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126話 本を読もう!

 葵家(あおいけ)に泊まっている倉井 最中(くらいもなか)はパタンと本を閉じると立ち上がった。

 ちょうど葵 海(あおいうみ)の部屋でくつろいでいた所だった。

 隣でスマホを見ていた海が顔を上げる。

「読み終わったの?」

「うん。返しにいってくる」

 本を胸に抱いて嬉しそうに(うなず)く倉井。

 そのまま部屋の(ふすま)を開け、板張りの廊下を挟んだ反対側へ出ると再び現れた襖に声をかける。

月夜(つきよ)先輩いますか?」

「そんな人はいないが、お姉ちゃんならいるよ」

 海の姉、葵 月夜(あおいつきよ)本人の返事が聞こえた。この間から月夜は倉井に“お姉ちゃん”と呼んで欲しいようで、ことあるごとに言ってくる。

 クスクスと笑いながら倉井は襖を開けて中へ入った。

 ちょうどそこでは月夜が爪に透明なマニキュアを塗っているところで、化粧道具を畳の上に並べていた。

「どうしたんだね?」

「借りた本を読み終えたので」

 ニコニコと本を見せると部屋の奥にある本棚に向かい、隙間へ戻す。

 そこにマニキュアを乾かす手をヒラヒラさせながら月夜が聞いてくる。

「ところで『月世界へ行く』はどうだったかね?」

「面白かった。でも、古い小説だから記述が難しかったかな」

「そうかー。もう少し似たような小説を読めば雰囲気をつかめると思うがしかたない。何か気になる本はあるのかい?」

「うん」

 すでに次に読むのを決めているようで、一冊の本を棚から抜き出す。

「これ。『海底二万○イル』」

「あいかわらずチョイスが渋いな最中君」

 嬉しそうに本を見せる倉井に月夜が微笑む。

 数ある蔵書の中から古典を選ぶあたり、なかなか通な振る舞いだ。きっとタイトルに目が刺さったのかもしれない。

 ありがとうと言葉を残して月夜の部屋から軽い足取りで倉井は出て行った。


 海の部屋へ戻った倉井は、スマホを眺めている彼女の横に腰を降ろした。

「新しいの借りたの?」

「うん。これ」

 顔を上げて聞く海に照れながら本の表紙を見せる倉井。

 聞いたことも無い題名に古そうな本。海は顔をしかめた。

「知らない本だなぁ。前に借りたのと似ている気がする」

「ふふっ。確かにそうかも」

 微笑む倉井に頬を染めた海が視線をそらす。あまりにも可愛すぎて海には直視できなかった。

 その様子に機嫌を悪くしたかもと、勘違いした倉井が慌てて付け足す。

「で、でも、わたしあまり本を読んでなかったから、いろんな種類を試してみたくて」

「ふーん、そうなんだ。やっぱり地底にいたから?」

「うん。わたしたちは地底をあちこち移動してたから、かさばる本は荷物になるから少ししか持てなくて。それで、たまに出会う人と交換して新しい本を読んでたんだ」

「楽しそうだと思ってたけど、地底ならではのことがあって大変だね」

()れれば平気」

 苦笑する倉井に海は自分の部屋を見渡した。本棚には参考書や辞書が並び、ほとんど小説などは置かれていない。

 ……だから姉によく本を借りていたのかと海は思った。


 そうだ! ひらめいた海は倉井にスマホを見せる。

「ねえ、小説とかならスマホで読めるよ。これなら気軽じゃない?」

「そういうのできるんだ」

 スマホをあまり活用していない倉井は、ずいぶん便利な機能があるんだなと感心している。

「ちょっと待って! もっといいのがあった!」

 何かを思い出したのか、海は立ち上がると向かいの姉の部屋へ飛び込んだ。

『おわっ!? どうしたんだね海。お姉ちゃんはビックリしたぞ』

『お姉ちゃんタブレットは?』

『それなら机の上にあるが……』

『サンキュー! 借りとくね!』

『もう戻るのか? せっかくだからお姉ちゃんと朝までお話しようよ』

『ちょっと!? 足にしがみつくな〜〜!!! あーーうざっ!』

『いいだろ? ちょっとぐらい姉妹で語り合おうよーー』

『嫌だし、離して〜〜!!!』

 まる聞こえというか、開けっ放しの(ふすま)からモロ見えの様子に、倉井は口に手を当ててクスクスと笑っていた。


 なんとか姉を引き()がして自室に戻った海。汗をぬぐうその手にはタブレットが握られている。

「ごめん! ちょっとバタバタしちゃって」

「ううん。見えてたから……」

 倉井に言われてハッとなった海は顔を赤くした。今度からちゃんと(ふすま)は閉めよう! 心に誓う。

 気を取り直した海は倉井をベッドに誘い、二人の間にタブレットを置いた。

「これだったら最中が好きな本がいつでも読めるよ」

「これで?」

「そう。わたし、いつもスマホで小説とかを読んでるんだ。それで最中だったら大きい画面の方がいいと思って」

「でも、これは月夜先輩のものでしょ? 勝手に使うのはダメだよ」

 困り顔の倉井は海をたしなめる。フフと笑った海は続けた。

「ごめん、説明してなかったね。このタブレットはお父さんのなんだ。お姉ちゃんがいつも持ち出しているから勘違いするよね? だから安心して使って。お父さんは特に何も言わないし」

