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121話 優雅なひととき?

 葵 月夜(あおいつきよ)はバイトの制服に身を包み、喫茶店のカウンターにもたれかかっていた。

 お昼なのに今日は客が少なめで、どちらかというと手持無沙汰な感じだ。

 ここに夏野 空(なつのそら)がいれば話し相手になって時間を潰せたが、あいにく本日は休みだった。

 するとドアベルがカランカランと来客を告げる音を響かせる。

「わぁ~~! わたし初めて喫茶店に入りました! さすが先輩って大人ですね!」

「まあね。そんなに緊張しなくていいよ。ファミレスとそんなに変わらないし」

 眼鏡の奥で瞳を輝かせながら店内をつぶさに観察している吹田 奏(ふきたかなで)とドヤ顔の春木 桜(はるきさくら)が入店してきた。

 気がついた月夜はそそくさと二人を出迎えた。

「いらっしゃいませー」

「あっ!? こんには月夜先輩! とっても制服が似合ってますっ!」

「やっほ」

 興奮した吹田が頭を下げ、春木がニコニコと手を振る。

 喫茶店のピチッとした制服に身を包み、髪を上げている月夜は、別人のように吹田には見えた。

 いつものように月夜は笑顔で応え、二人を席に案内した。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいね」

「はーい」

 水とおしぼりを出した月夜が立ち去る。その後ろ姿を見ながら吹田が(つぶや)く。

「学校とは違いますね。ちゃんと分別できてる月夜先輩ってステキですね」

「あははは、そうだね!」

 笑った春木はテーブルに立てかけてあるメニューを吹田へ差し出す。

「好きなのを選んで。あたしは違うのにするからシェアしようよ」

「あ! いいですね! わたしこういうの初めてだからドキドキしてます。さすが通い慣れてる春木先輩はすごいです!」

 尊敬の眼差しを向ける吹田にフフンと得意顔の春木。

 だが違う。春木がここに訪れたのは数回。とても常連とは言いがたい。

 それでも勝手知ったる家のように春木は振る舞い、キラキラの視線を受けていた。

 学校以外でなかなか珍しい組み合わせだなとカウンターで待機している月夜は、メニューを眺めてあれこれ楽しそうに選んでいる二人を見ていた。

 しばらくすると選び終えたのか、笑顔の春木が月夜を見ながら手を上げてブンブンと振ってくる。

 苦笑した月夜は二人へと向かった。


 注文のナポリタンとお好み焼きにドリンクを載せたトレーを春木たちのテーブルへ運ぶ月夜。

「お待たせしました。ついでにサービスしましたよ」

 山盛りナポリタンを春木の前に、ホットケーキのように三枚重なったお好み焼きを吹田の前に置く。

 自分の想像を上回るサービスの量に目を見開いた吹田はずれた眼鏡を直した。後輩が驚いたのを見て上手くいったと春木はウシシと笑う。

 春木は月夜に取り皿を追加でお願いして受け取る。

 すると感心した月夜が笑う。

「なるほど。二人で分け合うんだな。それもいい手だね」

「でしょ? さ、月夜先輩も座って」

「は!? い、いや、私は仕事中なんだが……」

 春木が自分の隣をポンポン叩いて驚く月夜を催促する。

「大丈夫! ほら、どうみても他のお客さんいないし。ちょっとぐらいいいでしょ?」

「まったく、仕方ない……少しだけだからな」

 ぶつくさと文句を言いながらも月夜が春木の横に座った。

 嬉しそうに吹田は笑顔を向けている。

 まったくどうしてこうなったのかと月夜は思いながらも春木に質問した。

「ところで私がいる意味はあるのか?」

「もちろん。今日は奏とランチしながらビジョンを話し合う予定だったんだ。できれば月夜先輩からアドバイスも欲しいし、ちょうど良かった」

「ずいぶんとセレブな発想だな。どんな話しなんだ?」

 高校生なのに優雅な感じ。とてもせっかちな春木からは想像できない。

 とすれば、この発案は吹田なのかもしれない。褒め上手な吹田にのせられた春木が得意げにこの喫茶店へ連れてきたのだろう。月夜がそんなことを考えていると春木が真剣に答えた。

「楽器だよ。新風を吹き込む楽器を探す話し合い」


 ズッコケた!

