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135話 あたいが作る!

 地底探検部の部室では、この日もお昼に部員たちが集まってお弁当を広げていた。

 冬草 雪(ふゆくさゆき)は目の前にあるお弁当に注目していた。

 おかずはミニハンバーグが二つにだし巻き卵。そして、揚げたミニちくわにチーズが入っている。野菜は一口大のレタスにトマトや薄切り大根、にんじん、ブロッコリーやタマネギが混ざっている。

 白いご飯には肉そぼろとピンクのよくわからないもので、大きなハートマークの中に“ユキらぶ”と描かれている。

 はたから見たらこっぱずかしい弁当だが、去年暮れから作ってもらっているので冬草も部員たちも慣れていた。

 しかし、今更ながらよく見ると、冬草の好きなおかずだけでなく、きちんと数種類の野菜も入ってバランスをとっている。どうも調理師を目指してから料理に注目するようになって、冬草は常に気に掛けるようになっていた。

 さすがだな…冬草は隣にいる秋風に視線を向けると、ニッコリと微笑まれた。

 頬を染めた冬草は、誤魔化すように弁当を食べ始めた。


 放課後の部活も終わり、分かれ道まで冬草と秋風は並んで学校を後にする。

「あ、あのさ……」

 言いにくそうに冬草が秋風に話しかけた。

「なぁに?」

 嬉しそうな笑みをたたえた秋風が冬草を見つめる。

 恥ずかしさをグッとこらえて冬草が口にする。

「こ、今度、あたいが二人のべ、弁当つくるから!」

「ホントに!? ……嬉しいっ!」

 最初は驚いた秋風だったが、すぐに冬草の腕に抱きつき喜びを表現した。

 言い切った冬草の顔は真っ赤だ。

「すごい楽しみ! いつかな〜」

 顔を寄せてキスをしてくる秋風を、なんとか逸らして逃げる冬草。

 なんでところかまわずチューしてくるんだ!? 冬草は前に先生に説教されてから自重しているのに、まるで聞いていない秋風の態度を見て、まるであべこべだなと思った。


 □


 駅近くの喫茶店。

 バイトで厨房に立った秋風は、今日も葵 月夜(あおいつきよ)とマスターに料理をレクチャーされていた。

「うむ。多少不安だが、ずいぶん良くなってきたぞ雪」

「ホントか!? やった!」

 エプロン姿の冬草がフライパンを持って喜ぶ。

 そこには焦げ目なく、艶のある綺麗な目玉焼きが湯気を立てていた。

「とはいえ、だいたいのメニューの下準備はマスターや私が行っているんだ。調理も楽にできているようになっている。だから雪も精進しないとな」

「お、おう。頑張るぜ……」

 なぜか親方風を吹かす月夜が戒めると冬草は肩を落とす。まだまだ先は長そうだと。

 まだバイトを始めたばかりだが、冬草は厨房に馴染み始めていた。

 せっせと調理を頑張る冬草に、マスターは頑張れ! と心の中で応援していた。


 バイトが終わり、皆が帰宅しようとしたとき、冬草が月夜に声をかけた。

「月夜。ちょっと話しがあるんだけど……」

「ん? なにかな?」

「なんですか? なんですか?」

 そこに夏野 空(なつのそら)も入ってくる。厨房で月夜が冬草にかかりきりなのをモヤモヤしながら見ていたので、ここぞとばかり介入してきた。

 しかし、そんなことは気にしていない冬草は二人に話し始めた。

「あたいに料理を教えて欲しいんだ。マ…母さんに教えてもらってるんだけど、イマイチわかんねぇーんだよ。月夜だったら教えるの上手だしさ」

「それはかまわないが、急にどうしたんだ?」

「い、いや。今度、紅葉に弁当作るって約束したから……」

 照れくさそうに言う秋風。ははーんと笑った月夜と夏野は目を合わせる。

「なるほど! それなら手伝うよ。雪の家でやろう!」

「わたしも手伝いますよー!」

 快く快諾した月夜。ついで夏野もなぜか乗っかってきた。

「助かるよ!」

 二人の友人に冬草は感謝した。


 □


 ──休日。

 スケジュールを空けた月夜と夏野が冬草の家に来ていた。

