130話 注意するぞ!
深原高等学校の生徒会室。
机につく生徒会長の山口 拓を前に、夏野 空は何故に呼ばれたのか頭をひねる。
隣には初めて見る女生徒がいるのだ。髪を三つ編みにして整った顔をしている。少しきつめの目つきが特徴的だ。
夏野の疑問に答えるかのように山口が紹介しはじめた。
「彼女は吹奏楽部、部長の楽堂 和花さん。隣にいる夏野 空さんは地底探検部の部長だ」
すると紹介を受けた楽堂が夏野の姿をジロジロ見始めた。
「噂には聞いていたけど背も高くないし、美人っていうよりカワイイ顔つきしてるね」
「それって前の部長ですよ。わたしは普通なんで」
「そうなんだ。わたしも部長になったばかりだからごめんね」
楽堂はきつそうな印象だが、素直に謝る姿勢に好感度が上昇する夏野。
しかし、新しい部長となると彼女も同じ二年生のはずだ。同学年のはずなのに見覚えがないのはどういうことだろうか?
眉をひそめる夏野に苦笑した山口が補足する。
「楽堂さんは一年だよ。夏野さんは二年だし、お互い初めてだよね」
「「えっ!?」」
夏野と楽堂は同時に驚く。
まさか一年生とは思わなかった夏野。年上と紹介されても納得してしまうような落ち着きが楽堂にはあった。
対して楽堂は思い出して身構えた。年下から年上まで幅広い年齢層を虜にすると噂の女生徒。あの噂の本人が目の前にいるのだ。
急に身持ちが堅くなった楽堂に微笑む夏野。
「海ちゃんは知ってる?」
「ええ。学校でも有名な美人姉妹だから」
「よかった! 海ちゃんも同じ部なんだ!」
「それも有名ですから」
嬉しそうに話し始める夏野に冷静に返す楽堂。なんとも対照的な二人だ。
苦笑した山口は本題に入ることにした。このままでは雑談で終わりそうな危機感があったから。
「二人を呼んだ意味はわかるかな?」
聞くと夏野と楽堂は頭を横に振った。吹奏楽部と地底探検部が交わる事態が想定できないし、普段も交流などしていないから。
「春木 桜。彼女についてなんだが……」
さらに山口が付け加えると楽堂はピンときたらしく、耳を赤くした。しかし、夏野は友人の名前を呼ばれて、ますます頭が混乱した。
「苦情がいくつか届いているんだ。吹奏楽部の部員が地底探検部に入り浸って楽器を鳴らしているってね」
「あーそっち!?」
夏野は声を上げた。てっきり春木が何かしたとは思ったが、まさか自分の所属している部が関連しているとは予想外だった。だが、それこそ当たり前のように慣れてしまっていた事だった。
慌てた楽堂が夏野に謝り始める。
「ご、ごめんなさい! わたしがいたらないばかりに!」
「ううん! 楽堂さんは悪くないよ! 自由人な桜は扱いが難しいし!」
ぶんぶんと頭を横に振って否定する夏野。しかし、親友のはずなのに評価がむごい。
互いに謝り始める二人を山口が止める。
「ちょっと待って二人とも。問題は防音の効く音楽室でもないところで楽器を鳴らす春木さんだ。君たちは部長だから、ぜひとも春木さんの行動を注意して欲しい。いいかな?」
「「はいっ!」」
夏野と楽堂は息ピッタリで元気に返事をする。
表面上は取り繕っていた二人だが、どうしたら春木が話しを聞いてくれるのかと途方に暮れていた。
□
生徒会室から地底探検部の部室へ夏野はトボトボと廊下を歩いて行く。
どちかというと、春木に押しかけられて迷惑している方なので、楽堂からは『がんばって言い聞かせます!』と両手を握って宣言していたが不安だ。
春木にどう説明しようかと、頭が重い夏野は部室のドアを開ける。
「あっ! 空が帰ってきた!」
やっほーと手を振る春木が後輩の吹田 奏と長方形のケースを片手に持ち、そこにいた。
ずっこけた夏野。先ほど注意しろと言われた本人がここにいる。どうしてこういう日に限って吹奏楽部にいないのか?
葵 月夜が駆け寄って立ち上がる夏野に手を貸す。
「大丈夫かい? ずいぶん派手にこけたね」
「エヘヘ……」
笑って誤魔化す夏野。スカートのお尻部分をパンパンと手ではたく。
とりあえず、言うだけ言おうと生徒会長からの話しを思い出しながら春木たちに近づく夏野。
すると春木と吹田はケースからクラリネットほどある大きさの楽器を取り出した。
カクカクした形状でプラスチック素材にボタンのような突起物がついている。まるで大きなリコーダーの穴の代わりにボタンがついているような感じだ。
形容しがたい初めて見る楽器に部員たちが注目する。
「じゃじゃーん!!! これはウインドシンセサイザーと呼ばれる電子楽器だよ!」
楽器を掲げて自慢げな春木。
これはいけない! 演奏する前に言わなければ! 夏野が声を出そうと息を吸い込む。
と、春木は手を開き、慌てる夏野を制止する。
「待って空! 言いたいことはわかる! でも聞いて! これはいつもと違うの!」
「そうなんです! 桜先輩は皆さんの迷惑を顧みて新しい楽器を発見したんです! 凄いですよね!」
すかさず吹田がヨイショする。
何を言っているのか飲み込めない夏野を見て、春木が続ける。
「IT時代を象徴する先端のデジタル楽器! 吹奏楽にテクノロジーが融合して新たなステージになるよ! それに練習も音で不快にならないから安心して!」
そう言うと春木と吹田はヘッドホンを取り出し、楽器に接続して練習を始めた。
「……」
楽器を吹いているようだが確かに音がしない。さすがデジタル楽器。
世の中にはいろいろな楽器があるんだなと、夏野は感慨深く春木たちを見ていた。
いつもの騒音がないので、ホッとした部員たちはイスに座ると中断していた雑談を夏野を交え再開した。
……しかし、
ふかー、ふかーと息を吹き込む音。スコスコとボタンを押す音が聞こえてくる。
最初は気にもならない小さな音だったが、部員たちの会話が途切れたとたんに耳に入ってきた。
そうなると不思議なことに春木たちの出す音が気になってくる。
何を演奏しているのかわからないのに吹き込む音などが聞こえてくる……。しかも春木と吹田はノリノリで奏でている様子。
せめて曲がわかればモヤモヤせずに済むのに。
そんな中途半端な状態に、これなら音が出ていた方がマシだと月夜は思った。
どうやら他の部員たちも同じように感じたらしく、夏野が黙って立ち上がると春木たちへ向かった。
ヘッドホンを外してもらい夏野が注文する。
「ねえ桜。静かなのはいいんだけど、曲が気になるから小さな音量で演奏できない?」
「やっぱりそう思う? あたしもヘッドホンだとつまんないし。奏もいい?」
「はい! 音楽は体全体で感じてこそだと思いますっ! そこをわかってる夏野部長はさすがです!」
明るい吹田の答えに満足した春木は笑顔になる。後輩に褒められた夏野はエヘヘと笑う。
「それじゃあ、ご期待に応えて、いくよーーー!!!」
二人が息を合わせ吹き始めた。
てっきりシンセサイザーの電子音かと思っていたが、聞こえてくるのはサックスの音。
どうやら何種類かの音色を再現できるようになっているようだ。
しかも曲はロ○キーのテーマ。
小さな音量と注文したのに大音量が部室に響き渡る──
夏野は盛大にずっこけた!