125話 好かれてるじゃん!
夜──
自宅のベッドに寝転びながら夏野 空は幼馴染みで親友の春木 桜とL○NEをしていた。
吹奏楽部の一員である春木に後輩ができてから最近は学校以外で会う時間が無くなっていた。
その前に夏野が先輩の葵 月夜に夢中になりはじめてから、少しずつ二人の距離が遠くなっていたのもある。
それでも教室では一緒だし、こうしてL○NEや電話でも本音で話せるのは今まで通りだ。
ちょうどこの日は春木の後輩、吹田 奏の話題が出ていた。
春木の話しをまとめると、ここの所、吹田は学校のない日も春木と会っているという。
どおりで自分と遊ぶ暇がないのだなと夏野は思った。
二人は主に新しい楽器について探求をしているようだ。
そういえば、月夜先輩が喫茶店に二人が訪れたと話していたのを思い出す。そこでも春木と吹田は楽器についてあれこれ話していたらしい。
あんなに飽きっぽい春木がひとつの事に打ち込むなんて……人間って成長するものだなと夏野は感心していた。
そこで夏野は気がついた。
春木と吹田はずっと楽器の話ししかしていない……。
ひょっとして他に話題がないのか? 夏野は疑問をすぐに春木にぶつける。
返ってきた春木の返事は──
そういえば、そうかもしれないとの事。
共通の話題がひとつきりしかないのを危惧した夏野は春木に提案した。
今度、二人で出かけたときは楽器以外の話題で盛り上がろう! と。
□
地元の深原市から離れたターミナル駅。
改札口で待ち合わせしていた春木は、遅れてきた吹田と合流すると商店街へと足を向けた。
「動き出しましたよ」
「うむ。しかし、私が出向く必要はあるのかい?」
「当たり前ですよ! 月夜先輩も心配でしょ? 桜が上手くいくかかかってるんですから!」
「あまり心配はしていないんだが……」
春木たちから少し離れた売店の横で、夏野と月夜はこそこそと隠れて様子をうかがっていた。
どういうわけか友人を心配する夏野に無理矢理付き合わされた月夜は来たことを後悔し始めていた。
それもこれも、ご飯をおごりますからと夏野に誘われ喜んでついてきたのが原因だ。
早く美味しいものが食べたい……すでに月夜の頭にはステーキフルコースが浮かんでいた。
商店街を歩く春木と吹田は通り沿いにある雑貨店に入ってく。
夏野たちは見つからないように、店の外で立てかけ看板の裏に隠れて監視していた。
「会話、弾んでるかな?」
「店内の様子がわからないからなぁ。いろいろな商品があるから話題には事欠かないだろうから、たぶん大丈夫だと思うが……」
顔だけ出した夏野の頭の上に月夜も顔を出し、雑貨店の入り口を見つめる。
体を密着させてるおかげで、月夜の大きな胸が夏野の背中に押しつけられている。
確かな弾力と柔らかさを兼ね備えた圧力を薄いシャツ越しに感じて、夏野は背中に全神経を集中させる。
しかも、月夜から漂ういい匂いが鼻をくすぐる。
やばい! なんだかとってもいい! 密かに夏野は興奮していた。
「空君。空君?」
「はっつ!? な、なんですか?」
「どうやら二人は店を出たようだが」
胸の感触に夢中になっていた夏野が慌てて視線を雑貨店へ戻す。
そこには月夜が指摘したように、春木たちが店で何か買ったようで袋を下げて出ていた所だった。
名残惜しいが渋々夏野は月夜から離れ、友人たちを追い始める。
楽しそうに話しながら二人が向かった先は、最近できたタピオカドリンクのお店のようだ。
お店の前には多くはないが行列ができている。地方だと都市部で流行ったモノが遅れてやってくる。まだ同じ流行り物がくればいいが、中には売れないと思われて来ないのもあるからままならない。
「お! あんなところに都会で有名なタピオカ屋があるとは!」
「わたしテレビで見ましたよ! 今よりもすっごい行列できてました!」
思わぬ発見にはしゃぐ月夜と夏野。
行列に並ぶ春木たちの後ろにまぎれ込む月夜たち。だいぶ後ろにいるので見つからないはずだ。
初めて見た本物に話しが弾む月夜たち。メニューを見ながら味を予想している。
そうしているうちに購入した春木と吹田は、プラカップを片手に持ちながら商店街を進む。
夏野たちも太いストローでズズズーと中身を吸いながら、見つからないようについていった。
