134話 イメチェンしたよ!
放課後の深原高等学校。
倉井 最中と夏野 空は並んで地底探検部の部室に向かう。
学年が違うから普段は部活でしか葵 海と会えないから、倉井の足取りが自然と軽くなる。
それに夏野も同じはずだ。海の姉、葵 月夜は上の学年だから、自分と同じ境遇だ。
ふと、もし海さんと付き合うことになって、空ちゃんも月夜先輩と付き合ったら、何て呼べばいいんだろ?
親しい夏野の横顔を見ながら倉井は思った。
やっぱり……お義姉ちゃんかな? そう考えるとなんだか照れくさいし恥ずかしい。
気の早い自分の想像に頬を染めた倉井は、慌てて夏野から視線を逸らした。
そんなことをしている倉井に気がつかない夏野は、月夜に会えるのを楽しみにルンルンと歩いていた。
やがて部室前に着き、ガチャリとドアを開ける。
「ちわー!」
元気に夏野が入っていく。
倉井も後から続いて入りかけたそのとき、
「最中!」
嬉しそうな声をかけられ倉井が視線を向けると、海がにこやかに立っていた。
「ふぁ!?」
思わず絶句した倉井。
そこには髪型が変化した海がいたからだ。
前はポニーテールでまとめていた髪をすっかり落とし、前髪をヘアピンで留め、セミロングが流れるように肩にかかっている。
今までと違って、ぐっと大人びた雰囲気になった海に倉井は息を飲んだ。
あまりの神々しさに目を細めた倉井は一歩うしろに下がる。
「ど、どうしたの最中!?」
倉井の不可解な行動に動揺した海が聞いてくる。
もう美しすぎて直視できない! 倉井が部室を離れ廊下へ駆けだした。
「も、最中〜〜〜!」
驚いた海が後を追いかけ部室を出て行く。
ポカンと見ていた夏野が月夜に聞いていくる。
「最中ちゃんって、海ちゃんと何かありました?」
「いや、特に何も無いが。あの二人だ、どうせ後で仲良く部室に戻ってくるさ」
ふふと笑った月夜は夏野と一緒にイスに座った。
□
「ちょっと待って! どうしたの一体!?」
廊下を出てしばらく行ったところで足の遅い倉井は海につかまっていた。
まったく海の顔を見ようとしない倉井。
うぅ、とか、あぁ、とか上の空なことを呟いている。
埒が明かないと海は倉井の手首をつかんで顔をのぞき込んだ。
「どうして私の顔を見て逃げたの? ちゃんと言ってよ。じゃないとわかんないよ」
「…か、髪が……」
目を泳がせている倉井が辛うじて言葉に出した。
ああ、と気がついた海がホッとして苦笑いをする。どうやら嫌われていたわけではないようだ。
「髪型の事?」
確認するように海が言うと、倉井はコクコクと頷いた。
少し言いにくそうな素振りをみせた海は照れながら口を開く。
「も、最中って、ほら、いつも落ち着いてて大人っぽいでしょ? わたしはいつも騒がしいから何だか子供っぽくて。だから、ちょっとでもいいから最中に近づきたくて髪型を変えてみたんだ。へ、変かな?」
ブンブンと首を横に振った倉井。
海さんは勘違いしている……わたしは落ち着いているというより、のんびりしているだけだ。そう思ったが口に出せない。
やっと目を合わ、頬を染めた倉井が意を決して言葉にした。
「ち、違うの。海さんの髪型があまりに素敵で眩しかったの。だ、だから変じゃなくて、すごく似合ってる」
「ホントに?」
念押しで聞いてくる海に再び倉井はコクコクと頷いた。
すると海は、はぁ〜〜っと息を吐き出した。
「よかった〜。てっきり最中は前の方が好きかと思ったよ〜」
「ううん。ポニーテールも良かったけど、今のもすごく良くて綺麗」
照れながら言う最中に海は頬を染める。
最中の両手をギュッと握る海。
「気に入ってもらえて嬉しい! あれこれ悩んでお姉ちゃんに邪魔されながらも決めて良かった!」
「ふぁ」
自分のために……倉井は顔が熱くなってしまう。
これはもうだめだ。あまりにも幸せすぎて体がグニャグニャになる。
ふらっとした倉井を海が受け止め支える。
「大丈夫!?」
「ご、ごめんなさい。幸福感がいっぱいすぎて……」
倉井の言い方がとんでもすぎて海は笑う。
つられて倉井も笑うと体も持ち直してきた。
二人は手をつなぐと部室へと戻っていった。
倉井と海が部室に入って、他の部員たちがいる長机に来ると月夜が夏野に向け親指を立てる。
「な! 言った通りだ!」
「アハハ。そうですね」
笑った夏野が同意する。
なに言ってるの……妹の海が冷たい視線を姉に向けているが気にしていないようだ。
海の髪型になんとか慣れた倉井は普段通りの態度で接していた。
