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128話 どこに行く?

 ──深原(ふかばら)高校の放課後。

 地底探検部の部室には部員たち全員が集合していた。

 部長の夏野 空(なつのそら)がホワイトボードを前に長テーブルを挟んで座る部員たちに向き合っている。

 その隣にはマーカーを持つ副部長の葵 海(あおいうみ)が待機していた。

 ホワイトボードの上部には、でかでかと『夏休み探検合宿予定地選定会議』と銘打たれていた。

「では、これから皆さんの意見を聞きたいと思います!」

 夏野が宣言すると部員たちからパチパチと拍手が起こる。皆、これからの事を思い、心なしかウキウキした顔つきだ。

 さっそく春木 桜(はるきさくら)が挙手をする。

「わたし、東京に行きたーーーいっ!!!」

 叫ぶと隣に座る後輩の吹田 奏(ふきたかなで)が大きく拍手を送る。

「ちょっと待ちたまえ! 君たちは吹奏楽部だろう! そっちで行かないのか?」

 立ち上がった葵 月夜(あおいつきよ)がツッコミを入れる。

 ふんと腕を組んだ春木。吹田も真似をする。

「だって地区予選で負けたんだもん! だから吹奏楽部は休み返上で学校で特訓だし、どこにも行けないんだもん!」

「そうだからって、うちの部とは関係ないだろう?」

「違うよ。わたしたちはお目付役なワケ! この部の人たちは自分勝手が多いでしょ?」

 お前もな! ツッコミの言葉を月夜はなんとか飲み込む。

 月夜は助けを求めるように、同じく長机に並んで座っている顧問の岡山(おかやま)みどり先生へ視線を向けると、苦笑いで肩をすくめる姿があった。しかも、こちらも隣に部に関係ない岩手 紫(いわてむらさき)先生がニコニコと座っている。

