143 とうとう来たぞ!
深原市からローカル電車と新幹線を乗り継ぎ約四時間。
地底探検部の一行はとうとう念願の東京駅に来ていた。
部長の夏野 空は思ったより早く着いて喜んでいた。そう、今はまだお昼前なのだ。
鈍行と特急を乗り継いで行った大阪よりも近い事実に夏野は冷や汗をかいていた。もっとも料金はずいぶんと差があるのだが。
降り立った東京駅は地下で、広い構内を多くの人が行き交っている。
冬草 雪以外の部員たちは、初めての場所に戸惑っていた。
幅の広い通路や広場、上る階段や下る階段、そしてエスカレーターにエレベーターがあちこちにある。
遠くに見える店のウインドウに、出口の改札口がどこにあるのかすらわからない。
都会とはいえ大阪に行ったことがあるので自信のあった部員たちだが、また違ったスケールの大きさにビビっていた。
キョロキョロと葵 月夜が周りを見渡し感想を漏らす。
「うむ〜。さっぱりわからん」
「構内地図を見ましょうよ。あっ! あそこにあった!」
夏野が部員たちを壁に付けられていた東京駅マップへと連れて行く。
現在地を確認し、どこへ行くか話し合う部員たち。
「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「うん、平気。ありがとう海さん」
葵 海が人混みに酔いやすい倉井 最中を心配して声をかけるとニコリとされた。
二人は、はぐれないように手をつないでいる。
あまりの人の多さに驚いた倉井を、安心させるために海から手を出してきたのだ。もっとも二人はよく手をつなぐから関係ないのかもしれないが。
その横では引率できた顧問の岡山みどり先生と岩手 紫先生が、ガイドブックとスマホを検索しながら訪れる先を検討している。
春木 桜と吹田 奏もいて、大きなボストンバッグを抱いて壁際にぐったりと座っている。どうやら移動疲れのようだ。
唯一、東京を知っている冬草は夏野たちに質問攻めにあうが、さっぱりわかんねーよ! と逆ギレしていた。
秋風 紅葉は構内で見つけたスイーツ店に興奮している。
どうやら有名店らしく、しきりに冬草をけしかけていた。
地図のある案内板を見て駅構内の広さに驚く夏野。
「見て月夜先輩! こんなに乗り場がありますよ!」
「うむ〜。恐ろしいな大都会は……」
構内図にはホームに続く階段に書かれている番号がずらりと並び、色違いで路線を示している。
あまりにも地元と異なる風景に戸惑う二人。大阪とはひと味違う世界だ。
とりあえず部員たちと先生は、ひと休みがてら地下街でお昼をとることにした。
しかし、ここでも悩む部員たち。
そう、構内でも多くあるが、改札を出た地下街にも飲食店が並んでいるのだ。さらに総勢十人という大所帯がおのずと入れる店を限定させていた。
結局、みどり先生がスマホ検索で見つけた店に行くことになり、改札を出た部員たちは地下街を迷いながらも目的地へとたどり着いた。
そこは食堂フロアにある、おしゃれなパスタの店だった。
ちょうど大きな丸いテーブルが部員たち十人がぴったり座れるように迎えてくれていた。
運良く占領できた部員たちは、おしゃれ具合に目を輝かせながら楽しそうに旅の疲れを癒やした。
まだまだ旅は始まったばかりだ。
おしゃれパスタを満喫した月夜たちは食後のドリンクで喉を潤しつつ、次の予定を立てていた。
「初日は部活動します! そのために来たんで、桜と奏ちゃん以外の部員と先生は探検してもらいます!」
部長の夏野が皆が勝手に行動する前に釘を刺す。
と、春木が手を上げた。
「わたしたちも一緒に行くよ! だって楽しそうだし!」
ニコニコ顔の春木と吹田に夏野は邪魔されそうな気がしないでもなかったが、頷いて了承した。
元々一泊予定で来たので手荷物は少ない。しかも夏なので衣服は薄くかさばらず、春木のボストンバッグは空きが多い。お土産を大量に買い込む気満々だ。
席を立った部員たちは店を出て、東京駅地下街へと探検に繰り出していった。
多くの人が賑わう地下街。
観光で来た人や会社員ぽい人が早足に歩いている。地元ではほぼ見たことが無い外国人もチラホラと通り過ぎていく。
都会ってすごい……大勢の人波を前に部員たちは思った。
それでも探検を開始し、人混みをかき分けて前へ進む。
通路の両側ではさまざまな店が並び、夏野たちの足を止めさせようと誘惑している。
だが、ある通りにきたとき、海が意外な店を発見してしまった。
「あれは……クマPのキャラショップ!?」
そう、東京駅地下街にある有名なキャラクターストリートへ知らずに足を踏み入れた部員たち。
皆がよく知るアニメなどのキャラクターショップが軒を連ねていたのだ。
色めき立つ海は興奮して倉井の手を引き、クマPショップへと駆け込んだ。
「あ!? ちょっ……」
夏野が止めようとしたが遅かった。海と倉井は店内へと吸い込まれ、他にいる客にまぎれてしまった。