「今日はありがとね! 雪ちゃんはどうも私の教え方がわかんないみたいで…。不思議ね? アハハハ!」

 明るい冬草の母に迎えられ月夜と夏野は台所へ通される。

 冬草はすでにエプロン着用で二人を待ち構えていた。

「おう! 悪いね!」

「全然かまわないぞ。とりあえず入り用な材料は買ってきたよ」

 月夜がテーブルに中身の入ったレジ袋を置く。

 夏野は背負っていたリュックを下ろし、中からエプロンを取りだして月夜に渡した。もちろん夏野も自前のエプロンを着る。

 相変わらず連携がいいなと二人を眺めていた冬草は思った。

「では、さっそく始めよう!」

「おーー!」

「おう!」

 月夜が声をかけると夏野と冬草が拳を上げた。


 ダイニングで冬草の母が微笑んで見守る中、お弁当チャレンジが繰り広げられていた。

 定番のたこ足ウインナーにウサギりんご。

 冬草にかかれば足だらけの細長ウインナーに血まみれりんご。

 夏野は頭を抱えた。

 失敗作を頬張りながら月夜が教えていく。

 レシピ本やスマホで完成イメージを見せながら料理を作る。

 少しは調理に慣れたとはいえ、まだまだ冬草にはハードルが高い。

 ゆで時間は完璧だが、調味料の量で失敗する紫色なナポリタン。肉がビチャビチャになってしまうハンバーグ。

 見ていた冬草の母の頬が引きつっている。どうやら温かく見守る限度を超えたようだ。

 ハラハラ心配してきた母を置いて冬草は真剣だ。

 秋風の喜ぶ顔を想像しながらキャベツを(つたな)い手で千切っていた。

 熱の入った月夜の指導と、合間に夏野が手伝いヒントを与えていく。

 二人の協力のお陰で、最終的にはどうにか形になっていった。

 出来上がったお弁当に三人は手を合わせて喜んだ。

 そんな冬草たちに母は涙していた。


「あとは今日覚えた品目を繰り返して練習のみだ雪!」

「そうです! 回数を重ねた分だけ上手になりますから!」

 別れ際に月夜と夏野が励ます。

「おう! やるぜ!」

 二人に冬草がガッツポーズで応える。

 こうして一応のお弁当はマスターした冬草であった。

 ちなみに失敗した料理は全員で頑張ってお茶で流し込みながら食べていた。おかげでお腹がパンパンで夕食いらずになっていた。


 □


 あるお昼の時間。

 地底探検部の部室では冬草が初めて作ったお弁当を秋風に披露していた。

「あんまり自信はないけど、あたい頑張ったから……」

「雪が作ってくれたものは何でも嬉しいから平気!」

 楽しみにしていた冬草作のお弁当を開ける秋風。

 そこにはよくあるおかずたちが出迎えていた。

 衣が厚そうな唐揚げにちょっと焦げ目のあるたこ足ウインナー、少し堅そうなナポリタン。形の欠けたキュウリにブロッコリー。ご飯には刻んだ海苔が敷き詰められていた。

 お弁当を見た秋風の肩が震えている。

 気まずくなった冬草が頭をかきながら言い訳した。

「そ、その、もう少し上手くなってからの方が良かったんだけど、早く紅葉に食べて欲しくて……」

 ポタポタと涙を落とした秋風が冬草に抱きついた。

「すごい! すごいよ雪! 私、幸せ!!!」

 どうやら嬉しすぎて泣いていたようだ。

 冬草の胸で喜びの涙を流す秋風。どうしたらいいのかわからない冬草は秋風の背中をさすっていた。

 すると、見守っていた部員たちからパチパチと拍手がわき起こる。

「良かったですね雪先輩!」

「頑張った甲斐があったな!」

「おめでとうございます〜!」

「お幸せに〜!」

 次々に部員たちに声をかけられる。

 お弁当を作って本当に良かったと冬草はジーンと感動し、胸で泣く秋風を抱きしめていた。


 そんな人の温もりに満ちた部室で、ふと冬草は気がついた。

「おい! まだ食ってないぞ! お前ら気が早えぇよ!」

 そう、見た目だけで味を確認していなかったのだ。これでは何のために作ったのかわからなくなってしまう。

 顔を上げた秋風は、涙を流しながら吹きだし笑い始めた。


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