 月夜は頭を抱える。

「それは普段と変わらないじゃないか! 地底探検部の部室から喫茶店に場所が変わっただけだ!」

「たまにはいつもと違う所で考えるのも新鮮でいいでしょ?」

 取り合わない春木がしれっと言う。吹田もウンウンと(うなず)いている。

 先ほどの考察が全く当たっていなかった。良い風にとらえていた月夜は修行が足りぬと目を閉じた。

 そこにナポリタンを取り分けた春木が皿を出してくる。

「月夜先輩も食べなよ? お好み焼きもあるよ」

「うむ、知ってる。私が持ってきたからな……」

 諦めた月夜は備え付けの割り箸に手を伸ばした。

 それを見ていた吹田も取り皿にお好み焼きを盛りつけ始めた。


 お腹が空いていた三人は黙々と食べ、ある程度のところで月夜は箸を止めた。

「それで、新しい楽器の目星はついているのかな?」

「なかなか難しいんだよねー。お勧めある?」

「むぅ。う~~ん」

 あっけらかんとした春木の答えに月夜は悩み出す。これまでいろいろな楽器を手に取ったが、どれも一回切りで終わっている。

 ただでさえ吹奏楽から離れた楽器も扱ってきたのだ。あまり楽器に明るくない月夜の頭は真っ白だ。

 そこに吹田が提案してきた。

「カホンはどうですか先輩。太鼓の代わりになりますよ?」

「うーーん。叩くだけだからなぁ……」

 つれない返事の春木。しょんぼりする吹田に慌てて言い添える。

「で、でもいいかもね! 奏が一生懸命考えてくれたから嬉しいよ!」

「うふふ」

 とたんに機嫌が良くなった吹田は笑顔になった。

 カホンって何だ…? 二人のやり取りを無視して月夜はスマホで調べ始める。

 箱状というか箱型の楽器のようだ。その箱に座り正面や上部を手で叩いて音を出す。……世の中は広いなと月夜は思う。

「あ! 先輩にはテルミンがあってるかもしれませんね!」

「それ! いいかも!」

 再び吹田の提案に春木もノリノリだ。

 テルミンって何だ…? またも知らない楽器名が出てきた。

 面倒なので調べるのをやめた月夜は春木に出した水を奪って喉を潤した。その間も吹田と春木はさまざまな楽器の名前を出しては盛り上がっている。


 しばらくして月夜は気になっていたことを吹田に尋ねた。

「奏君はこのままでいいのかい? 進級してもレギュラーはとれそうも無いが……」

「はい。気にしてませんから大丈夫です。わたし、先輩に出会って良かったって思ってるんです。ずっとトランペットだけをしてて、物足りなさを感じてたときに先輩が新しい世界を開いてくれたんです! こんなに音楽って広いんだなって気がついたんです! だからこれからも一緒に探し続けたいんです!」

「そ、そうか」

 胸の前で手を組んでキラキラした目で語る吹田に月夜はたじろぐ。春木は偉そうに胸を張ってうんうんと首を縦に振っていた。

 これは師弟と言っていいのだろうか。二人を見て月夜は苦笑する。

 しかし、そんな自分も単純なきっかけで目の前の世界が変わった月夜。吹田の心情が伝わってきて自分自身と重ねていた。

「よし! 私は奏君を応援するよ! 桜君の気まぐれに負けないようがんばりたまえ!」

「はいっ! 春木先輩に負けじと気分屋の月夜先輩に後押ししてくれると勇気が出ますっ! わたしがんばりますっ!」

 両手をぐっと握った吹田が力強く声をあげた。褒められたようで月夜は感激する。

 そこに春木は大きく頷く。まるで何かの偉い師匠のようだ。

 三人は残りのナポリタンとお好み焼きを片付け、楽しいひとときを過ごした。

 時間がきて春木と吹田の帰りを見送り、空の食器をカウンターへ運んだときにニコニコ顔の月夜はふと表情が曇る。

 ……そういえば、まったく褒められてない。むしろ下げられていたんじゃないか?

 思い出した月夜は、あのときの吹田のセリフを頭の中で再現していた。


 しかし月夜は気がついてなかった。

 新しい楽器が結局、決まらなかったことに。

 そして客席に長居しすぎてバイトをサボり、鬼と化したマスターに睨まれていることに。


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