春木と吹田は路地裏へ向かい商店街から離れていく。
一本外れた道の先には公園が見える。
二人は公園に入ると近くのベンチに座って休むようだ。
夏野たちは、春木たちからやや離れた後方にある自販機に隠れて見張る。
ここでも楽しそうに会話している二人に、夏野は心配は杞憂だったかなと思い始めた。
タピオカドリンクを飲み終えた月夜が近くにあったゴミ箱へ空のカップを捨てる。
「不思議な食感だったが、なかなか旨かった。空君はどうだった?」
「おいしかったですよー。あの二人、順調そうですね」
「うむ。駅で出会ってからずっとしゃべっているようだ。むしろよく続くものだと感心してしまうな」
「ははは。確かに」
笑う夏野。思い出せば二人は笑顔で話し続けている。気がついていないが夏野と月夜も同じようにしゃべりっぱなしだった。
少し休んだ春木と吹田は、再び商店街へと向かうようだ。
バレないように夏野たちも隠れながら後をつけていく。
夏野と月夜の尾行に全然気がつかない春木たちはカラオケ店へと入っていく。
「今度はカラオケか。こんなことなら雪を連れてくればよかった」
「それって迷惑かけてますよね?」
自分のことは棚に上げて夏野は冬草 雪を道連れにしようとしてる月夜に呆れる。
そもそも冬草には彼女がいるのに。嫉妬深い秋風 紅葉を差し置いて誘えば一悶着ありそうだ。
それでも呼べば冬草は来そうだなと夏野は背中に冷たい汗を流した。
外で見張っていても暇なので月夜たちも同じカラオケ店へと入っていく。
とりあえず一時間の部屋代を払い、指定された部屋へと向かった。
春木たちはどこにいるのかと他の部屋を覗きながら進む。
すると、指定された自分たちの隣の部屋で熱唱している吹田にタンバリンを陽気に振っている春木の姿があった。
「もう夢中のようだな」
「これなら、しばらくいそうですね」
発見した月夜たちは安心して自分たちの部屋へと入っていった。
気がついたときには隣の部屋はもぬけの殻だった。
焦った夏野たちは慌ててカラオケ店の外へ飛び出したが、もはや春木たちの姿は見当たらない。商店街を行きゆく人々を呆然と眺めていた。
がっくりと肩を落とした夏野に月夜が頭をなでる。
「いなくなったのは仕方ない。ここからは我々で楽しもうじゃないか」
「うう……。そうですね……」
そう。カラオケで盛り上がった二人は、春木たちのことをすっかり忘れて時間を延長してしまったのだ。
おかげで嬉しいひとときを過ごせたが、肝心な人間を見失ってしまった。
春木にはL○NEで夜にでも聞こうと決めた夏野は気持ちを切り替えた。
「よし! ご飯を食べに行きましょう!」
「うむ! おごりだから楽しみだ!」
二人は商店街の人混みへとまぎれて行った。
ちなみにステーキフルコースは夏野に駄目出しされていた。
夜──
自宅へ戻った夏野は夕食をとった後、風呂上がりにさっそくL○NEで春木と連絡を取る。
吹田との会話の話題について聞いてみると、どうやら楽器以外のこともでたようだ。
なんでも吹田は相当のお爺ちゃん子で、両親よりも可愛がられて育てられているらしい。おかげで昭和の話題に強いようで、春木にはわからないドラマや歌謡曲をよく知っている。
そんなわけで昭和の流行り物を教えてもらっていたようだ。
安心した夏野はお休みと伝えL○NEを終えるとベッドにごろんと横になった。
これで後輩とも楽器以外の共通の話題ができたと目を閉じて微笑む。
しかし次の瞬間、目をカッと開き、ガバッと身を起こした。
……よく考えたら、お爺ちゃんの話題しかしてないよ〜。
結局、吹田のお爺ちゃんについて詳しくなっただけだ。これでは吹田の身の上についてほとんど知らないと一緒だ。
再び目を閉じた夏野は、急に疲れてボスッとベッドに横になった。
余計なお世話かもしれないが、春木はそれでいいのだろうか? L○NEでは楽しそうなアイコンが並んでいたからいいか。
商店街で楽しそうな春木と吹田の姿を思い浮かべ、本人が満足してるならと無理矢理納得する夏野。
それでも…月夜先輩と一緒にいれたから嬉しかったな。夏野は二人で巡ったさまざまな場所を思い出していた。
友人にかまけていて、デートしていた事実に気がつかない夏野だった。