124話 命の水だ!
地底探検部の部員たちはこの日、地元から四つ目にある駅に来ていた。
無人駅の前はガランとして見通しが良く、建物がひとつも無い。
舗装された道路以外は雑草が緑で地面を覆っている。湿り気を帯びはじめた風が肌をしっとりさせていた。
こんなところに何かあったっけ? 同行していた顧問の岡山みどり先生は首をかしげる。
迷彩柄に身を統一した部長である夏野 空は、葵 月夜をはじめとした部員たちを見渡し、全員いるのを確認すると口を開いた。
「ここからしばらく歩いた先に廃棄されたトンネルがあります! 今日はそこを探検したいと思いまーす!」
そこにジャージ姿でリュックを背負った月夜が手を上げ質問する。
「私はそのトンネルの存在を知らなかったのだが、どこで空君は見つけたのかい?」
「実は、ウエディングドレスで検索したり式場の地図を探しているうちに発見したんです。乗ってきた電車の路線の先に分岐があって、そこにトンネルがあるんです」
「分岐?」
「そうなんです。どうやら廃線のようで地図には記載されていないんです。だからマップの航空写真を拡大して見つけました」
「なるほど」
納得した月夜がウンウンと首を縦に振っている。
いや、なんでウエディングドレスからトンネルになるんだ? 黒ずくめな冬草 雪が胸の内でツッコミを入れた。
ひょっとして前にあたいらが結婚話になったことと関係あるのかと、冬草は隣にいる薄い水色のワンピースを着た秋風 紅葉を見た。
気がついた秋風はニッコリと微笑みで返し、冬草の腕に抱きつく。どう考えても探検というより、デートする格好だ。
そんな冬草たちを無視した夏野が先導して歩き始めた。
「こんなところあったんだ……」
まわりの景色をキョロキョロ見ながら葵 海が独りごちる。
それを聞いた倉井 最中が尋ねてきた。
「海さん初めて来たの?」
「うん。というか、ここの駅に降りたのも初めて」
「ふふっ、わたしも。海さんと同じで嬉しい!」
「う、うん」
無邪気に笑う倉井に頬を染めた海が頷く。
楽しそうな妹たちの会話に加わろうとする月夜だったが、夏野がジャージの袖を引っ張って引き離した。
その様子を見ていたみどり先生は口に手を当てて笑っていた。
赤く錆びたレールや朽ちた枕木を隠すように草が覆っている。その上を夏野たちは進んで行く。
鳥が高い声で鳴きながら夏野たちの頭上を飛んでいる。
ちょうどレールが敷かれている部分を挟むように背の低い木々がまばらに生えている。その中を一行はのんびりと通っていった。
しばらく進むと小高い丘が見え、その下に煉瓦で作られた大きなトンネルが暗い口を開けていた。
「あった! あれです! なんか凄いですね!」
「いや、空君。かなり不気味なんだが……」
やっとトンネルを発見してはしゃぐ夏野に冷や汗をかいた月夜。
トンネルの入り口まで来ると部員たちは足を止めて先を見た。
遠くからの印象と違って、薄暗く続く中に向こう側の景色が明るく浮かび上がっている。まるで電気をつけ忘れた暗い部屋でテレビだけが点いていて、映像の白い光りを投げかけているようだ。
意外なトンネルの短さに恐がりな月夜はホッとしていた。
よく見ると煉瓦がびっしりと並びトンネルを支えている。ずいぶん昔に作られたもののようだ。
トンネル内ではむき出しのレールがいくつも歪みながら先に続いていた。
腕を組んだ月夜が夏野に聞く。
「この先へ行くのかい?」
「せっかくだからトンネルを抜けたところまで見ましょうよ」
明るく笑う夏野は嫌そうな月夜の背中を押して進み始める。
その後を部員たちが続いていく。恐がりな冬草は今までとは逆に秋風の腕に抱きついていた。
陽の当たらないじめじめとしたトンネルの中、出口が視界の内にあることで不安はやわらいでいる。
海と倉井は朽ちた壁のはがれ落ちた煉瓦跡を観察しながら楽しそうに感想を言い合っていた。
みどり先生は前の地下道で出会ったお爺さんのことを思い浮かべ、何も出ませんようにと胸の内で祈っている。この中で一番怖がっているのはみどり先生なのかもしれない。
やがて一行は何事も無くトンネルの反対側へとたどり着いた。
「わぁあ~~~~! すごい景色!」
「うむ。こんなところがあるとは……」
辺り一面に鮮やかな赤や黄色の花が敷き詰められたように咲き誇る景色が目に飛び込み、夏野と月夜が声を上げる。
遅れてやって来た倉井や海たちも目の前に広がる光景に感動していた。
誰も踏み込まれていない花の楽園。部員たちはトンネルの出口に立ち止まって美しい色合いを眺めていた。
