142話 サービスしてやるよ!
駅近くの喫茶店。
夏休み中はフルタイムでバイトにいそしむ夏野 空。
今日もフロア担当の夏野は食事や涼をとりにきた客の対応している。
厨房では冬草 雪がマスターに見守られながら、汗をかきつつ調理に精を出していた。
忙しいお昼をすぎ、一息ついた頃にカランとドアベルが鳴り新たな客が入って来た。
夏野は明るい笑顔で出迎えた。
「いらっしゃいませー。って、桜!?」
「よっす! 今日は月夜先輩じゃないんだ?」
「こんにちは! 先輩に誘われて来ました。空先輩の制服も似合いますね。さすがです!」
驚く夏野を春木 桜と吹田 奏が挨拶してくる。
春木たちをテーブルに案内する夏野。
「メニューが決まりましたらお呼びくださいね。月夜先輩は今日はお休みです。ニコッ」
スマイルで夏野が二人におしぼりと水を配る。
メニューをガン見している春木と吹田を置いて、夏野はカウンターへと引っ込んでいった。
店内をキョロキョロ見渡した春木。
「ほんとに今日はいないみたい。ちぇっ。せっかくサービスしてもらおうと思ってたのに」
「残念ですね。でも、空先輩がいますから何かしらあるかもしれませんよ?」
「んー、空って結構あれで固いところあるからなー」
幼馴染みをよく知っている春木が腕を組む。そうだと手を合わせた吹田が提案してきた。
「それなら直接言ったらどうですか? 空先輩ってお願いに弱そうだし」
「いいね! たぶん、それならいけるかも!」
笑顔で親指を立てる春木。吹田も手を叩いて盛り上がる。
そう、二人はがっつり食べようと、お腹を減らしてきたのだ。ここで当てが外れると辛い。なので、なんとしても夏野にサービスをしたもらわなければならなかった。
春木と吹田は再びメニューに目を落とし、あれやこれやと食べたい料理を選定していく。
客足が落ち着いた喫茶店なら、手間のかかりそうな料理も大丈夫そうだ。
決めた春木たちは手を上げて夏野を呼び出す。
「お決まりですかー」
スマイルな夏野に春木と吹田は注文を告げる。
そして、
「ねー。月夜先輩のときはサービスしてくれたんだけど、空もお願いできる?」
「フフッ。しょうがないなー。聞いてみる」
苦笑する夏野が奥のカウンターへと引っ込んでいく。
上手くいったと春木と吹田は顔を見合わせて笑顔を見せていた。
夏野がカウンターから厨房へ顔を出し、春木たちの注文を告げる。
「お、おう!」
それまでグッタリしていた冬草が、シャキっと姿勢を正した。
笑った夏野は追加した。
「あと、サービスしてくださいね」
「はあ!? サービスぅう?」
驚いた冬草が夏野を睨む。そんなものは知らん! と目に書いてあった。
「そもそもサービスって何だ? 何か追加するのか?」
「違いますよー。お得意様とか特別なお客様へ感謝を込めてするものなんですよー」
夏野のあいまいな答えに、ますます謎が深まる冬草。
「だから、その感謝を込めるって何だ?」
「……えーと、頑張ってください!」
「お、おい!」
説明するのが難しいのか、冬草が声をかけるまもなく夏野がピューと逃げた。
ヒントらしいものもなく、サービスがなんなのか不明なままだ。
困った冬草は、とりあえず注文の品を作ることにした。
作りながら考えればいいだろう。そう思っていたが、いざ調理を始めると集中するので他のことが考えられない。
気がつくと普通に料理を作っていた冬草。
出来上がったものを見て、これではいかんと冬草はフライパンを握った。
ちなみに喫茶店のマスターは、冬草のサービスっぷりをハラハラしながら見守っていた。
逃げた夏野を呼び戻し、料理を盛った皿をカウンターへ上げる冬草。
「わぁ! すごいサービスですね! きっと喜びますよ!」
皿を見て夏野が感嘆の声を上げる。
照れた冬草はマスクを直して誤魔化す。
「そ、そうか。結局サービスって何だかわかんねーけど、気持ちだよな!」
