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122話 お姉ちゃんと呼んでくれ!

 倉井 最中(くらいもなか)(あおい)家の廊下をトコトコと歩いていた。

 初めて泊めてもらってからずいぶんと経ち、すっかり自宅のように部屋割りも熟知している。

 爽やかな光りが注ぐ中、早い朝日に目を細めて道場へと向かう。

 そこには空手の練習を終えた葵 月夜(あおいつきよ)が、正座して荒れた息を整えている姿があった。

 倉井は道場へ入るとそっと声をかける。

「おはようございます」

「ん? 最中君か。おはよう! どうしたんだね?」

「あの、おばさんが洗濯するから早くしろって……」

「なるほど。相変わらずせっかちだなお母様は」

 やれやれと立ち上がると黒い帯をゆるめはじめる。

「つ、月夜先輩!? ここじゃなくて脱衣所で脱いで!」

「ふふ。最中君も照れ屋だな。お父様はひきこもっているから女子しかいないのに」

「もう! いいから!」

 笑う月夜の背中を押して倉井が脱衣所へと向かわせる。

 月夜の汗の匂いが倉井の鼻に届く。爽やかで健康的な香りだ。とたん倉井は頬を染めて照れてしまった。なんだかいけないことをしている気分になる。

 脱衣所へ行くと月夜の母が待っていた。

「遅い! 最中ちゃんありがとね」

 月夜に怒り、倉井にニコリと礼を言う、器用な母。そんな母に月夜はニヤリとする。

「お母様も普段通りでいいのに。最中君が来るといつも張り切るから面倒くさい」

「あんだって!?」

 ギロリと月夜を睨む母。慌てた月夜は道着を脱ぎ捨て風呂場へピューっと逃げた。

「まったく…誰に似たんだか」

 道着を拾って洗濯機へと投入しながらブツブツと文句を言う母。

「海さんを起こしてくるね」

 クスクスと笑った倉井はその場を離れた。


 地底での生活が長かったおかげか倉井は朝が早い。

 だいたいこの家で一番早起きの月夜の次に目が覚める。そのため、月夜が空手の稽古をしている間は母を手伝ったり、家の周りを散歩したりしていた。

 海の部屋へと入ると起きている様子はなかった。

 ベッドでは、くまPの抱き枕に腕を回して幸せそうに海は目を閉じている。

 綺麗な寝顔をうっとりと眺める倉井。

 どんな夢を見ているのだろう? その夢にわたしも出ていたら嬉しいな……そんなことを思うと口の端が上がる。

 しばらく寝顔を堪能していた倉井は意を決して声をかけることした。

 できれば自然と起きるまでそっとしておきたいが、今日は学校がある。

「海さん、海さん」

「う、う~~~~ん……」

 声をかけると眉を寄せた海が反対側へ寝返りを打った。

「海さん、海さん!」

 今度は海の肩をゆさゆさと揺らす倉井。

「んーーー? はっ!?」

 ガバッと起きた海はニコニコしている倉井の顔を見る。

「最中!? あれ?」

「おはよ、海さん。学校があるから起きて」

「お、おはよー」

 なんだか、だらしないところを見られて恥ずかしくなった海が視線をそらした。しかし、倉井には毎度のことだったので微笑ましく感じてしまう。

 慌てて起き上がった海は洗面所へバタバタと向かった。


 海と倉井が台所に来ると、すでに月夜が朝食の準備にかかっていた。

「あ、手伝う」

 倉井がお椀を受け取りテーブルの上に並べる。それを見た海も手伝い始めた。

 そうしていると洗濯を終えた母がやってきてテーブルへついた。

 月夜と海、倉井の三人がキャーキャー言いながら食卓を賑やかにしているのを母は笑って見ている。

 鮭とごはん、煮付けと味噌汁が並んだシンプルなテーブル。月夜だけは唐揚げを追加して食べていた。

 朝食を終えると食器を片付け学校の支度を始めた。

 制服に着替えた三人は母に見送られて家を出る。最近、ようやく妹と一緒に登校が許された月夜は嬉しそうだ。


 学校へ向かって肩を並べて歩く海は、隣の倉井に話しかける。

「そういえば、変な夢を見たよ」

「夢?」

「うん。わたしがパンダに乗って海の上を歩いていたら、空にある雲の中から最中が飛行船でやってくるの。それで、飛行船にパンダが乗り込んだら急に海からおっきなクジラがおっきな口を開けて出てきて、飛行船ごと飲み込んじゃったの」

