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136話 雨って退屈!

 窓から外を眺める春木 桜(はるきさくら)は、ふうと息をつく。

 土がむき出しの校庭は、しとしと降る雨でぬかるみ、黒く色がついているのが見える。

 再びふうと息をついた春木が向き直り人々を見渡す。

「何か無いの!? あたしヒマなんだけど!?」

「いや。そもそも君は部員でないし。だいたい吹奏楽部は次の大会に向けて猛練習しているはずでは?」

 葵 月夜(あおいつきよ)が困ったように言い聞かす。

 むすーっとした春木は窓の外に目を向けた。

 ここは地底探検部の部室。春木たちはいつのまにか部員たちに混ざって退屈さをアピールしていた。


 そこに後輩の吹田 奏(ふきたかなで)が来て話しかけてきた。

「先輩。どうします?」

「うーん。難しい問題だよねぇー」

 腕を組んで悩む春木。

 部室の長机にお菓子を広げてつまんでいた部長の夏野 空(なつのそら)は春木たちを見ていて、どうせ何も考えてないんだろうなとぼんやり思っていた。

 副部長で吹田と同学年の葵 海(あおいうみ)倉井 最中(くらいもなか)と一緒にタブレットを見てクスクスと笑い合っている。

 部員の冬草 雪(ふゆくさゆき)秋風 紅葉(あきかぜもみじ)はレシピ本を見ながら料理についてあれこれ話していた。

 雨で湿気のこもる部室はなんとなく怠惰(たいだ)な雰囲気が散漫していた。

 よし! と何かを決めた春木は吹田を付き従い月夜の元に行く。

 そっと月夜の制服の袖をつまみ、可愛らしくウルウルした目で見上げた。

「なんか考えて?」

「ぶふぅーーー!!!」

 飲んでいたお茶を吹きだした月夜。ゲホゲホとむせている。

 気を利かせた夏野からハンカチを受け取ると濡れた口回りを()いた。

「なんで私に言ってきたんだ!?」

「だってヒマ潰しが上手そうなんだもん」

 しれっと答える春木にぐぬぬと月夜が睨んだ。その横で夏野が回収したハンカチの匂いをスンスンと嗅いでいる。

 めんどくさくなった月夜は全員を巻き込むことにした。

「わかった! 空君! 部長として取りまとめてくれ! 皆が意見を出し合って決めようじゃないか!」

「はいっ!」

 勢いある月夜の言葉に夏野だけが元気に返事をした。


 ホワイトボードの前に移動した夏野。隣には月夜がマーカーを握っている。

「それでは帰宅までの時間の過ごし方を決めたいと思います! 意見のある人は挙手でお願いします!」

 シーンとした部室。

 倉井と海の(ささや)きと小さな笑い声だけが聞こえる。どうやらこの二人は自分たちの世界にいるようだ。

 手を上げながら冬草が聞いてきた。

「意味わかんね。そんなにヒマなら体育館でも行って体を動かせばいいだろ?」

「とても素晴らしいご意見ですけど、この部室で出来ることを探しているんです。別の案をお願いします!」

 夏野が口を開こうとすると横から吹田が発言してくる。口をパクパクさせた夏野はどこか寂しそうだ。

 ちなみに夏野は吹田とは真逆で、冬草に賛同して体育館に行くことを推そうとしていた。

 腕を組んだ春木がうんうんと(うなず)いている。

 そんな春木を見ていた月夜はあることに気がついた。

「そういえば楽器はどうしたんだね? いつも君たちが来るときは、なにかと手に持っていたじゃないか?」

「いいとこに目をつけたね!」

 ニヤリとする春木。

「本当は今日ここに来る予定はなかったんです。桜先輩が雨降っているから行こうって誘ってくれたんです。相変わらず部外者が来ても温かく迎えてくれて、わたしも桜先輩も感謝しています」