やがて夏野が一歩足を伸ばして入っていく。もちろん月夜を引っ張って。
明るい花の咲き誇る草原に立つと、ビックリしたバッタがあちこちへ飛び跳ね、白や黄色の小さなチョウチョがふわりふわりと漂う。
「ヒッ!?」
バッタにびびった月夜が夏野に抱きつく。夏野はナイスバッタ! とほくそ笑んでいた。
先ほどまで薄く存在を示していたレールや枕木はすっかり見えなくなっていた。線路の跡を想像しながら視線で先を見るが、山へと続いていくようで不確かだ。
きっとここを進んでも何も無さそうだなと夏野は思った。とりあえずトンネルを通ったので、今日の部活の目的は達成だ。
すこしは部長っぽいかなと、抱きついて目を閉じている月夜を見る夏野。前部長はそれどころではないようだ。
苦笑した夏野はギュッと月夜を強く抱きしめた。
月夜がなんとか落ち着いた頃、冬草に声をかけらる。
「空~~、腹が減ったんだけど飯屋は近くにあんのか?」
「へ!?」
きょとんとする夏野。そういえば、すっかり午後の日差しになっている。それまで何も食べていないことに気がついた。
次の瞬間、夏野は青ざめる。
「わ、忘れてました……」
「まじかよ!? どうすんだ? 駅前には何もなかったぞ」
驚いた冬草がマジマジと夏野を見る。タハハと愛想笑いで夏野は誤魔化していた。
「と、とりあえず駅に戻りましょう」
「いや、少し待ってもらおう。私がいくつか持ち合わせがあるから、休憩していこう」
そこに月夜が入ってきた。自慢げにリュックを掲げている。
「わぁ~~~! さすが月夜先輩~~!!!」
「ふふふ」
両手を合わせた夏野が感激して目をキラキラさせる。
余裕を見せながら月夜はリュックからレジャーシートを取り出し、適当な所に広げた。
「私もギャルの一員だからな。お化粧道具にお菓子は常に携帯しているわけだよ。ふふふ」
「ジャージギャルかよ!?」
冬草がツッコミを入れて、秋風がクスクスと笑う。
そうしてリュックを中央に置き、その回りに月夜たちが座る。ちゃっかりみどり先生も座っていた。
妹の海と倉井がいないことに気がついた月夜が辺りを見回すと、少し離れた所で二人が並んでしゃがんでるのを発見した。
「ちょっと呼んでこよう」
月夜は立ち上がると妹たちの方へと向かった。
空腹で我慢できない冬草はリュックを漁り始めた。こういう遠慮無いところが不良っぽいよな、と夏野は思った。
リュックの中から出てきたのは、ぶ厚いビスケットにふがし、豆菓子やえびせん。ギャルというよりお婆ちゃんが好みそうな顔ぶれだ。
適当にお菓子を秋風たちに配り、さっそくビスケットにかぶりつく冬草。
このままでは無くなる! 焦った夏野はこの場にいない月夜たち、三人の分を確保した。
妹たちに近づいた月夜が声をかける。
「海に最中君! お姉ちゃんがお菓子を持ってきたから一緒に食べよう!」
気がついた二人が立ち上がり、振り向いた。倉井が胸のあたりで両手を包んでいるのに気がついた月夜。
「早い者勝ちだから急いで戻らいないと! うん? 最中君、何か持っているのかい?」
「これ…」
そう言うと倉井は握った手を月夜に差し出した。
目の前に現れたのは、厳つい顔をしたバッタ。思わず月夜はのけぞる。
「ひっ!? な、なななんだねこれは!?」
「トノサマバッタだよ。大きいのを見つけたから捕まえたの」
ギギギと顔を傾けるバッタに恐怖した月夜は後ずさった。
しかし、倉井は笑顔でぐいぐいとバッタを近づけてくる。
「意外とかわいいですよ月夜先輩。よく見て」
「わ、わかった! か、かわいいから、これ以上近づけさせないでくれ!」
青ざめた月夜が倉井から離れようと逃げ始めた。
「あっ! 大丈夫だから! 噛みませんよ?」
「も、最中君〜〜。わざとなのかぁあああ〜〜〜」
追いかける倉井に必死に逃げる月夜。昆虫が嫌いなのを知ってるはずなのに…相手の親切心が意地悪に思えてしかたない月夜。
一方、もっとバッタをよく見て欲しい倉井。すっかり月夜の嫌いなモノを忘れている。
嚙み合わない二人の追いかけっこを見ながらクスクス笑って、海は夏野たちの方へ向かった。
「ウグゥッ!!!!!」
そのとき、ちょうど冬草がビスケットを喉に詰まらせ倒れ込んだ。両手を首に当て苦悶の表情で苦しむ。
「雪!? しっかりして!」
慌てた秋風が冬草を介抱して背中を叩いた。
「み、み……ず………」
辛うじて発した言葉を聞き、焦るみどり先生がアタフタと自分の持っていたペットボトルを差し出した。
受け取った秋風が素早く冬草に飲ませる。
むせながらもゴクゴクと飲み込んだ冬草は一息ついた。
