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119話 山は危険だ!

 この日、葵 月夜(あおいつきよ)と妹の(うみ)夏野 空(なつのそら)は高校に近い山の麓に来ていた。

 雑木林が青く茂る中、むき出しの地面が細く続く獣道を三人は歩いている。

「ほんとにこっちなんですか?」

 だんだん不安になってきた夏野が月夜に聞いてきた。

「うむ。確かお爺ちゃんの日記には、この先に洞窟を発見したと書かれてあったんだが」

「ちょっと適当じゃない!? お爺ちゃんの日記なんて当てにならないよ! だいたい何十年前なの!?」

 ぴちパンのお尻のポケットから書き写したメモを見ながら月夜が答え、海がツッコミを入れる。

「こんなことなら最中(もなか)と一緒に地底に行けば良かった……」

 頭をかかえる海。

 姉の月夜がよしよしと慰めるように頭をなでた。


 ──数日前、家の押し入れを整理していた月夜は、お爺ちゃんのくたびれた古い日記帳を発見した。

 日記といっても、日々の事を(つづ)っているわけではなく、印象に残った出来事だけを記しているようで、日付が飛び飛びになっている。

 パラパラと斜め読みしていた月夜は、ある内容に目を留めた。

 そこには鉱脈を探していたお爺ちゃんが山の麓で小さな洞窟を発見していた事が記されていたのだ。

 どうやら目的には合わなかったようで、詳細なく短い文章で終わっている。

 そこで月夜は地底探検部の部長である夏野に連絡を取り、部員たちに披露する前にこの洞窟を下調べしないかと提案した。

 夏野は二つ返事で了承しルンルン気分でいたが、ちょうど暇していた海が姉につかまり同行することになった。

 ちょっと複雑な感情に夏野は渋い顔になっていた──


 ヤブ蚊の羽の音がブンブンとうなる。

 ひっ! 短い悲鳴を上げた月夜が夏野に抱きついた。

 そのままヤブ蚊は月夜たちに興味を示さず、どこかへブンブン飛んでいく。

 月夜は冷や汗をぬぐって夏野から離れた。

「ふ~危なかった……」

「虫とずいぶん離れてたよ! しっかりしてよお姉ちゃん!」

 思わず海がツッコミを入れる。夏野は薄着の月夜に抱きつかれて顔をだらしなくさせていた。

 気を取り直した月夜が再び先頭に立ち、獣道を進み始める。

 いかにも何かが出てきそうな雰囲気に月夜はおっかなびっくりに歩いている。

 その後ろにいる夏野はぴちパンのお尻を見ながら、うっすら浮かんでいるパンツのラインに興奮していた。

 応援するとは言ったけど本当に任せて大丈夫かな…? 夏野の様子を見ていた海は、姉の恋人候補の視線に少し後悔していた。

 雑草をかき分けて進むうちに、ちょっとした広場へと三人は出た。

 日が差して辺りを明るく照らしている。ずっと日陰の中を歩いていたので暖かさに皆がホッと一息をつける。

「ここらで休憩しよう!」

「賛成でーーす!」

 月夜の提案に夏野が諸手を挙げて喜ぶ。

 背負っていたリュックを下ろし、シートを取り出すと広げる。

 三人がそこに座ると月夜はペットボトルとおにぎりを取り出し、夏野と海にそれぞれ渡す。

「わぁ~~。ありがとうございます!」

 嬉しげに受け取った夏野がウキウキとおにぎりのラップをはずのにとりかかる。対照的に海は無言だ。

「うむ。小腹が空くと思ってな。持ってきて良かったよ」

 顔をほころばせた月夜が渡した二人より一回り大きなおにぎりにかぶりつく。

 姉が台所で何かを作っていたのを知っていた海は、おにぎりだったのかと初めて知った。

 おにぎりの具は辛子明太子のようで、ピリッとする辛さが刺激になって食が進む。

 夏野がおいしーを連呼して海がうるさいとツッコミ、月夜が笑い、和やかに休憩を楽しんだ。


 立ち上がった三人はシートを片付け、再び雑木林の中へと進み始めた。

 また日陰に入った一行。

 しばらく歩んだ所で海が聞いてくる。

「お姉ちゃん。目的地は近いの?」