「それから?」

「そこで起こされたから続きはないよ。変でしょ?」

「ふふっ。そうだね」

 確かに変な夢でクスクス笑う倉井。でも、それ以上に自分が海の夢に出てきたことがとても嬉しかった。

「ちょっとまて! なんで私が出てこないんだ!? お姉ちゃんは悲しいぞ!」

 海に抱きついた月夜が叫ぶ。どうやら聞いていて自分が夢に出演していないことが不満なようだ。

 姉から逃れようともがく海。

「うっさいし、いちいち抱きつくな! お姉ちゃんなんか別に出てこなくてもいいでしょ!」

「そんなこと言わないでおくれよ~~~。お姉ちゃん寂しいんだよぉ~~」

「あーーうっとおしい!」

「お姉ちゃんは毎日妹の夢を見ているのにぃ~。なんでだよぉ~~~」

「キモっ!!!」

 ドン引きな海にすがる月夜。騒がしい姉妹に倉井は吹き出した。

 もちろん月夜は妹の夢など毎日見るはずがない。むしろ目を閉じた瞬間に朝を迎えるという夢とはほど遠い睡眠だった。


 ──放課後。

 いつものように活動らしきことをせず、お菓子をつまみながら無駄なおしゃべりで終えた部活。

 他の部員と別れた月夜たちは自宅へと帰っていく。

「最中君は今週はうちにいるのかい?」

「はい」

 月夜の質問にはにかみながら倉井が答える。

 二、三日といわず、一週間泊まりぱなしな倉井。月夜の親も倉井の親も特に何も言ってこないので、なし崩しでよく連泊するようになっていた。

 うつむきながら海はボソッと漏らす。

「……ずっといればいいのに」

 気がついていない倉井は姉の月夜と話している。

 聞こえてなくて良かったと安堵するのと同時に知って欲しいとも思う。急に意識した海は頬を染めた。

 ちょっとぎこちなくなった海に、倉井は不思議に思い首をかたむけた。


 葵家につき、三人は着替えを終えて夕食の準備をする。

 といっても姉の月夜がほぼ一人で作って、海と倉井は手伝っているだけだが。特に海は倉井一人で手伝わせるのも忍びないと付き合っている。

 母は道着に身を包んだままダイニングテーブルで新聞を読んでいた。今日は子供相手の空手教室を開いていたので、着替えるのも手間だからそのままのようだ。

 基本的に葵家の食事は手の空いている母か月夜が作る。月夜がバイトで遅いときは母が台所に立っていた。

 美味しそうなおかずがテーブルに並び始めた。

 鼻につく味噌の匂いに、母は新聞をずらしテーブルの上の皿を盗み見た。メインはさわらの西京焼きか……肉料理じゃなくてガッカリする母。そう、母は肉食系。お肉が大好き。

 それでも副菜に肉じゃがを目ざとく発見してほくそ笑んだ。

 すっかり整った夕食を皆で食べ始めた。

 海と倉井が楽しそうに話しながら箸を進めている。

 月夜も二人の会話に入りながらジャガイモを口に入れて頬を膨らませていた。

 もぐもぐと小さな口を可愛らしく動かす倉井を見ながら月夜が褒める。

「ところで最中君が来てから、妹もよく手伝ってくれるようになったよ。ありがとう」

「ふぇっ!? いいえ…そんな…」

 照れた倉井が頬を染める。と、妹が姉に食ってかかった。

「ちょっと! 前から手伝ってたでしょ!? 今ほどじゃないかもしれないけど!」

「わはは、違うぞ海。お姉ちゃんは嬉しいんだよ。こうして二人が私を手伝っていることに」

「……」

 言われた海も照れて口をつぐむ。いつも妹には褒め殺しな月夜だが、今の言葉には気持ちがこもっていたように海には感じられたからだ。

 ピンと思いついた月夜。

「そうだ! 最中君も私のことを“お姉ちゃん”と呼んだらいい! その方が自然な気がしてきた!」

「えっと、えっと……」

 ますます照れた倉井が口をモゴモゴさせる。


 なにを言い出すんだ!? このバカ姉貴! 海は胸の内で悪態をついたが、でも、なんとなくそのほうが家族の一員になった気がして倉井の横顔を見た。

 視線を浴びる倉井は真っ赤だ。

 そこに母がガタンとイスを引き立ち上がった。

「ちょっと待って月夜! そういうのには順番があるでしょ!?」

「お、お母様?」

 母の強いオーラに月夜が焦る。すると母は倉井に向けてにっこりと微笑んだ。ちょっと迫力があって怖い。

「さ、お母さんといってみて」

「えっ!? えっと…お、おか──」

 おどおどと真っ赤な倉井が言いかけたところで月夜が割って入った。

「ちょっと待ってくれお母様! それでは無理矢理言わせているみたいじゃないか!」

「あんただって同じでしょ! まずは親である私から呼ばれるべきなの! あんたは次!」

「いや、ここは提案した私が先だ!」

 月夜と母がどちらが先に言ってもらえるのか口論になっている。

 ポカンとその様子を見ていた倉井。

 海は倉井にそっと顔を近づけて耳元で(ささや)く。

「今のうちに逃げよ?」

 コクコクと(うなず)く倉井。二人はそっと食べ終えた皿をさげて部屋へと逃げた。


 無事に台所から脱出できた二人。

 ベッドにグッタリと座ると海が倉井に謝ってきた。

「ごめんね。アホな姉貴とお母さんで。無理にいうとおりにしなくていいからね?」

「ううん。謝らなくていいよ。それに……将来、言うことになるかもしれないし……」

 月夜と母の言い合いから逃れて気が緩んだ倉井の本音がポロッと出る。

 キョトンとした海が聞き返した。

「えっ!? それって……」

「ふぁあっ!? そ、そうだ! お風呂! お風呂に入る!」

 顔を真っ赤にした倉井がバタバタと海の部屋から出て行った。

 ひょっとして、うちの子になりたいのかな? ……そうするとわたしが一番年下なんだけど。海は倉井の言った意味を勘違いしていた。

 開けっ放しのふすまに目を向けて海はポツンと一言発した。

「最中、着替え忘れてるよ」


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