 だめだ。ミドリちゃんも浮かれている……春木を追い出す算段がつかない月夜は、かぶりを振ると悔しそうに腰を落とした。


 そこに秋風 紅葉(あきかぜもみじ)が静かに手を上げて発言する。

「東京はいいけど予算はあるの? 確か…今年の予算だと全員は無理なはずだけど」

 さすが元生徒会長。目の付け所が違う。夏野は慌てて部の予算ノートを取り出し金額を確認する。

「ちなみに私は部の予算がなくても問題ないから。もちろん(ゆき)の分もあるし」

「ちょっとまてよ! あたいは自分のぐらいあるぞ!」

 冬草 雪(ふゆくさゆき)が秋風を制す。

 だが、秋風は冬草にしなだれかかり、耳元で(ささや)く。

「無理しなくていいのに。雪は私が養っていくからいいの」

「まるっきりヒモじゃねぇか!?」

 目をくわっと見開く冬草。マスクをしているからわからないが、口は大きく開いているようだ。

 いちゃつき始めた二人を無視して夏野は再び予算ノートに目を落とした。

 ──二万五百六十三円。

 すぐに目を閉じ、パシッと音をたててノートを閉じた。

 見間違いかもしれないが、二回も見る気も無い。前に大阪に行った感覚では片道一人分ちょっとぐらいしかない……。

 よくよく思い返してみると、毎日お菓子に部費を使って買い込んでいた。間違いなく無駄遣いで浪費していた。

 ジッと横で覗き見ていた海が小声で聞いてくる。

「空部長ってお金あります?」

「……」

 グッと唇を噛む夏野。頭の中で凄いスピードで今まで貯めたバイト代の計算をしていた。

 ……ちょっとやばいかも。


 ホワイトボードに向かった夏野はお題目をキュッキュと書き直す。

 『夏休み合宿費用対策会議』と。

 長机をバン! と叩いた夏野が宣言する。

「みなさんっ!! お金をためて東京へ行きましょう!!!」

 パチパチと春木をはじめ部員たちが手を叩く。どうやら歓迎しているようだ。

「そ、空君!? すでに目的地が決まっているようだが!?」

 慌てた月夜が立ち上がった。てっきり近場の川原でキャンプ合宿するつもりでいたのだ。

「手頃な場所にしないか? 魚を釣ったり、猪を捕まえれば食費はタダだし」

「月夜先輩は黙ってて!」

 夏野にピシャリと言われて口を閉じた月夜。こういうときの夏野は恐ろしい。そもそも動物全般が苦手な月夜が猪を捕獲できるのかは謎だ。

 鋭い視線で部員たちを見渡す夏野。

「なにかお金を稼ぐ、いい案ありますか?」

「……」

 とたんに沈黙が部室を支配する。

 先生たちや秋風は余裕があるのか表情を崩さない。しかし、他の部員は猛烈に頭を回転させているのか厳しい顔をしていた。

 誰も発言しないのをみて夏野が指名する。

「海ちゃんはどうかな?」

「ずっとお小遣いをためてたから問題ないよ」

「そ、そうなんだ」

 しれっと答える海に夏野は失敗したと思った。姉よりもしっかり者だし、頭脳明晰だ。なんだか自分よりも部長向きだなと思ったが、頭からそんな考えを追い払った。

「吹田さんは?」

「わたしですか? おじいちゃんがいるから大丈夫です!」

 元気に答える吹田。なんでおじいちゃんが出てくるのかと夏野は頭をひねる。

 そこに海がそっと耳打ちしてきた。

「たぶん、奏ちゃんのおじいちゃんが援助してくれるからだと思いますよ」

 あーなるほど! 理解した夏野は感謝の目を海に向ける。さすが将来の妹! しかし、海は少し迷惑そうに視線を受け取っていた。

 続いて春木にも聞くが、こちらも貯金でなんとかなりそうだし、親からの支援も期待できそうだった。

 冬草は秋風が何とかするようだから、あえて聞いていない。


 残った月夜に目を向けると露骨に顔を(そむ)けられた。

「月夜先輩?」

「いや、だめだ! 私には欲しい服があるのだ! それに新しく発売する化粧品を試したいんだ!」

 両耳をふさいだ月夜が叫ぶ。そんな月夜に夏野が優しく言い聞かす。

「ちょっとガマンしましょうよー。ね?」

「そうは言うが、空君……」

 嫌そうに渋い顔で月夜が夏野を見る。にっこりとしている夏野だが、目が笑っていない。

 ……これはダメかも。月夜の頬に汗が伝う。

「一緒にバイトを頑張りましょうよ。ね?」

「空君。それって、君のシフトに付き合えってことかな?」

 どうやら夏野は空いている時間にバイトを入れまくるようだ。そうなると遊ぶ時間が無くなるじゃないか…気分屋な月夜は軽く絶望した。

 ニコニコしている夏野。

 黙って返事をしない夏野の答えは一目瞭然だ。

 グググと歯を食いしばってみたが、どうもダメそうだ。諦めた月夜はガックシと(こうべ)()れた。


 ぐずぐずと肩を落としている月夜に冬草が質問してきた。

「前からだけど、なんで月夜は空にだけ甘いんだ? 基本的に空の言うことを断らないだろ」

「なんだ、そんな事か……」

 ふうと息を出した月夜は机に両肘をつき、組んだ手の上に顎を載せる。

 これって、ひょっとして!? 聞いていた夏野は胸をドキドキさせる。ずっとわたしの事を意識していたのかな…淡い期待を込めて月夜の言葉を待っていた。

 息を殺した部員たちが月夜に注目する。皆、薄々気がついていたことを冬草が聞いてきたのだ。当然、りっぱな答えがあると確信していた。

 彼女らを見渡しながら月夜は口を開いた。

「いいかね? 君たちはさまざまな理由により(なか)ば強制的に地底探検部に入った……。ここまで言えばわかるだろう。この部を発足して以来、唯一自主的に入部してきたのは空君だけなのだ! そんな貴重でありがたい存在の空君を無下(むげ)にできるわけがない! 私には無理だ! わかったかね!」

「お、おう…」

 力説する月夜だが、思ったより浅い理由に冬草は呆れて返事をした。

 ちなみに夏野はずっこけていた。

 倉井 最中(くらいもなか)は、そういえば自分が来たときには月夜先輩と空ちゃんだけだったなと思い返していた。

 いつも騒がしいけど二人がいてくれて良かったと、倉井は出会った頃を思い浮かべてクスクスと笑いをかみ殺す。


 そこに秋風が手を上げる。

「私も自主的だけど?」

「紅葉は雪がいるからだろ! 雪と一緒ならどの部でもいいはずだ。そんなものは自主的とは言わない!」

「まあそうね」

 あっさり認める秋風。確かに誰がどう見ても秋風は冬草目当てで入部してきたから当たり前だ。

「それに比べて見ろ空君を! 純粋に地底探検というロマンを求めてきたのだ! 私と探検趣味が合う空君は(まさ)に部員に相応しい人物なのだぁああああ!!!」

 拳を握った月夜が立ち上がり再び力説する。

 ベタ褒めされた夏野はみどり先生の後ろに逃げた。

 そう、夏野も秋風と大差ない動機で入部したからだ。月夜を慕って入っただけなのでなんとも恥ずかしい。

 後付けでいろいろと洞窟や地下街などを調べたが、それもこれも月夜に近づくため。不純すぎる理由に合わせる顔ながく隠れる夏野。

 そんなことに気がつかない月夜は続ける。

「将来有望な空君はりっぱな部長となって皆を導くにちがいない! そうだろ空君! ……なぜ、ミドリちゃんの後ろで縮こまっているのかね空君?」

 夏野のいたところへ目を向けた月夜は、今になって本人が隠れていることに気がついた。

 視線を受けた夏野はエヘヘと愛想笑いで誤魔化す。

 何故? 首を傾けた月夜。なにか不味いことを言ってしまったのだろうか……月夜の眉間に(しわ)が寄る。

 なんともいえない空気に焦れた春木が強引に発言してきた。

「もういいから! 空のことは後でやって! それよりも東京だよ! 東京! だれか詳しい人っているの?」

「うむ。それなら雪がうってつけだ。なぜなら東京で暮らしていた本物の都会っ子だからな」

 月夜の答えに春木と吹田が目を輝かせて冬草に顔を向ける。

 部員じゃないお前らがなんで積極的なんだとツッコミたいところだが、期待された視線に思わず後ろを向く冬草。


「雪センパイ! お願いしまーーす!」

「わぁ〜〜! 東京に住んでいた方が身近にいるなんて奇跡みたいです! ぜひお話を聞かせてください!」

 春木と吹田のコンビが冬草にたたみ掛ける。

 タジタジになった冬草は「お、おう」と短く反応して、二人に向き合った。

 仕方なしに聞きたいことのリクエストを(つの)り、答えていく。そこに便乗した海や倉井たちもあれこれ聞いてくる。

 人と接する姿にキュンキュンきた秋風は、冬草の腕に抱きつき肩に頭を載せた。

 なんとか危機の去った夏野はその輪にしれっと入っていった。ついでに月夜も。

 みどり先生はそんな部員たちを見て笑っていた。


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