「うむ。きっと近いと思うぞ。なんせお爺ちゃんのメモは大ざっぱだったからなぁ」

「それって全然わかんないじゃん!?」

 最後尾を歩く海に振り返り、ニコッと歯を見せ親指を上げる月夜。お返しに海は睨みつけた。

 なんとなく嫌な雰囲気に夏野が話題を変える。

「そ、そういえば、最中ちゃんはどうしたのかなー?」

「最中は地底の家に用事があるんだって。それよりなんで空は迷彩柄のシャツなの? 本格的じゃない?」

「えへへ。これはフランスのウッドランド迷彩なんだー。オシャレでしょ」

「うーん、そういうのはわからないなー」

 自慢げな夏野だったが、海には上手く伝わらなかったようだ。ミリタリーファッションはまだ早いのかもしれない。

 そこに月夜が解説してきた。

「空君は迷彩柄やカーキ色のミリタリー系が好きなんだよ。何かと戦っているようだ。私のセンスとは違うから何とも言えんが、独特だな」

「月夜先輩! そこは理解しようとしてください! わたしだって先輩のギャルファッションをがんばって勉強してるんですから!」

「わははは…」

「笑って誤魔化さないでください!!」

 まるで興味なさそうな月夜に夏野が食ってかかる。

 確かにオシャレの好みは別れているけど、変に近い場合は細かいところが気になるのかもしれない。

 お姉ちゃん相手なら、これぐらいハッキリと別ジャンルのほうが互いに干渉せずにすみそうだ。

 こういうのもありなのかな? 海は二人の言い合いを見ながら思った。

 でも、倉井とはお揃いの服を着たいなと海は想像を頭に浮かべていた。


 にぎやかに進んでいると──

 ガサリ……

 近くの背の高い草むらが音を立てた。

「ヒィイイ!」

 すかさずびびった月夜が夏野に抱きつく。驚いた夏野と海は聞こえた草むらに目を向けた。

 ガサッ…ガサッ。ガサササ! 伸びる葉を踏み倒し顔を出す。

 それは大きく突き出た鼻面に牙の生えた猪。くすんだ土色で大きな体を現した。

 フゴフゴと鼻をヒクヒクさせて月夜たちを見ている。

「い、猪だ……。やばい!」

「先輩!?」

「お、お姉ちゃん…」

 固まった月夜たちは小声を出した。

 すっかり忘れていたが、この辺りは野生動物が多かったのだ。猪を始め、鹿や狸に野良犬。そして熊も出没する田舎なのだ。

 新しい洞窟の事ばかり考えていた月夜は、すっかりこの危険について忘れていた。

 猪は頭を下げると前足でガリガリと土を削り始める。

「いかん! 逃げるぞ空君、海!」

「えっ!?」

 疑問に声を上げる夏野と海の手を取った月夜が急に走り始めた。


 フギィイイイイ~~~~~~!!!!

 雄叫びを上げた猪がドドドドドドドドと追いかけてくる!

 二人の手を離し必死に走る月夜。夏野も負けじと足を回す。しかしトタトタと海が遅れてきた。

 そう、姉と違って妹の海は運動が苦手だ。必死の形相にもかかわらず足が遅い。

「海ちゃん頑張って!!!」

 海の手を引っ張りながら夏野が励ます。

 必死すぎて返事できない海は一生懸命に走る。

 ドドドドドドドド!!!!

 背後からの音が大きくなる! 振り向いたらダメだ! 夏野も必死だ。

 ぐんと腕が伸び、つないだ手が離れそうになる。とうとう海がへばってきたのか遅くなる。

 これじゃあダメだ!

 夏野は手に力を入れるとグッと引き寄せる。

 足がもつれそうになりながら海が近づくと、夏野が抱きついて横の茂みに飛んだ!

 プギィイ!?

 猪は急に止まれるわけもなく、いななきながらドドドドドと通り過ぎていく。

「海ちゃん大丈夫!?」

「う、うん」

 心配した夏野が声をかけ、目を回した海がなんとか答える。

 海の服についた葉っぱを手ではらう夏野。

 急いでここから逃げなきゃと前に顔を向けると、先ほど通り過ぎた猪が引き返して来るのが見えた。

 立ち上がろうとするが、足がもつれて腰が重い。

 ゆっくりと近づいて来る猪に夏野と海は顔を青くして抱き合う。


 コォーーーーーーーーン!!!

