118話 そうじゃねぇよ!
マ〇クドナ〇ドのバイトを上がり、冬草 雪は駅前にあるスーパーに寄って母に頼まれた品を購入するとエコバックを下げて道を歩いていた。
今日は早番だから夕暮れ時でまだ明るい。
母もパートが早いはずだから、今日は夕食を共にできそうだ。
朝はいつも一緒に食べるが夜は久しぶりだ。
冬草はルンルンと足を進めていた。
「あ! 雪先輩!」
急に声をかけられ、ビクッとした冬草は恐る恐る振り向く。
そこには夏野 空が嬉しそうに小走りで近づいてくるところだった。
「なんだよ、空か…」
ホッとした冬草は胸をなでおろし、口元を隠すマスクを直してドキドキした胸を落ち着かせた。
喧嘩は強いがこう見えて怖がりなのだ。
「奇遇ですね。バイトの帰りですかー?」
「まあね」
ニコニコしている夏野が横に並ぶ。
「わたし、ちょっと月夜先輩の家の近くに用事があるんで途中まで一緒ですね」
「ん? 月夜の所には行かなねぇのか?」
「はい。たぶん先輩は家にいると思いますけど、あした学校で会えますから」
「ふーん」
そんなもんなのかと冬草は思う。いつもガツガツと欲望のままに突き進みそうな夏野だが、意外と理性的だ。
しかし、冬草は知らなかった。
夏野は葵家の裏手にある小さな祠で、ツキネに恋愛成就のお願いに行くことを。シュークリームと引き換えに、無茶な要求をするつもりであった。
こうして夏野と話しながら、一緒に並んで歩くのは初めてだと冬草は気がついた。
地底探検部に無理矢理入部されてから半年以上経つのに、二人きりになる機会がまるでなかった。
ほんとに奇遇だなと冬草は苦笑する。
それでも二人は部活などを通じて接しているため、人となりはだいたい把握していた。
のんびり雑談しながら道を進む。
夏野は話しやすく、自分の意見をハキハキ言う。あまり自分を出さない冬草とは対照的だが意外にも合っていた。
こうしてみると秋風 紅葉に近いタイプだなと冬草は思った。
夏野と付き合ったら月夜が尻に敷かれそうだなと、冬草は少し同情した。
そんな夏野に怒られている月夜を想像して胸の内で笑っていると、話題が変わる。
「紅葉先輩とはどうなんですか? 進展しました?」
「ぶぅふぅううーーーー!!」
急な展開に冬草は吹き出す。
「し、進展ってなんだ!?」
「やだなー。キス以上に決まってるじゃないですかー」
「ど、どどどうでもいいだろ!」
動揺した冬草が顔を赤くする。この前あった未遂で終わったことを思い浮かべていた。
冬草の様子に夏野が目を鋭くする。
「わたしは見てないけど、体育館のみんなの前で二人がキスしてたじゃないですか。知りたいのはその先です!」
「ぶはぁああーーーー!」
あの体育館での事を思い出した冬草は、猛烈な羞恥で全身が赤くなる。
そんな冬草に夏野がプンプンしだす。
「もう、さっきから変な声ばっかり出して! しっかりしてください!」
「ちょ…お前はちょっとストレートすぎるだろ!? だいたいそれ以上はしてねぇよ!」
「えー!?」
恥ずかしがりながらも反論した冬草に夏野が驚く。冬草と秋風が付き合ってから、ずいぶんたつのに関係が全然進んでいないから。
真っ赤になっている冬草を見て、確かに先に手を出しそうにないなと夏野は思った。
同じ奥手同士な夏野に冬草がお返しに聞いてくる。
「そんなこといっても空はどうなんだよ?」
「……まだですけどいいんです。前よりもずっと親密になってますから」
ほらな的な顔で見てくる冬草に慌てて夏野が誤魔化す。
「でも、でも、雪先輩は紅葉先輩と付き合ってるじゃないですかー。だからきっと待ってると思うんですよ。雪先輩からしてくれるのをー」
「そりゃあ、まあ、な。わかるだろ? 紅葉ってちょっと強引つーか、強気で誘惑してくるつーか? でも、あたいはもっとこう、いい雰囲気でいきたいんだよ」
「あーなるほど。気持ちはわかります」
照れながら頭をかく冬草に夏野が同意する。
やっぱり好きな人とは、何か特別なシチュエーションで告白なりされたいのだ。しかし、夏野は首を横に振った。
