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132話 気になる!

 夏野 空(なつのそら)葵 月夜(あおいつきよ)の自宅裏にある雑木林に来ていた。

 木々の間にちょこんと立つ(ほこら)やその周りは綺麗に保たれていて、きちんと手入れされていることがうかがえた。

 そんな祠に肘を載せてツキネは目を細めてモグモグと夏野からのお土産を頬張っている。

「これも美味(びみ)じゃの! えくれあも最高じゃ! 甘みを抑えたちょこにくりーむが交わって実に旨い! そしてこの包む生地がフワフワすぎないほどよい硬さで歯に馴染むのじゃ!」

「この間、助けてくれたお礼です。喜んでもらえて良かった」

 ツキネのしっぽをモフモフしながら夏野も嬉しそうだ。とても近くのコンビニでたまたま買ったとは言えないが。

 夏野は前に月夜と海の三人でメモに残された洞窟を下見に行った際に、猪から助けてもらったお礼に今日は来ていたのだ。

「うむ。しかし、あの程度の小物を怖がっていてはこの先が思いやられるわ。虫すら恐れる月夜は論外だが、空には精進してもらわなねばな」

「ええーー!? わたしだけ!? ずるくない!?」

 驚いた夏野が両手でしっぽをギューっとする。

「ひゃぁああ!! バカもん、しっぽを粗末にするなぁあああ!?」

 叫んだツキネに再び驚いた夏野がしっぽを強くつかむ。

「ふぁあああ〜〜! やめれーーー!」

「はっ!? ごめんなさい! つい……」

 悶えているツキネに気がついた夏野がパッと手を離して申し訳なさそうに謝る。

 自分のしっぽを抱きかかえ、よしよしとさするツキネが非難の視線を夏野に送ると、エヘヘと笑って誤魔化していた。


 落ち着いた頃合いを見計らって夏野がツキネに聞いてきた。

「ところで何でわたしだけ精進しなければならないんですか?」

「いや、だって、お主しかおらんし。いいか? 月夜だぞ? あの月夜がちゃんとできると思うか?」

「う、う〜ん」

 言われて夏野は考え込む。というか、確かにその通りなので言い返せない。

 コンコンと笑うツキネ。

「ほれみろ。すぐに反駁(はんばく)できないではないか。月夜では期待できないから空に賭けるしかあるまいて」

「うぐぐ。悔しい……」

 ガックシと肩を落とした夏野にツキネは優しく微笑む。

「なにも荒事をするわけではないからな。お主にはこれをやろう」

 ツキネは懐から小さなお守りを取り出し夏野へ渡す。

 受け取り、よく見ると何かの毛で編み込まれたお守りのようだ。

「これなら小さな害悪なら退けられるだろう。この土地限定だが」

「……」

 なんともいえない表情でお守りを見つめる夏野。いつのまにか親指と人差し指でお守りをつまんでいる。

 ハッと気がついたツキネが慌てる。どうやら汚れ物と思われていたようだ。

「そんな粗末にするな! これは余の毛でできておるのだ! これでも神聖なのだぞ!」

「へぇ〜。せっかくいただいたし、大切にします」

 今度はちゃんと両手に握って嬉しそうな夏野。ヤレヤレとツキネはホッと胸をなで下ろした。

 自然には危険な動物がいっぱいだ。やたら変な行動をしている月夜たちに、少しでも安全でいてほしいとツキネの親心からくる贈り物だった。

 だが、ツキネは気がついていなかった。夏野が偉そうにしていたことに。


 一安心していたツキネに夏野の言葉が突き刺さった。

「ところでツキネさんて、嫌いなモノとかあります? それにいつもどこでご飯を食べてるんですか?」

「まて、まて。それを聞いてどうするんだ?」

 思ってもみなかった質問に慌てるツキネ。

「だって親しくしているのにツキネさんのこと何も知らないし。変ですか?」

「い、いや、変ではないぞ。た、確かに人として当然の感情かもしれんな」

「でしょ?」

「ううむ」

 何故だか夏野に追い詰められているツキネ。どうしてこうなったとツキネは冷や汗をかいた。

 というか、土地神に何を聞いているんだと説教をしたくなったが、答えを期待するキラキラした瞳で見つめてくる夏野にそれも無理かとあきらめた。

 ため息をつき、仕方なく答えるツキネ。

「う、うむ。そうだな…激しく点滅するような鋭い光りは嫌いかな。あと、すごく臭い匂いも嫌いだな」