遅れて冬草 雪と秋風 紅葉がやってきて騒がしく部活動を始めた。
そんな部員たちを顧問の岡山みどりは、微笑んでお菓子をつまんで見守っていた。
□
家に帰った海は、夕食を終えて上機嫌でお風呂の湯船でくつろいでいた。
もちろん海の機嫌がいいのは倉井に髪型を褒めてもらったからだ。
実のところ、受け入れてくれるかすごく不安だったが、とても喜んでくれたことで杞憂に終わった。
髪を下ろすと姉と被るから今までは敬遠してたけど、やってみるとそうでもなかったなと海は思う。
片や茶髪で毛先を丸めている姉。よく考えれば妹は黒髪だからまったく似てない。
フフ〜ンと鼻歌しながらお風呂から上がると寝室へ向かう。
髪を乾かしてボフンとベッドに横になるとスマホを取り出した。
L○NEを見ると倉井からのメッセージがまだきていない。
たぶん帰っているけどケータイを見てないのかも。
きっと家族の手伝いをしているのかなと、ほのぼのしている光景を想像して海は微笑んだ。
せっかくだから自撮りした画像を送っちゃえと、海はポーズをとって撮影した。
さっそくL○NEでメッセージと共に送信。しばし待つ。
しかし、待てど暮らせど返信がこない。何かあったのかと不安になったが、実家にいるからと気持ちを落ち着かせる。
待つだけなのも暇だからとゲームを始める海。
そしていつの間にか寝に入っていた。スマホを握りしめて。
寝顔はとても幸せそうに微笑んでいた。
肝心な倉井は自宅のベッドの上にいた。
そう、L○NEできた海の画像があまりに美しすぎて気を失っていたのだ。
死ぬほど可愛い海に倉井は見た瞬間に記憶が無くなっていた。
朝方に、はたと目が覚めた倉井は黒い画面のスマホを見て青ざめた。
返信するのを忘れていた……。
気を失っているから返信などできはしないが、倉井は焦った。きっと海が楽しみに待っていたかと思うと心が痛む。
慌てて謝罪の返信を送る。
しかし、反応はなかった。
電話をしようと思ったが、ここは直接会って謝った方がよさそうだ。
倉井は急いで支度をすませると早い時間に学校へと向かっていった。
□
学校の校門前で待つ倉井。
登校している学生の姿はどこにもいない。それもそのはずで学校が始まる一時間半も前に来ていたのだ。
さすがに早すぎたと苦笑していた倉井は、スマホのバイブが鳴っているのに気がついた。
スマホを見てみると海からのL○NEだ。
倉井の返信を読んだらしく、無事で良かったと不思議な内容になっていた。どうやら返信が遅くなったのを心配していたようだ。
ますます申し訳ない気持ちになった倉井は学校に来ていますと連絡した。
しばらくすると息を切った海が駆けてきた。
倉井から連絡をもらってすぐに家を出たようで制服が着崩れいている。
「最中ぁ〜〜!」
倉井に気がついた海が手を振りながら近づく。倉井も小さく手を振って応えていた。
昨日と同じ髪型に倉井はドキドキしてしまう。
「良かった! ぜんぜん返信ないから心配しちゃった!」
「ごめんなさい。その…すぐ寝ちゃって」
明らかにホッとした表情の海に倉井は頭を下げる。さすがに神々しすぎて気を失ったとは言い辛いので誤魔化していた。
「いいってば! わたしが勝手に送ったんだから。一方的に送って、一方的に心配してただけ」
「ううん。心配してくれて嬉しい。ありがとう海さん」
手を振って恥ずかしげな海に倉井は礼を言いながら彼女の制服を整える。
それまで制服の乱れに気がつかなかった海は、照れながらありがとうと呟いた。
改めて海を見た倉井。胸の高まりを抑えながらも辛うじて口にする。
「海さんとっても可愛い」
「うふふ。ありがとー」
頬を染めた海が照れ笑いして誤魔化している。
なんともいえない甘い空気が二人を包んでいた。
しかし、そんな雰囲気をぶち壊すような叫びが遠くから聞こえてきた。
「うみぃいいい〜〜!!! お姉ちゃんを置いて行かないでぇえええ〜〜!!!」
姉の月夜が愛する妹に追いつこうと爆走している姿が見えてくる。
「げっ!? なんでくるのバカ姉貴」
目を見開いた海が呆れたように迫り来る姉を見ている。倉井はクスクスと笑っていた。
海は倉井の手を取ると学校へと連れ出す。
「早くいこ! 時間あるし、どこかお姉ちゃんのいない場所に行こう!」
「う、うん」
手を引かれながら倉井は頷く。
つながれた手に視線が向いたまま。
このままずっと離れたくないと倉井はギュッと手を握った。