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133話 塾でハッスル!

 (あおい)家の道場ではこの日、ちびっ子空手塾が開かれていた。

 不定期ながら葵 月夜(あおいつきよ)の母が開いているもので、ご近所の児童が通っている。

 厳しいながらも温かい月夜の母の稽古は親に受けが良かった。もちろん習っている当の児童たちにも評判がいい。

 それは、娘の月夜も参加していることで上手くバランスがとれていたからだ。

 たいてい、悪い見本に月夜がされて、母に稽古をつけられているのが常だった。


「セイッツ!!」

「せい〜っ!」

 月夜の母の掛け声に合わせ児童たちが声を張り上げ、拳を前に繰り出している。

 基本的な空手塾のメニューは型が中心だ。

 型の練習が終わると月夜相手に打ち込みが始まる。

 列に並んだ子供たちが月夜に次々と打ち込んでいく。もちろん子供たちは本気だ。身長の低い相手に月夜は膝立ちで対応している。

 次々に打ち込まれる拳と蹴り。

 拳は月夜の豊かな胸に当たり、ポヨ〜ンと送り返される。蹴りは月夜の固い太ももに当たり、子供たちが足を抱えて痛がる。

 毎度の事なので、どつき回されている月夜は無心だ。

 なぜなら、人間サンドバッグと化している自分が考えれば考えるほど罰ゲームに思えてしまうから。

 そんな月夜をよそに母は子供たちへ叱咤を飛ばす。もっと体重を乗せろだの、素早く蹴り出せだの声に児童たちは応えていく。

 子供たちが一巡すると休憩になり、火照った体を冷ます。

 親が来ている子は、水筒を受け取って水分を補給している。ひとりで来ている子には葵家で麦茶を用意していた。


 児童らが休憩している前では葵親子が組手を始めた。

 どうやら自由に技を掛け合う『自由組手』をしているようだ。

 変則的で空手にはない技も繰り出してくる月夜に対し、母は冷静に対処している。

 月夜は円を描くような足取りで拳を開いて掌で母を攻撃してきた。

「また変な動画を見たね!?」

「うむ。中国拳法をちらと見て試している」

 母が怒ると月夜がしれっと答える。

 ウエブかテレビで見て飽きっぽい月夜が食いついたようだ。見よう見まねなので、どれも母に見切られ逆に手や足を当てられる。

 もう無理だと諦めた月夜は体を後ろに反らし、ブリッジの格好から足技を母に浴びせる。

「また違うのが出た!」

「ふふふ。これはカポエラだよ、お母様」

 ニヤリと月夜がしゃがんだ体制から強烈な蹴りを繰り出す。が、母に簡単に避けられてしまう。

「ふざけてばかりで、いい加減ちゃんと空手をしろぉおお!!!」

「ふぎゃぁああああ〜〜〜!!!!!」

 本気を出した母にボコボコにされる月夜。

 見学していた児童らは笑って手を叩いたり、ヤジを入れたり楽しんでいるようだ。

 親も一種のショーなんだろうなと子供と一緒に笑っている。

 しかし、月夜と母は真剣そのもので組手をしていたのであった。


 短い休憩が終わり、再び型の練習をして本日のメニューがつつがなく完了した。

 一同礼をして解散となる。

 塾は午前中に開かれるのでお昼にそのまま帰る親子もいれば、しばらく道場に残る子供たちもいて自由だ。

 麦茶を飲みながらタオルで汗を拭く月夜に、とてとてと少女が近づいてきた。

 以前、月夜が川中で転んだ切っ掛けを作った山森 里(やまもりさと)だ。

「月姉ちゃんヒマ?」

「いや、まったく忙しい。とても他人などかまっていられる場合ではない」

 足をほっぽり出しながら答える様はどうみても忙しそうに見えない。

 ムッとした山森は頬を膨らませて月夜の腕を取る。

「ウソだー! 月姉ちゃん麦茶飲んでるだけじゃん!」

「私は息をするので大変なんだ。里ちゃんも大人になればわかるよ」

「そんなのわからなくていいの!」

 ぐいぐいと腕を引っ張って山森は友達のところまでズルズルと月夜を引きずっていく。

 まったく抵抗しない月夜はそのままだ。

 少女たちの輪に入れられた月夜は何をするのかと顔を見渡す。

「じゃぁー、なにして遊ぶ?」

 ニコニコと山森が聞いてくる。他の少女たちはう〜んと腕を組んで考え始めた。

 いかん! このままズルズルいけば昼食を全員に振る舞う羽目になる! しかも午後はバイトがあるし……月夜は不安に駆られた。


