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137話 感動したよ!

 日ごとに太陽の光が強くなる頃、すっかり夏服が板についた学生たち。

 夏野 空(なつのそら)は教室でパタパタと下敷きをあおいでいた。

 にじむ汗。教室では、まだクーラーは早いのか使う気配が無い。

 黒板には岩手 紫(いわてむらさき)先生がチョークを握り、カツカツカツと書き綴っている。

 ぼんやりとその内容をノートにつけながら、夏野は夏休みはまだかなーと考えていた。

 夏休みの前半まではバイトをみっちり入れて、東京への軍資金を稼がなくてはならない。

 一応、親に東京に親戚がいるかと聞いたが、そんなのはドラマだけだよと笑って答えていた。


 なんとしてでも月夜(つきよ)先輩と二人きりになるチャンスを狙いつつ、オシャレなアパレル店を回らなければ。

 野望を胸に夏野は燃えていた。夏の熱さに負けないぐらい。

 そこで夏野はハッと気がついた。

 夏なのに月夜先輩の水着姿を見たことが無いことに。

 一緒に温泉に行った記憶はあるが、水着は一度も無い。裸の方が難易度が高いと思われがちだが違う。

 あの健康的な肉体に(まと)う、華やかな水着の姿を拝むことのほうが難しいのだ。

 そう、夏野と月夜は一学年違うので体育の授業が同じではないのだ。

 グギギ…と歯がみした夏野は悔しさいっぱいだ。

 ほわんと夏野の頭に妄想が浮かぶ。プールサイドにたたずむ月夜が水着で微笑む姿が……。

 こんなんじゃダメっつ!

 勢い、バン! と机を叩いて立ち上がる夏野。

 驚いた岩手先生が恐る恐る夏野に聞いてくる。

「ど、どうしたの夏野さん? 何か言いたいことがあるの?」

 はっと気がついた夏野。

 クラス中の視線が集中していることに焦りを憶え、冷や汗が出てきた。

 授業の内容を聞いていないから、下手な質問もできない。どうすれば……首を振った夏野は堂々といくことに決めた。


「先生! 水着はセパレートですか? それともワンピース? ビキニですか?」

「は!? ん? んん? えっと私はビキニだけれども……」

 夏野の意外な質問に混乱しながら正直に答える岩手先生。

 するとクラスがざわついた。

 あの、美人な岩手先生の水着がビキニだと判明したのだ。女子はキャーキャー言い、男子は妄想に鼻の下を伸ばす。

 混乱する教室で夏野はホッと息を出した。これでなんとか誤魔化せたと。

 しかし、この場をさらに混迷へと導く人物がいた。

「ちょっと待ってみんな! これだけじゃ意味ないよ! ちゃんと調べないと!」

 そう、春木 桜(はるきさくら)がしゃしゃり出てきた!

