127話 続けてるってスゴイ!
岡山みどりの自宅へ無事に引越を完了させた岩手 紫。
すっかり片付けを終え、休みをとる二人。
荷物持ちに地底探検部の部員たちを呼ぶことも考えたが、あの人数がこの狭い部屋で動き回ることを想像して止めた。
絶対にグチャグチャになる…みどりは妙に確信していた。
とにかく、予定よりも早めに作業を終えたことを喜んだみどり。隣に座る岩手にしなだれて甘えるように寄りかかった。
そんなみどりに口元を少しゆるめた岩手が布を取り出していた。
岩手によって広げられた布の切れ端をながめながらぼんやりとみどりは考える。
そういえば、引越のときにミシンやクラフト用の布、飾りなどハンドメイドに必要な道具が多かったなと。
視線を感じた岩手が聞いてくる。
「みどりは手芸やめたの?」
「そう…ね、学校の教師になってから忙しくて、な、なかなか手をつけようって気が起きなくて……」
ややしどろもどろに言い訳するみどり。本当は面倒になっただけだ。
大学時代は、なんとなく入ったサークルで岩手に一目惚れして、会いたさ一心で通っていたのが実情だった。
けっして嫌いではないが、元来なまけものな性分が手芸から遠ざかっていたからだ。
まるで見透かしたように冷えた目の岩手。
「嘘でしょ?」
「え、えっと、そんな目で見ないでほしいんですけど、せんぱ…むぐぅ」
キスで口をふさがれたみどり。まばたきを繰り返して驚いていたみどりだったが、すぐに目を閉じ身を任せた。
たっぷり五分して離れた岩手がいたずらな顔をする。
「また“先輩”って言ったらするから」
「ん。わかった……」
息をはずませて上気したみどり。二人のときは名前で呼び合うのが決まりなのを思い出す。
だが、今のキスで体の火照りを感じたみどりは眼鏡をそっとテーブルに置いた。
不意な行動に岩手が聞いてくる。
「どうしたのみどり?」
「もう無理! がまんできない!」
岩手を押し倒したみどりが上に乗った──
シャワーを浴びた二人は部屋着に着替えてリビングにいた。
熱いココアが入ったカップを手に、みどりは自己嫌悪に落ちていた。
欲望にすぐ負けてしまい、相手を求めてしまう。これでは学生とかわらない。もう少し理性があればとみどりは思った。
ふと夏野 空の顔が浮かぶ。
そういえば夏野さんもむっつりだった事を思い出し、同レベルかとガックリ肩を落とした。
ココアの蒸気で曇った眼鏡。
前が見えないのを気にせず、みどりは熱い内にとカップに口をつけてすすった。
そんなみどりとは対照的に腰の軽い岩手は鼻歌しながら台所に立ち、フライパンを振っている。
「はい! カリカリトースト!」
細く切った食パンをバターや砂糖を加えて炒めた、カリカリにしたおやつを皿に盛って差し出す。
きつね色に焼けたパンをつまんでポリポリ食べるみどり。
「おいしい!」
幸せそうなみどりの顔に岩手は目を細めて喜んだ。
やっぱり何か食べてるときのみどりの顔が一番素敵だなと岩手は思う。幸せそうな表情に、自分もつられてしまうから。
しかし、二、三本を頬張ったところで指が止まったみどり。先ほどまで明るかった顔に影が差す。
「紫って何でもできるのに、よく考えたら私、食べてばっかり……。幻滅するよね。これじゃあ……」
急に情緒不安定になったみどりに慌てた岩手が抱きしめる。
「どうしたの一体!? せっかく引越した初日なのに」
「ごめんなさい。順調すぎて怖くなってきて……私でいいのかなって思ったら不安で」
いままでは泊まりに来たり、行ったりだったので自分の粗い部分に気がつかなかったかもしれない。でも、これから自分の醜い部分が見られたとき、幻滅されるかもとみどりは憂慮していたのだ。
優しく微笑む岩手は、みどりのおでこに自分のを重ねる。
「大丈夫。私はどんなみどりも好きだから。それに、これからもっと幸せになるからね。二人でなら怖くないよ」
温かい言葉にみどりは愛を感じて身が震える。
「だいたい告白してきたのはあなたの方が先だからね? ちゃんと責任とって。ね?」
さらにたたみ掛けてくる岩手。茶化した言い方に吹き出すみどり。
……この人を好きになって良かった。
じわじわと身が熱くなってきたみどりは静かに眼鏡を置いた。
「ん?」
みどりの行動に首をかしげた岩手。
ぐわっとみどりが声を出す間もなく岩手を押し倒し、上になる。
ふたたび二人は体を重ねるのだった──
またやってしまった……
シャワーを浴びたみどりはリビングで頭を抱えて反省していた。
後から出てきた岩手は、ジャスミン茶の入ったポットを冷蔵庫から取り出しているところだ。
みどりの前にグラスを置くとジャスミン茶を注ぐ。
「どうしたの? 落ち込むことした?」
隣に座り、自分のグラスに注ぎながら岩手が聞いてくる。
「じゃなくて。つい衝動的に押し倒すのが子供じみてて……」
言い訳じみたみどりの言葉に岩手は笑う。普通なら押し倒された方が何かあるのに、まったく逆だ。
気落ちしているみどりを抱き寄せると耳の後ろにキスをする。
「いいじゃない。気分転換に二人で何か作ろうよ」
体を離した岩手は布の切れ端や型紙を取り出す。見ていたみどりも手伝い始める。
「久しぶりだなー」
「練習がてらにトートバッグでも作ろうか?」
「そうね」
二人は笑い合うと帆布に手を伸ばして広げた。
あれこれと岩手が助けながら作り始める。
手を動かしていくと昔が思い出されて懐かしい気分になったみどり。相変わらず綺麗だなと恋人について思った。
「紫は凄いね。ずっと続けてて」
「ふふっ。だってハンドクラフトでみどりと出会ったから。続けてればいつかまた会えるかと思ってた。まさか同じ高校に赴任してくるなんて奇跡みたい」
「確かに」
ハハハとみどりは笑う。まさか同じ教員を志していたなんて、学校で顔を見るまで知らなかったのだ。
淡い片想いの記憶に心残りを胸にしまっていたことを思い出す。
……もし、私と再び出会わなければ紫はどうしていたのだろうか? 私はずっと先輩の影を探して、ひとりのままだったのだろうか?
岩手の“奇跡”の言葉にみどりはふと思いをはせた。
おせっかいな部員たちの一押しがあったとはいえ、こうして同棲するまでになったのだ。
この先もずっとずっと二人でいられたらと胸が高まるみどり。上目づかいで岩手を顔を見ると不思議そうに口元をゆるめている。
すっと眼鏡をテーブルに置いた。
「また!?」
さすがに三度目で、何をするのかわかった岩手は呆れた声を出す。
優しく押し倒された岩手は、微笑みながら両手を伸ばしてみどりを迎え入れた。