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120話 甘えたい!

 授業が終わり、職員室に戻った岡山(おかやま)みどり先生。

 自分の席に座り、手に持っていた書類をしまう。

 隣にある机の空いているイスに視線を向けると、岩手 紫(いわてむらさき)先生はいつ戻ってくるんだろうか…ため息をついた。

 付き合っている二人は勤務中、机を並べているにもかかわらずあまり一緒にいる時間が少ない。

 受け持つ教室や授業内容によって、職員室に戻らずに次の場所へ向かうこともたびたびだ。そのため、すれ違うことは日常でよくある風景になっていた。

 その中でも、唯一お昼が長く一緒にいられる時間帯だ。

 地底探検部の部室で、部員の生徒たちに混ざって二人は楽しいひとときを過ごしていた。

 再びため息をついたみどり先生は、予鈴の音に気がつくと授業の準備をして教室へ向かうべく立ち上がった。


 休憩時間に入り、職員室へ急いで行こうとするみどり先生は生徒につかまってしまった。

 授業内容の質問のようで無下に断れない。

 なるべく心を落ち着かせて、生徒が満足するまで答えるみどり先生。

 やがて解放されると足早に職員室へと向かった。

 ……やっぱりいない。

 ドアを開けて岩手先生の机を確認したみどり先生はガッカリと肩を落とした。

 夜になれば会えるのだが、それでもひと目だけでも……そう思う。

「岡山先生?」

 声をかけられ振り返ると、そこには岩手先生が立っていた。嬉しくてつい笑みがこぼれるみどり先生。

「よかった! 会えないかと思ってた!」

「私も! でも、ごめんなさい。教材を取りに来ただけなの。すぐ行かないと…」

 岩手先生はそそくさと自分の机にある本や書類を持つと、他の先生たちにわからないようにみどり先生の手をギュッと握ってから職員室を出て行ってしまった。

 みどり先生は机に戻ると突っ伏してしまう。

 せっかく会えたのにほんの一瞬だった……握られた手が熱をもってジンジンしてくる。

 はぁとため息をついたみどり先生は、なんとなく切ない気持ちが胸に渦巻いていた。


「岡山先生? また寝ているんですか?」

 ハッと顔を上げると教頭先生が仁王立ちでみどり先生を見ている。四十代後半の女性で小柄だが威厳オーラを漂わせていた。

 慌てて姿勢を正したみどり先生が誤魔化すように眼鏡の位置を直して髪を整え始める。

「ほんとに岡山先生はぐうたらしてて! 毎度言いますけどしっかりしてくださいね?」

「はい……」

 教頭先生に言われたみどり先生が縮こまって返事をする。

 どちかというと、のんびり気質なみどり先生はこの学校に赴任して以来、学生並に机でよく寝ていたのだ。

 そのたびに教頭先生に怒られているのが日常だった。

 教師としては真面目で前向きに取り組み、生徒からの信頼もあるみどり先生。どうも休憩時に気を抜きすぎるのが原因のようだ。

 人となりを知っている教頭先生は、あまり追求せずに注意だですませている。今のとこは。

 早く行って欲しいな…みどり先生は上目づかいで教頭先生が背を向けるのを待っていた。


 お昼になって地底探検部の部室へ向かう。

 やっと岩手先生と一緒になれたみどり先生はご機嫌だ。それを知ってか知らずか、岩手先生も嬉しそうにしている。

 二人は互いの小指を絡めながら並んで歩いて行く。

 部室内では相変わらず部員たちがにぎやかにしている。

 並んで座って隣の体温を感じながらお弁当に箸をのばす。幸せだけど少し物足りなげにみどり先生は岩手先生を目の端に(とら)えた。

 気がついた岩手先生が顔を向けるとニコリと返す。慌てたみどり先生は頬を染めて目が泳いでいる。

 そのときにみどり先生はハタと気がついた。

 これって、いつも隣にいないから寂しいとかじゃなくて、ただ甘えたいんだ……。どうしょうもなく甘えたい気分なんだ。

 子供っぽい自分の感情に恥ずかしさを覚えつつも、岩手先生と一緒に帰ろうと心に決めた。もちろん、アパートで思いっきり甘えるつもりで。


 そんな計画を立てていたみどり先生に、地底探検部部長の夏野 空(なつのそら)が聞いてきた。

「ところで、みどり先生と岩手先生って同じところに住まないんですかー?」

「はぁわああ!?」

 思ってもみない発言にみどり先生の眼鏡がずれる。真っ赤になったみどり先生がアワアワしている横で岩手先生が笑いながら夏野に聞く。

「どうしたの突然?」

「みどり先生たちがお互いの家に泊まり合ってるって聞いて。それならいっそ一緒に住めばいいのになって思って」

「確かにそうね……みどりはどう思う?」

「ふぁい! いいと思う!」

 振られたみどり先生がカミカミで答えると岩手先生がクスクスと笑う。

 そこに葵 月夜(あおいつきよ)が手を上げて質問してきた。

「しかし、ミドリちゃんは引っ越して間もないが別の場所へ移るのか?」

「あー、そうね。それなら私が行こうかな。単身向けアパートじゃないみたいだし」

「それならわたし手伝いますよ!」

 答える岩手先生に夏野が元気に両手を上げた。

 待て、待て!

 口をパクパクさせているみどり先生を置いて岩手先生と部員たちが勝手に話しを進めている。

 声を上げて止めようとしたみどり先生は、腰を浮かそうとしたところで止める。

 ……よく考えたら岩手先生がうちに来るってことは同棲したいとの意思表示だ。

 いずれ二人がひとつ屋根の下で暮らすことを夢見ていたけど、思わぬ切っ掛けで実現しそう。

 気を良くしたみどり先生は成り行きをニコニコと見守ることにした。


 なんだか良い感じで岩手先生の引越話がまとまり落ち着く。

 聞いていた葵 海(あおいうみ)倉井 最中(くらいもなか)は思った。

 そういえば自分たちも似たような感じだな、と。

 互いを見合わせた二人は顔を赤くした。

 そう、二人がずっと一緒に暮らしている様子を頭に浮かべたからだ。

 照れて下を向いた二人はもじもじしている。

 なにやってんだ? その様子を見ていた冬草 雪(ふゆくさゆき)が胸の内で突っ込みを入れていた。

 すると耳元で秋風 紅葉(あきかぜもみじ)(ささや)く。

「羨ましいな……」

「そ、その内にな?」

 頬を染めた冬草がなんとか答えると、嬉しそうに秋風が体をグイグイと密着させた。


 仕事を終えたみどり先生と岩手先生は手をつないで帰り道を歩いている。

 ひょんなことに同棲が決まって機嫌がいいみどり先生は、肩を並べる岩手先生の横顔を盗み見る。

 年上でしっかり者。だけどどこか抜けている憧れの人……。

 何度肌を重ねても愛おしさは変わらずだった。

 だが、岩手先生はどうなのだろうか?

 おずおずとみどり先生が聞いてくる。

「いいの?」

「もちろん! みどりはどうなの? 嫌?」

「ううん。嬉しけど……」

 言いよどむみどり先生に岩手先生が微笑む。

「そうやって心配性なんだから。前からずっと思ってたことだし、話をしようとしてた矢先だったから丁度よかったわ」

「ほんとに?」

 なおも心配げな眼差しをするみどり先生の腕に抱きつく岩手先生。

 それだけで胸が温かくなって頬を染めるみどり先生。

 幸福感に包まれた二人はみどり先生のアパートへと帰っていった。


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