「だいたい紫先生なんて似合いすぎでしょ? あたしたちが何を着るかでしょ?」

「えっと、春木さん?」

 ぽかんとした岩手先生が新たに立ち上がった春木に疑問をつけた。

 つかつかと前に出てきた春木。わけもわからず岩手先生は混乱中だ。

 教壇の机に手をついた春木が眼鏡をかけた女子に指をさした。

「ホントはどんな水着が着たいの?」

「えっ!? えーと、羽のついた黄色のセパレート……」

 頬を染めて恥ずかしそうに告白する。間髪入れず春木は近くに座る男子に指をさす。

「君は?」

「お、おれはマイクロビキニを着たいっ!」

 思わぬ告白に隣の席にいた男子が顔を引きつらせた。だが、次に当たった彼はサザエの貝殻と答え、周りをドン引きさせていた。


 次々に暴かれる理想の水着を聞いているうちに倉井 最中(くらいもなか)は不安になる。

 このままいけば、いつか自分にも順番が回ってくるだろう。

 周りを見れば好みの水着を告白した羞恥に机に突っ伏して耳が真っ赤だ。

 倉井は両手を組んで神に祈りをささげた。当たりませんようにと。おかっぱ頭のキューティクルが、相変わらず天使の輪になっていた。

 目を閉じれば葵 海(あおいうみ)の姿が浮かんでくる。

 最近はグッと大人っぽくなって、倉井の胸を熱くさせている好きな人。

 だからか妄想の海は大人っぽいワンピースを着ている。大胆な花柄をあしらい、隠れたところに『くまP』キャラがひっそりと顔を出している。

 ふぁわわわと倉井の唇がニヤニヤと歪んだ。

 だめだ! 妄想でもやばいくらいかわいい! 倉井の意識は遠くへと羽ばたいていってしまった……。


 もはや完全に自分の世界に浸っていた倉井は、春木にさされても全く気がつかないという裏技を披露した。

「最中ちゃん!? なんで祈りのポーズでニヤついてるの!? って全然聞こえてないし!」

 ぶ然とする春木。

 しかし、なにか様子がおかしい倉井を、無理に目覚めさせると怖い気がした春木は見なかったことにした。

 春木は倉井を除いて次々に指名し、辱めの発表をさせて轟沈していった。

 死屍累々の教室を見渡した岩手先生。それまでほうけていたが、はっと現実に戻って来た。

 今さらながら状況を理解したようだ。

「ちょっと春木さん? 一体何をやってるの?」

「あ、先生。授業中にごめんなさい。あたし気になったらそれに集中しちゃうんです」

 ペコリと頭をさげる春木。とても素直ないい子だ。

 一瞬、しょうがないかなと頭をかすめた岩手先生。だが、頭を振って騙されないように自分に活を入れる。

「正直なのは良いことだけど、ダメでしょ授業中なんだから」

「ごめんなさい」

 再び頭をさげる春木に、さすがの岩手先生もやれやれと苦笑した。

「とにかく罰は受けてもらうから。いい? 春木さんと夏野さんは教室の後ろで立って授業を受けること」

「え〜〜!? わたしもぉお!」

 驚いた夏野が声を上げた。すっかり春木のお陰で悪目立ちしなくてすんだと、ホッとしていたのだ。

 目を細めた岩手先生が鋭く夏野を突き刺した。

「いい? この騒動のきっかけを作ったのは夏野さんでしょ。部長をしているんだから、もっと授業でも姿勢を正してね」

「…すみませんでした」

 渋々謝る夏野。春木はニタニタして仲間ができたと嬉しそうに見ている。


 二人が教室の後ろに移動しようとしていると、他の女子が手をあげ先生に言った。

「先生! あと五分で授業が終わりますよ!?」

 えっ!? と気がついた岩手先生が腕時計を確認すると、確かに五分ほどで終了してしまう。

「わかりました。でも、少しでも立っててくださいね?」

「はーい」

 返事をした二人はすごすごと教室の後ろへと移動し、前を見た。

 生徒のほとんどは机に突っ伏し、羞恥に頭を抱えている。

 岩手先生は教壇に立ち、コホンと咳をし喉を整える。

「先生も言いたいことがあります。皆さんの好きな水着は、とても個性的で素晴らしいと思います。そのチャレンジ精神を忘れず、他の事にも目を向けて欲しいの。皆さんも来年は卒業を控えてさまざまな道に進むけど、この授業で発言した自分の事を思い出して向かっていってください。先生も応援しています」

「「「「おおーーーーーーっ!」」」」

 生徒たちは感動した。てっきり怒られるかと思いきや、まさかの黒歴史肯定論が岩手先生から語られたのだ。

 教室の後ろで立たされていた夏野と春木は、互いに目を向けクスクスと笑う。

 まさか混迷とした授業が、最後には感動的に終わるとは予想だにしていなかったから。

 やがて小さな拍手が起こり、クラス全体が大きなうねりのように鳴り出す。

 沸き上がる生徒の謝辞の拍手に岩手先生はオロオロしていた。


 それ以来、岩手先生の授業は感動で埋め尽くされると評判になり、ますます生徒からの人気が出ていた。

 当人は困惑しながらも、ちゃんと授業を受けてくれればと大人の対応をしていた。

 しかし、残念ながらそれは担当する国語のことではなかった。

 ちなみに、夏野は授業で受けた教えを心に刻み、月夜を絶対にプールに誘うぞと意気込んでいた。


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