「ですね!」
明るく同意する夏野。夏野自身もサービスの詳細については、よく分かってなかったので適当だ。
ルンルンと夏野が春木たちの待つテーブルへと料理を運んでいく。
きっと二人が喜ぶだろうなと思いながら。
テーブルで待つ春木と吹田は楽器の話題で盛り上がっていた。
「次はオカリナはどうですか?」
「う〜ん。あんまりピンとこないな〜」
「じゃあ竪琴は?」
「それは大きすぎるよ奏ちゃん」
そこに夏野がお盆に料理を載せてやってきた。
「お待たせしましたー」
来た! 目を輝かせた春木と吹田が顔を向け、お盆に載った料理を見て驚く。
ゴトッ。
春木の前に置かれたのは、注文したオムライス。
そしてハンバーグの載ったピラフプレート。丁寧にもハンバーグにはケチャップで『サービス』と書いてある。
ガゴッ。
続いて吹田へ置かれたのは、注文したナポリタン。
さらに出来上がったばかりのカレードリア。そこにもカレーの上に『サービス』とチーズで書かれていた。
「……」
黙った二人に、最後の飲み物を置いてニコリと夏野はスマイルを送る。
「どうぞ、ごゆっくりー」
お盆を下げて奥のカウンターへと戻る夏野。
互いの顔を見合わせた春木と吹田は、吹きだしていた。
予想外のサービスに最初は戸惑ったが、これはこれでアリだよね! と食べることにした。
お腹を空かせた二人はガツガツと食べ飲み物で流し込む。
夏野にお水をお代わりすること三回。二人はとうとう全てを腹に収めていた。
「うぇっぷ」
春木がゲップし、膨れたお腹をさすっている。
吹田もきつくなった服のお腹周りを直していた。
料理を二人でシェアして食べていたが、さすがに四人前は辛かったようだ。
「た、食べ過ぎた……」
「すごいサービスでしたね」
二人はテーブルに突っ伏して体を楽にする。
しかし、ここでふと春木は思った。月夜先輩がいないのに誰がサービスしてくれたんだろうか、と。
当然、フロア係の夏野は調理には手を出していない。
ということは喫茶店のマスター直々にサービスをしてくれたのだろうか。
気になった春木は手をあげて夏野を呼んだ。
奥からきた夏野にすかさず春木が質問する。
「ちょっと聞きたいんだけど、空がサービスしてくれたの?」
「それなら雪先輩だよ」
「はぁ!?」
意外な人物の名前に春木が驚く。まさか、冬草が夏野と同じ喫茶店で働いているなんて、夢にも思ってなかった。
目を丸くしている春木に夏野が苦笑する。
「ちょっと前に雪先輩がバイトに入ったんだよ。今は厨房で頑張っているんだ。最初は慣れてなかったけど、ずいぶん料理の腕が上がったよね」
「マジで!?」
「部室では不器用そうに見えましたけど、すごく美味しくいただきました! さすがです!」
再び驚く春木に褒め称える吹田。
微笑んだ夏野は後で冬草に伝えとくねと言って、奥へと引っ込んでいった。
謎は解決したが、いまいち釈然としない春木。
「……なんか、あたしの行くとこに地底探検部の部員が集まっている気がする」
「すごく不思議ですね。ひょっとして桜先輩が引きつけているのかもしれませんよ。先輩の人望が地底探検部のひとたちを魅了しているんですよ!」
「ふふっ、そうかな?」
吹田にヨイショされてまんざらでもない春木が照れる。
「そうですよ! わたしも桜先輩に引きつけられたひとりですから!」
「へへへ。ありがと」
持ち上げられて、デレデレになる春木。気の強い春木は、おだてに弱いのだ。吹田は上手く春木の弱点を突いていた。
良い気分になった春木は吹田とまったり喫茶店ですごして帰宅した。
しかし、二人は勘違いしていた。
春木と吹田は地底探検部の部員がいる場所へ、自分たちの方から来ていたのだ。そう、春木が引きつけているわけではなく、地底探検部に虜になっているのは二人なのだ。
そんなことには気がつかない春木と吹田は、帰り道を楽しそうに話しながら歩いていた。