜への進化、そしてほ乳類。
めくりめく地球の移ろいに二人は楽しみ、巨大な剥製コーナーでさまざまな生き物を見て面白がる。
少々駆け足だが、国立科学博物館を見学し終わった二人は満足感と共に外に出た。
暑い午後の日差しを受けつつ、有名な「アメ横」へと春木と吹田は足を向けたのだった。
お土産を買うために。
□
大通り沿いに並ぶビルが夏の太陽を反射して光がギラギラしている。
人通りも多く、車もひっきりなしに通っている。
マスクで息が苦しい。冬草 雪は黒いキャップを上げて、いまいましそうに青い空を見つめた。
「しかし、なんで新宿なんだ?」
秋風 紅葉に顔を向けるとニコリと微笑まれる。
「行きたいスイーツのお店があるの。ずっと気になってたんだよね。さ、行こう!」
冬草の手を取った秋風が歩き出す。
なるほどと冬草は楽しそうな秋風に連れられながら、どうやらスイーツ巡りをするつもりだなと思った。
いきなりラブホに特攻しないだけ気が楽だ。甘味なら冬草も好きなので秋風の案内を嬉しそうにしていた。
夏休みのせいか人が多く、とても街は賑わっている。
街の喧騒になんだか懐かしさを憶える冬草。東京を離れてから一年以上は経過していた。ずっと地方の不便な深原市にいたにもかかわらず、一度も東京に戻りたいとは思わなかった。
孤独にすごすと思っていたが、いつのまにか友達ができ毎日が充実していた。
むしろ何も無いから良かったのかも知れない……。
ちらりと秋風の横顔を見ながら冬草は思うのだった。半分はコイツのお陰かもな、と。
冬草も通ったことがない道を進み、駅から離れた所に目的のスイーツ店がポツンとあった。
「あれね!」
秋風が嬉しそうに冬草の手を引いて店に向かって行く。ガラス張りの店中はオシャレに飾ってあり、色とりどりのケーキ類がきちんと陳列されている。
店内へ入ると、すでに決めているのか秋風は店員にいくつか注文して購入する。
ごく短い滞在時間に冬草は、あれ? と不思議がる。
オシャレな紙袋を下げた秋風は途中にあった小さな公園へ連れて行くと、ベンチに腰掛けた。
「さ、食べよう! すごく綺麗に作ってるね! 見た目もいいし、美味しそう!」
そう言いながら冬草に先ほど買ったスイーツを手渡す。
「なんか急だな。もっとゆっくりした所で食べたらいいんじゃね?」
受け取りながら冬草が言うと秋風は微笑んだ。
「ふふ、これからあと四軒回るからね。スイーツって生ものだから現地に来ないと味わえないから。前から気になるお店があって、実際に味わえるなんて凄く為になるし。それに雪と一緒だからね!」
「はぁ!?」
聞いた冬草は驚いた。秋風が東京に来ても自分の好きな世界の探求をしているからだ。もっとのんびりすごす気でいたから、なおさらだ。
チュッ──
目を丸くする冬草の唇を素早く奪った秋風。ちょうどスイーツを食べるために冬草がマスクを取っていたのを狙っていたのだ。
「はぁ?」
再び驚く冬草に秋風は満足そうな笑顔を向けた。
食べ終えると二人は電車に乗って移動する。
渋谷方面へと向かうようだ。
クーラーの効いている車内で冬草は汗をぬぐっている。
「次はどこだ?」
「うーんと、あった! ここ。ほら代官山だって」
スマホの検索画面を見せる秋風。
画面にはオシャレなスイーツ店の外観が映しだされていた。
「ここはシフォンケーキが美味しいみたい。あと、ガトーショコラが有名かな」
「シフォンケーキなら紅葉が作ってるだろ? 十分美味しいから別にいいんじゃね?」
「それはそれ。人によって差が出やすいから。それに有名パティシエが作るものは勉強になるし、いろいろ参考になるの」
「へ〜」
ほぼスイーツは食べる専門の冬草は感心していた。
最近、調理師免許を取ろうと料理を始めたばかりだが、少し秋風の気持ちがわかる。向上心ある秋風に冬草は羨ましそうな視線を向けていた。
代官山で目的のスイーツを買い、またも公園で食べると移動する。
今度は青山へ向かうようだ。
冬草が東京に住んでいたときでさえ、行ったことのない場所ばかりだ。
違う意味で東京見物しているようだと冬草は思った。
小さなスイーツ店で買い、少し離れた場所に建つ別のスイーツ店でいくつかを購入した。
手提げの紙袋を下げた秋風は満足そうだ。
また公園に行くのかと思っていた冬草に秋風が聞いてきた。
「私の用事は終わったから。今度は雪の行きたい所があればついていくよ」
「えっ。んー、いや、特にねえけど……」
急に振られて思い浮かばない冬草は曖昧に答えた。どうしても行きたい所はない。苦い思い出のある場所には、なるべく近寄りたくもなかった。
前からだが、あまり自己主張しない冬草に秋風は息を吐き出した。
「はぁー、わかった。それじゃあちょっと休憩しましょ」
「おう。それがいい!」
とりあえず考える時間が欲しい冬草は秋風の提案に乗った。何か秋風の思い出に残るような所を案内したいと、冬草は頭を回転させていた。
だが、秋風がしれっとラブホテルに連れ込もうとして足を止めた。
「そういう休憩じゃねえよ! 大阪でも同じことやったろ!!!」
「あはははは、バレた!」
冬草のツッコミに秋風は笑い、無理矢理連れ込むのを諦めた。
二人は楽しそうに言い合いしながら、ここから近くの駅へ向かっていった。