「へ〜。思ったよりも普通ですね。わたしもそれ嫌いですよ」

 まるで共通の趣味が見つかったように喜ぶ夏野。このぐらいだったらとツキネの方もまんざらでもない。

 それから夏野が興味あることを聞いてきてツキネが答える。

 いままでこんな友達感覚でいる人間はいなかったなとツキネは思った。月夜は幼少から知っているから、友達というより親の感覚に近い。

 親しみの感情が伝わってきて、それが心地良い。

 たまにきついときもあるが夏野が後継者のひとりになって良かったなとツキネは微笑んだ。


 しばらく二人で話していると、木の影から月夜がのっそりと現れた。

「おや? 空君、来てたのか」

「月夜先輩!」

 思いがけない出会いに花が咲いたような笑顔になる夏野。自分との対応の違いに肩眉を上げるツキネ。

 夏野たちに近づくと手土産を差し出す。

「ちょうど夏前だから、涼しげなものにしたよ。数もあるから空君も一緒に食べよう」

「おお! 毎度嬉しいな!」

「わたしも嬉しい!」

 お菓子に目がないツキネが喜び、夏野もパチパチと手を叩く。

 食べやすいよう小分けにされた包み紙を開けると、さわやかな水羊羹(みずようかん)がプルンと身を出した。

 相変わらず和菓子だが、季節に合わせたものを選ぶ辺り、さすが月夜だ。コンビニで適当に買った自分とは違うと夏野は尊敬の眼差しを向ける。

 しかし実は、家に贈られてきたお菓子が多くて食べきれないので持ってきただけだった。ツキネに食べさせることで(てい)のいい処分である。

 そんなことを知らない夏野とツキネは美味しい、美味しいと食べていた。


 どうやら月夜が夏野についての情報を耳に入れたらしく聞いてくる。

「空君はたまにここへ来ているみたいじゃないか。ツキネが喜んでいたよ」

「うむ」

 情報元のツキネも大きく(うなず)いた。

「いえ、いえ。そんな大したことはしていないんで……」

 慌てた夏野が誤魔化すように両手を振った。そう、ツキネに会いにきているのは恋愛成就の祈願、というか相談のためだ。

 このことを知られたくない夏野は誤魔化しに必死だ。

 ツキネと夏野がこれほど親しくなった切っ掛けが気になった月夜が質問する。

「しかし、ツキネもよく懐いているじゃないか? 空君とは何か共通の事柄でもあるのかい?」

「はぁ?」急な質問にポカンとするツキネ。

「えっと、た、たぶんお菓子だと思うんですけど……。ほ、ほら、シュークリームとかツキネさんは知らなかったし」

 夏野はしどろもどろに答えながらツキネに視線を送る。眼光鋭い夏野に慌ててツキネが冷や汗をかきながら何度も頷いた。

 そういえばと月夜は思い出した。確かに夏野の持ってきた洋菓子にツキネが興奮していたことを。

 うん、うんと納得した月夜。

「なるほど。しかし水くさいな空君。ここまで来ているんだから、我が家に寄っていってくれてもいいのに」

「え!? マジですか!」

「もちろん。最中(もなか)君もふらりと来て妹と楽しそうにしているぞ」

「やったーー!」

 手を上げて喜ぶ夏野。

 だが、月夜は勘違いしていた。倉井 最中(くらいもなか)はふらりとは訪れていないのだ。事前に葵 海(あおいうみ)に連絡していて、妹は面倒なので姉に知らせていなかっただけだった。

 そんなこととはつゆ知らず、月夜は機嫌良くうんうんと頷いていた。


 しばらく雑談で盛り上がった三人。

 やがて月夜と夏野はツキネと別れて帰って行った。

 夏野はこのあと月夜の家に寄っていくようだ。

 嬉しそうに興奮している夏野の背中を見送りながらツキネはため息を出した。

 珍しい甘味はありがたいが、いつも恋の相談事ばかりで、さすがのツキネも参っていた。まさか未経験だからわからぬとも言えず、お茶を(にご)してばかり。

 好意丸出しの夏野について、一度月夜に進言したほうがいいだろう。

 いい加減、面倒になってきたツキネは、二人が早く結ばれることを切実に願っていた。

 コン! っと跳ねたツキネ。

 豊かなしっぽを残しながら、ふわりと舞って消えていった。


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