「でも雪先輩、わたしこのあいだ気がついたんです。確かにドラマや漫画みたいな感じでいければいいですけど、現実は思うようにいかないじゃないですか。やっぱりチャンスがあれば、どんな状況でもやった方がいいと思いますっ!」
「お、おう……」
夏野の迫力に冬草はタジタジとなる。
たぶん前に夏野と月夜が良い雰囲気になっていたのを、秋風が邪魔したのが切っ掛けで考えが変わったのかもしれない。
せっかく勇気を振り絞ったのに、失敗してしまっては辛いだろう。
やっぱりあのとき秋風を止めればよかったと、冬草は説教じみた夏野の話しを聞きながら思った。
結局、分かれ道がくるまでずっと夏野の話しが続く。
やっと夏野と別れた冬草は冷や汗をかきながら、グッタリしながら家へと帰った。
──夜。その話しを母にした冬草は爆笑されていた。
□
翌日、放課後に地底探検部の部室で、いつものように雑談をしている部員たち。
秋風は定位置のように冬草に引っ付いて座っている。
それまでお菓子をつまんでいた月夜が急に立ち上がった。
「そういえば職員室に行く用事があったのを忘れてた! すまないが空君、一緒に来てもらえるかな?」
「はい! 喜んでーー!」
「そ、そうか。いや、部長が必要なんだが、良い返事だ」
元気いっぱいの夏野に月夜は押され気味だ。
月夜に続いて部室を出ようとした夏野が思い出したように引き返すと、冬草にペットボトルを渡した。
「はい、これ! 二人で飲んでください!」
「おう。サンキュー」
受け取った冬草は、部室を出る夏野の背中を見送った。
「ちょっと?」
「い、痛てぇえ」
秋風が冬草のお腹をつねりながら耳元で聞いてくる。
「なにか夏野さんと接する態度が変わってない?」
「そうか? いつも通りだけど」
ペットボトルの蓋を開けようとする冬草の手をつかむ秋風。心なしか力が入っている。
「ねぇ……浮気してる?」
「はぁあ!?」
驚いた冬草が秋風の顔を見ると目がつり上がっている。ゾッと冬草の背中に寒気が襲う。
「ずっと雪を観察してるからわかるんだけど、昨日と違って夏野さんには柔らかい対応しているんだけど?」
「そ、そんなことはない!」
首がちぎれるほど左右にブンブン振って否定する冬草。
パシッと両手で頬を挟み動きを止めて顔を覗き見る秋風。あまりの凄みに冷や汗が止まらない冬草。
「正直に言って。浮気してるでしょ?」
「ちげーよ!? してねぇよ!!!」
「うそ」
「嘘じゃないって! 普通だろ!」
必死に言いながら冬草は気がついた。夏野と一緒に帰ったときのことを。雑談などをして身近に感じたせいで、前よりも仲が良くなっていたのだ。
確かに今までよりも気安くやり取りをしていたかもしれない。
冷静な嫉妬の炎を燃やす秋風に勇気を出す冬草。両頬は秋風の手に挟まったままだが。
「ち、ちゃんと聞いてくれ! 何でもないんだよ!」
「だから浮気でしょ?」
「この間、言っていたこととなんか違うぞ!?」
「同じ。相手を血祭りにあげる前にちゃんと確認しないといけないから」
「怖ぇえよ!?」
淡々と告げる秋風。しかも冬草の話しを聞こうともしない。
これ以上話しても無駄だと感じた冬草はマスクを顎にずらすと、何かを言おうとした秋風の唇を塞いだ。
突然のキスに驚いた秋風だったが、嬉しそうに目を閉じるとそのまま続けた。
先ほどまで痴話げんかしていた冬草と秋風が目の前でキスをしている……。
キャーーーと騒ぐ葵 海と倉井 最中。二人は恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら、指の隙間から興味津々に凝視していた。
この子たち人に見せるのが好きなの?
体育館の一件といい、今回といい、冬草と秋風は人目を気にしていないようだ。
お菓子を口元に運ぶ手を止めて岡山みどり先生は、ちょっと羨ましそうにキスをしている二人を見ていた。
その後、なんとか昨日の状況を説明して、秋風の疑いが晴れた冬草は心の底から安堵していた。