 春木から引き継ぐように吹田が続ける。

 何かいいことしたみたいで夏野はそれほどでも…と照れた顔をしていた。


 しかし、月夜は誤魔化されない。

「つまり吹奏楽部に居づらいから逃げてきたわけだ」

「さすがだねー!」

 ふんすと胸を張って偉そうな春木。開き直っている春木に月夜は半目を向けた。

「どんなに言われても動じない桜先輩ってすごい!」

 キラキラした目で吹田が褒め始めた。

 これはダメな方向へ話題が行きそうだと月夜は軌道修正しようと踏ん張る。

「と、とりあえず桜君は何か妙案は出たのかい?」

「ん〜。そう〜ね〜……腕立てとか?」

「それなら部室の隅が空いているから奏君と二人で始めたまえ」

「え〜〜! それは寂しいよ〜〜!」

 自分で言い出して嫌がる春木に月夜は頭を抱えた。

 どうも大勢で何かをしたいようだ。その何かが問題なのだが。


 その時、夏野が声を上げた。

「月夜先輩! あ、あれ!?」

 月夜たちが夏野を見ると窓の外を指差している。

 つられて窓に寄り外を眺める……。

 そこには小雨が降る中、校庭の真ん中に黒い影がうっすらと人型をとっていた。

「み、ミドリちゃぁああーーーーーーーん!!!」

 恐がりな月夜を始め窓を覗いていた部員たちが、長机の隅でお茶を飲んでいた顧問の岡山(おかやま)みどり先生に飛びつく。

「ぶふぅーーー!」

 突然、複数の生徒に抱きつかれたみどり先生がお茶を吹く。

「ち、ちょっと!?」

「お、お化けだ! 怪しい謎の人影がぁああーー!」

 抱きついた月夜がぐりぐりと頭を背中に付けて叫ぶ。

 他の部員たちから無理矢理立ち上がらせたみどり先生を窓際へと連れ出す。

「あ、あれです!」

 再び夏野が差し示す先に、例の人影が傘もささずに雨の中でたたずんでいる。

「どこかの部の罰ゲームじゃないの?」

「絶対に違いますよ先生! あんなところにいたら風邪引きますよ! それにさっきからまったく動いていないんですよ!」

 みどり先生の疑問を夏野が否定する。

 興味津々な春木と吹田は細かく観察しているようだ。

「そんなに遠くないのに、あんまりハッキリ見えないね。なんというか人を縁取る形が不鮮明な感じ?」

「確かにそうですね。目元もよく見えないから視線もよくわかりませんね。どこを見ているんですかね?」

 そんな考察を話しているようで、あまり怖くないようだ。


 怖がる生徒たちに背中を押され、みどり先生が校庭を確認することとなった。

 私も怖いから! と、いい年してだだをこねた先生のために、月夜と夏野が同行することに。

 三人は一本の傘にしがみつくように、恐る恐る部活棟から校庭へと出た。

「二人とも、そんなにくっつかなくていいからね」

「無理だミドリちゃん。なぜなら怖いから」

「だって雨に濡れそうだし」

 みどり先生を挟んで月夜と夏野が抱きつくように引っ付いている。

 歩きづらいなぁと思いながらも校庭へと足を進める。

 部室の窓からみた人影がうっすらと目の前に現れていた。

「ヒエェエエ……」

 月夜が小さな悲鳴を上げる。

 震える足取りで近づいていくと、やがてハッキリと見えてきた。


 雨の降り注ぐ中、腰ほどの高さにある黒い布をいくつもの雨粒が音を立てて弾いていた。

「布? 何かしら……」

 ギューッと月夜と夏野がしがみつく中、みどり先生は怖々と布の端を持ち上げてみる。

 そこには緑色をしたポールの足が現れた。

 これは何だろうとみどり先生は校庭にあった物を思い浮かべる。と、ひとつ近い物を思い出した。

「きっとこれってテニス用の支柱じゃないかな? ネットの巻き取り機がついてないから、わからなかったけど」

「ほ、ほほ本当かい?」

 恐る恐る聞いてきた月夜。みどり先生は安心させるような微笑みを向けた。

「たぶんね。でも、これでお化けじゃないのがわかったから良しとしましょ?」

 安心した夏野が緊張していて止めていた息を吐き出す。

「はぁ〜良かった。もしかして抜き忘れですかね? だったら担当の先生に言ったほうがいいですよね?」

「確かにそうね。後で私が報告しておくから」

 そう言うみどり先生に落ち着いたのか二人のしがみつく力が緩くなる。

 三人はいそいそと部活棟へと帰っていった。


 職員室へ報告に行くみどり先生と別れた月夜と夏野は部室へと戻った。

 待ちわびた春木と吹田らに校庭での出来事を語って、幽霊やお化けでないことを説明した。

 納得した春木は、やっぱりねと得意顔で頷いていた。

 ふと部室内にある時計を見るといい時間だ。

「もうこんな時間! やっぱりここにくるとヒマ潰しになるね。奏も帰ろう!」

「はいっ! 帰りましょう!」

 こうして春木と吹田は地底探検部を後にした。

 あまりにも言いたい事が多すぎて、ツッコミ所がわからない月夜と夏野は互いに顔を見合わせ苦笑する。


 しかし、冬草は知っていた。

 こんな騒ぎの中、決して二人の世界を崩さず楽しそうに笑っていた者たちがいることを。

 そう、倉井と海は親しそうに肩を寄せ合ってタブレットにずっと夢中だったのだ。

 ブルッと背中を震わせた冬草は、何事も動じない二人に恐怖し秋風に抱きついた。


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