月夜が夏野の隣に立ち、ポンと肩に手を置いた。
「愛しい妹が喜んでいるんだ。少し大目に見て欲しい。あんなにはしゃいだ海を見るのも久しぶりだよ」
相変わらず妹好きな姉な月夜に夏野は苦笑した。ふと夏野は冷静な月夜が気になった。
「月夜先輩はあまり浮かれてませんね」
「うむ。私は明日が本番だからな。この地下街にはギャルショップはないのだよ」
「あーなるほど。先輩らしいですね。あははは…」
理由がわかった夏野は笑う。つられて月夜も笑った。
レアなグッズをゲットしたのか、海は満足げな顔で夏野たちと合流した。
海と一緒に行った倉井もいくつか購入して、二人で楽しそうにしている。ちなみに、海と倉井を待つ間、他の部員たちは別のキャラクターショップを巡ったりして楽しんでいた。
少々の足止めがあったが、再び地下街を歩き始める地底探検部の部員たち。
落ち着いた雰囲気の飲食店が集まるエリアを抜け通路を進む。
やがて、いくつもの通路が枝分かれした広い空間へと出た。
立体的に入り組んだ大阪の地下通路と違い、平面に続く東京の地下通路は整然としているように見える。
なんとなく広い通路を選んで進んで行く部員たち。先ほどいたキャラクターストリートのあった通路に比べ、落ち着いた照明が地下にいることを実感させていた。
しかし、通路の先にひときわ明るい所が見えてくると、みどり先生が隣で歩く岩手先生に声をかける。
「あ! あれが噂の○ビル! おしゃれ!」
つられて岩手先生が顔を向けると壁一面のガラス窓に明るい店内の様子が映しだされていた。
ふらふらと足が向き始めたみどり先生と岩手先生を夏野たちが押し留め、名残惜しそうに足早に○ビル前を通り過ぎ、丸い柱が両脇に並ぶ大きな通路を探検する。
そこは通路の壁一面がガラス張りで、何かのキャラクターグッズが通路に沿って展示してある。どうやらここはギャラリースペースのある通路のようだった。
「凄いですね! さすがは大都会ならではのスタイリッシュな配置ですね!」
「うーん、わたしにはわからないなぁ〜」
吹田が楽しそうに言うと春木が頭をかく。吹奏楽部のわりには芸術方面への話題は弱い春木。困った顔で吹田の話題に適当に相づちを打っていた。
ギャラリーを過ぎると狭い通路に出て、道沿いに部員たちは進んだ。
どうやらこここは地下連絡通路のようで、スーツを着た人達が早足に通り過ぎる。
長い一本の通路には、ところどころに地上へ出る階段や地下鉄の改札があった。
今まで見てきたきらびやかな地下街とは違い、装飾も無いシンプルな通路だったが、案内板はオシャレに配置してあった。
やがて通路を曲がり進んで行く。
すでにどこを通っているのか誰も分からない。スマホで現在地を確認するも、土地勘の無い先生や部員たちには解読できなかった。
突き当たりで地下通路が終わったところで、部員たちは地上への階段を見つけ登って行く。
明るい地上へ出ると、真夏の太陽が照りつける光と熱気が夏野たちを襲う。
クーラーの効いた涼しい所へいたせいか、ぶわっと汗が一気に噴き出てきた。
「あ、あちぃ!」
たまらず冬草が叫んだ。
月夜も同意したように頷く。
「うむ。地元よりも暑い気がするな。これも都会だからか?」
「違いますよ。ビルや道路に囲まれてヒートアイランド現象が起きているんです」
冷静な夏野のツッコミに、なるほどなと月夜は頷いた。
あまりにも暑いので皆は再び地下へと避難する。これでは地上でゆっくり観光をするのも厳しい。
夏野は途中で見つけた商業ビルの地下へと皆を導き、おしゃれカフェで休むことにした。
落ち着いて地下マップを確認すると、どうやら有楽町まで来ていたようだ。
驚いたみどり先生はガイドブックを取り出した。
「もう銀座に来てたの!? ずいぶん東京駅から近い!」
なにやら岩手先生と本を見始めて話している。
夏野は冬草に確認しながらマップを眺める。……どうやら東京駅周辺の地下道はだいたい通ったようだ。
時計を見ると夕刻にさしかかっていた。
宿屋への時間を考えると今日は早めに移動したほうがいいだろう。一応の目的は達成したし、東京駅の地下街も堪能した。
夏野は部員たちに説明し、予約したホテルへ向かうことにした。
しかし、みどり先生と岩手先生はもう少し見回りたいようで、部員たちとこの場で別れてホテルで会うことになった。
網目のように張り巡らされた地下鉄に乗り、地底探検部の部員たちはホテルへと移動する。
結局、地上には出ずに地下だけですごした部員たち。有名な皇居や東京駅の外観もスルーしていたのだった。
駅から離れた安いホテルに素泊まりだったため、夏野たちは近くにあったファミレスで夕食をとっていた。
今日の探検の成果を皆で楽しく報告しているところで、みどり先生たちが合流してきた。
それぞれの目には明日は遊ぶぞと決意に燃えていた。