 スクッと立ち上がった月夜。

「よし! これから私が鬼になる。お前たちを捕まえちゃうぞ〜〜!!!」

 ガオーと威嚇した月夜に山森はじめ少女たちは笑顔でキャッキャと散り散りに逃げ始めた。

 手っ取り早く鬼ごっこをすれば少女たちは満足するだろう。月夜は素早く計算していた。

 最初は簡単に捕まえられると高をくくっていた月夜だが、小回りの利く少女たちは意外と捉えにくい。

 逃げ遅れてつまづいた少女をつかまえると小脇に抱え、他にあたる。

「月姉ちゃん、おんぶがいい」

「なぬ!?」

 小脇に抱えた少女のリクエストで仕方なくおんぶして…というか首にぶら下げて逃げ回る他の少女を追いかける。

 新たに二人捕まえ、両脇に抱えた月夜はピタリと足を止めた。

 いかん! 手がふさがって捕まえられない!

 月夜は道場の隅の一角に子供たちを置いた。

「いいか。ここは牢屋ゾーンだ。お前たちはここにいてくれ。私が他の子を捕まえたらここに運んでくる」

「はーーい!」

 わかっているのかいないのか、元気に返事をする三人。

 これで身軽になったと月夜が逃げる少女へと向かって行った。


 そこに隠れていた山森が出てきて、捕らえられている三人の肩に次々とタッチする。

「月姉ちゃ〜〜ん! つかまった三人は逃がしたよぉ〜〜!!!」

 なんとか一人を小脇に抱えた月夜の背中に山森が叫ぶ。

「なんだと!?」

 振り返った月夜が山森たちを見て愕然としている。

 四人はキャーキャー言いながらその場から蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「そんなルールないだろ! それだと私が不利だーー!」

 声を上げる月夜だが、もちろん子供らは聞いていない。

 ぐぬぬと歯がみする月夜に抱えられていた少女が笑う。

「しょうがないよね? お姉ちゃん大人だし」

「そんなセリフは子供は言わないよ……」

 肩を落とした月夜はしようがないので“牢屋ゾーン”へ少女を降ろす。

 そこに絶対にいてくださいね! と懇願気味な丁寧な言葉を残して遠巻きに様子を見ている子供たちへとダッシュしていった。


 熾烈な鬼ごっこはとうとう道場から家中に、そして庭まで範囲を広げ月夜の疲労を積み重ねる。

 捕まえてもすぐに他の子供が逃がしにくるために、うかつに遠くにいけない。

 ドタドタと廊下を駆け巡る子供たち。

 嬉しそうな悲鳴をあげて月夜に捕まり小脇に抱えられる。

 互いに白熱している攻防の中、月夜の母が道場に現れた!

「あんたたち! いい加減にしろぉおおおおお!!!!」

 ビリビリと窓を揺らす大声が響く。

 子供たちも月夜もピタリと足を止め、母に目を向けた。

「遊ぶなら外にしなさい! ここは道場だけど家なの! お父さんが仕事しているから迷惑かかるでしょ!」

「す、すまないお母様!」

 慌てた月夜が頭を下げる。それを見た子供たちもごめんなさいと月夜に(なら)った。皆、とても素直だ。

 そして月夜たちは外にほっぽり出された。


 庭の芝生の上に少女たちが月夜の回りに集まって、これからどうするか座って相談し始めた。

 ちなみに月夜は麦茶をゴクゴク飲んで失った水分を補給している。

 空手の練習と鬼ごっこで程よく疲れていた少女たちがうとうとし始めていた。

 月夜の両方の太ももを枕にしたり、背中などにもたれて寝息を立てている。まるで月夜がとまり木のようだ。

 あ、これ、動けないヤツだ……月夜は固まった。


 □


 深原(ふかばら)駅近くの喫茶店。

 時間通りにバイトに来られたが、ぐったりしている月夜。

 心配そうな夏野 空(なつのそら)が聞いてきた。

「具合が悪いんですか? げっそりしてますよ」

「うむ。ちょっとあってね」

 午前中の空手塾での出来事を話す月夜。

 聞いた夏野は笑いながらも、大変でしたねと同情しながら(ねぎら)う。

 厨房では月夜を待ち構えていた冬草 雪(ふゆくさゆき)が早く教えろとせっつく。

 やる気満々の冬草に苦笑しつつ、月夜は着替えにロッカーへ向かうのであった。


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