「そ、そうなんだ。それでも差し置いて使うのはちょっと……」

 申し訳ない気持ちで遠慮する倉井に、押しつけがましかったかなと海は苦笑する。

 スマホを持って立ち上がった海は再び姉の部屋へと飛んでいき、タブレットを返すと急いで戻ってくる。

 ちなみに先ほどの決意はどこへいったのか襖は開けっ放しだ。


 ベッドにいる倉井に自分のスマホを出してもらうと海も取り出す。

「それじゃあ、最中のスマホで読めるようにしようか」

「うん」

 嬉しそうに(うなず)く倉井に海が教え始める。

 無料で読めるアプリやサイト、電子書籍などを紹介して必要なものを入れていく。

 漫画もあると知った倉井はさらに喜ぶ。そう、葵家には漫画雑誌類が少ない。あったとしても昭和時代の漫画が多く、どれも倉井には敷居が高そうに見えていた。

 最初からこうすればよかったと海は楽しそうな倉井に手順を示し、相手にわかるように解説していく。

 スマホの小さな画面を海と倉井が肩を並べて見ている。

 互いの頬が触れそうなくらいの距離。海の匂いと体温を感じた倉井は頬を染めた。

 画面を見つめながら説明する海の息づかいを感じると、意識してしまってどんどん心臓が早くなる。

 ドキドキする胸をなだめつつ、海の顔を見ると目が合う。それだけで倉井の頭が真っ白になる。

 言葉も無く見つめ合う二人……

 どちらともなく互いの唇が吸い寄せられていく──


「お姉ちゃんも仲良くさせてくれよ〜〜! 妹たちよ〜〜!」

 そこに月夜が乱入してきた! どうやら、かまってくれない妹にしびれを切らして来たようだ。

 慌てて離れた海と倉井の顔は真っ赤だ。

「おや? どうして二人はそんなに離れて正座しているんだい?」

 あまりに不自然な海と倉井の姿に月夜が頭をかたむける。

「うっさいバカ姉貴! なんでいいとこ…も、最中に説明してたのに邪魔してぇええ!!!」

「なぜだ!?」

 逆上した海が真っ赤な顔を誤魔化すように姉の背中をポカポカ叩く。

 倉井は赤い顔を隠すように両手を当てて恥ずかしがっていた。

 いつもならすぐに部屋を追い出されている月夜だったが、先ほどのことを思い出した海と倉井に引き留められて三人一緒にすごした。

 互いに意識している海と倉井はギクシャクして二人でいることが恥ずかしかったのだ。

 うまい具合に月夜が緩衝材のようになって海と倉井はいつしか自然と笑えるようになっていた。


 翌日の夜。

 部屋でフェイスパックをしていた月夜の元に妹の海がやってきた。

「お姉ちゃん…最中って何の本を借りてたの?」

「おや? とうとう我が妹もお姉ちゃんの趣味に興味を持ったのかな?」

「ち、ちち違うから! お姉ちゃんはどーでもいいの! ほら、早く教えてよ!」

 プリプリする海に苦笑した月夜は、本棚から倉井が借りていた一冊を抜き出し差し出す。

「これだよ。訳者が昔の人だから言葉遣いや言い回しが古いけど、それが味になっていい感じだよ」

「ふ~ん?」

 あいまいな返事をしながら海は受け取る。

 しげしげと表紙を観察して、これがそうなのかと海は思ったよりも厚い本に関心していた。

「ありがと! じゃあね!」

 微笑んだ海は素早く姉の部屋から出ていく。

「ああっ!? 待ってくれ! もう少しお姉ちゃんとお話しようよ~~!」

 フェイスパックのまま妹に迫った月夜は、目の前でピシャリと襖を閉められ涙を飲んだ。


 自分の部屋に戻った海はスマホで漫画を読んでいる倉井の隣に座った。

「借りてきちゃった」

 海が本の表紙を見せると倉井は目を細めて微笑む。照れた海は視線をそらした。

 心地よい空気の中、触れ合う肩が温かさを伝える。二人は寄り添って静かに読書を始めた。

 まもなく、()りない姉の襲撃があることを知らずに。


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