「ぷはぁああああ!!! 死ぬかと思った!」
「バカッ!! すごく心配した!!」
口元をぬぐった冬草に秋風が抱きついてきた。ギュッと回した手に力がこもる。
冬草は大げさな秋風に苦笑しながら頭をなでた。
「悪い。心配かけて」
元に戻った冬草に、みどり先生たちはホッとして抱き合う二人を見ていた。
そこに夏野が聞いてくる。
「一体何があったんですか雪先輩?」
「……ビスケット」
嫌そうに顔をしかめながら冬草が続ける。
「あのビスケットをほおばって食べてたら、口の中の水分がなくなっちまったんだよ。飲み込もうと思ってもなかなか喉を通らねえから焦ったよ」
「あーなるほど」
納得した夏野は大きく頷く。確かにビスケットを食べると口の中がパサパサになる。まして、冬草みたいにがっついて頬張れば水分はカラッカラだ。
そう思って月夜の持ってきたお菓子を再び眺める。……どれも口の水分を取りそうだ。大丈夫そうなのは豆菓子ぐらいかも。
はたと気がついた夏野が部員たちに確認する。
「誰か水筒とかペットボトルとか持ってます?」
しーんと静まり返った中、全員の目が冬草の手にあるペットボトルに注がれる。先ほどがぶ飲みしたお陰で、あと一口分くらいしかない。
顔を引きつらせた冬草が黙ってみどり先生にペットボトルを返した。
手元のペットボトルを見て、どうせなら全部飲んでもよかったのにと、みどり先生はため息をつく。
そこに月夜と倉井が戻って来た。
「誤解があったようだが、最中君が納得してくれてよかった。すまないが皆の中でミネラルウォーターを持っている者はいないか? 最中君の手を洗いたいのだが」
倉井の手には先ほどいたトノサマバッタはいなかった。どうやら月夜が説得して逃がしたようだ。
結果的に意地悪していた倉井は少し恥ずかしそうにしている。
しかし、月夜の問いに誰も答えない。
「どうしたんだ?」
「あの…月夜先輩たちがいない間に、みどり先生以外は飲み物を持ってきてないのがわかったんです」
「な、なんだと!? それでは最中君はあ、あのバッタ汁が付いた手でいろということか!?」
夏野が代表して言うとうろたえる月夜。
バッタ汁? 聞いたことない単語に倉井は首を傾け手のひらを見た。
夏野たちと一緒に座っていた海は、怒りながら立ち上がると姉の肩をバシッと叩く。
「なに最中を汚れ物扱いしてんの! お姉ちゃんのバカ!」
「う、海さん?」
驚く倉井。海は倉井の手をくまP柄のハンカチでふきはじめた。
「ごめんね最中。お姉ちゃんってホントにデリカシーないし」
「う、ううん。平気だよ」
汚いとは思っていない倉井は平気だったが、海に手をふきふきされて頬を染める。柔らかな手の温もりが伝わって心地よい。
妹に邪険に扱われた月夜は泣いた。慰めるように夏野が月夜の背中をさする。
とにかく水分補給しなければ死ぬ、と全員一致の意見で駅まで戻る事になった。
せっかく美しい場所に来ていたがしかたがない。余韻もないまま出発する。
ヘコんだ腹を抱えながら、干からびる前にと足早で進む部員たち。
なんとかたどりついた無人の駅舎にポツンと自販機がひとつ、たたずんでいた。
「あった!!! 助かった〜〜〜!!!」
発見した部員たちはまるで財宝を見つけたかのように抱き合って喜ぶ。
さっそく順番で購入した部員たちは、一列にならんで冷たいドリンクで喉を潤した。
砂漠に水をまくように体に吸収した水分があっという間になくなる。
すぐに自販機に群がってお代わりを買い求め、グビグビと飲んでいく。
お腹が空いていたことに加え、喉がすごく渇いていた部員たちは何本も消費していた。
やがて落ち着くと、膨れた腹にはドリンクがチャポチャポ音を立てている。
「うむ。みごとな水っ腹だ。ところでお昼は入るのか?」
「そういえば月夜先輩はそんなに飲んでなかったですね」
苦笑する月夜に夏野が反応する。そう、夏野たちはドリンクを四本ほどだが、月夜は一本に留めていた。
ふと、不安になった夏野が電車の時刻表を確認する。
次の列車が来るのは二時間後……。
水分しか採っていないから、それだけあれば問題なさそうだ。ちょっと安心した夏野は取り付けられていた駅舎の長いすに腰を降ろした。
夏野の後ろから時刻表を見ていた月夜は自販機へと向かった。電車を待つ間に喉が渇きそうだから。
ここでようやくお菓子を口にする部員たち。時間もあるし、くつろいでワイワイと雑談に講じる。
そんな部員たちを見て微笑むみどり先生。
「どちらにしろ、深原に戻った頃は夕食ね」
聞いた部員たちの手が止まった。