 そのとき、遠くでキツネの遠吠えが響き渡った。

 ビクッとした猪は立ち止まり、慌てたようにくるりと背を向けて茂みへと消えて行った……。

 夏野が聞こえた方へ目を向けると木々の間に黄金色のキツネが小さく見えた。

 こちらに顔を向けているキツネと目が合ったような気がした。キツネは夏野に(うなず)くと、ふわりと飛び上がって木の陰へ隠れてしまった。

「あれってキツネ?」

 同じように見ていた海が聞いてくる。

「そうみたい。ふふっ、助かったね」

 安堵の笑みで立ち上がった夏野が海へと手を差し出す。

 その手を握って海も立ち上がった。

「ありがとう。空に助けられたね」

「ううん、キツネのおかげ。それに、大事な義妹(いもうと)だし」

「ちょっとまって!? 気が早くない?」

「えへへ」

 いろいろすっ飛ばして、月夜と付き合ってる前提の夏野に海が驚く。

 誤魔化し笑いの夏野に助けてもらった手前、文句も言えずに眉をひそめる海。


 辺りをキョロキョロ見渡した夏野が首をかしげた。

「月夜先輩…どこだろ?」

「あっ!? そういえば忘れてた! お姉ちゃん!?」

 気がついた海も慌てて周りを観察するが月夜の姿がどこにもいない……。

 心配した二人が探し始める。

「月夜せんぱーーーーーいーーーー!!!」

 夏野が口に手を当てて呼びかけると近くの木の上から声がかかった。

「ここだぞ!」

 驚いた夏野と海が見上げる。

 すると木の幹に抱きついていた月夜がズルズルと降りてきた。

 額の汗を腕でぬぐい、夏野たちに爽やかに笑いかける。

「ふぅ~~~。どうやら凶暴な(やから)は消えたようだな」

「無事でよかったです! キツネが猪を追い払ってくれたんですよ!」

「なるほど。ツキネが来たのか」

「違います! キツネです! 人間の格好じゃなかったです!」

「そうか。いずれにしても後日に礼をしなくてはな。わはは」

 わかっているのか夏野の言葉にツキネが助けてくれたと決めつけているようだ。夏野としてもツキネだと思うが、そこは知らない振りをしたほうが大人だ。

 そこにプンプンしている海が入ってくる。

「ちょっとお姉ちゃん! なんで一人で逃げたのよ! わたしたち置いてけぼりだったんだからね! ひどくない!?」

「す、すまん海! お姉ちゃんも自分の事でいっぱいいっぱいだったんだよぉーーー!!!」

 怒る海に月夜が泣きながら抱きつき謝る。

「姉貴のバカ!!!!」

「ごめんよ~~~! お姉ちゃんも怖かったんだよ~~~!」

 相変わらず自分勝手な姉に海はため息をついた。

 そんな姉妹を夏野は苦笑いで見ていた。


 落ち着いた三人は再び獣道を進んだ。

 やがて雑木林を抜けると草原に出てきた。明るい日差しに暖かな風が草の細長い葉を揺らしている。

「お爺ちゃんメモによると、もう近いはずなんだが……」

 地図を見ながら月夜が辺りの景色の中から目的の洞窟を探している。

 気持ちが良い世界に、うーーーんと大きく伸びをした夏野が気がついた。

 ちょうど自分たちがいる場所から少し先にポッカリと小さな穴が開いていたのだ。

「あれ? 月夜先輩! あれじゃないですか!」

「なに!? どれどれ……うむ。近くへ行ってみよう」

 夏野の差し示す先へと月夜たちは足を速めた。

 それは盛り上がった草原にある五十センチほどの穴で、深いようで奥は暗くて見えない。

 穴をのぞき込んだ月夜が顔を戻した。

「……これは洞窟でもなんでもないな。お爺ちゃんは何かと勘違いしたのかな?」

「えっ!? ここのこと?」

 驚いた海が夏野に確認すると無言で頷かれた。

 日の当たらない獣道を歩き、猪に襲われながらもはるばる来たのに、まったくの成果なしで海はガックリきた。

 同情した夏野が海の背中をさすった。

 月夜だけは謎がひとつ解けたと満足げに微笑んでいた。

 ちなみに帰り道は皆、言いたい事を胸にしまって無言でトボトボと歩いて帰った。


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