116話 大阪からの訪問者!
大阪から車で五時間を越えた。
高速道路を使ってこれだ。といっても、使った高速道路の区間は短かったが。
いくら交代しながら運転してたとはいえ疲れる。
川岸 水面は国道沿いにあるコンビニの広い駐車場に止めた車のシートで伸びをした。
「う~~~ん、遠い」
「遠いじゃないよ! これだったら高速で東京に行った方が断然近いよ!」
今回の遠征に付き合ってくれた蟹屋 窓里が突っ込む。
二人は大阪を拠点とするアイドルグループの仲間。
アイドルをしているだけあって二人とも可愛いらしい顔立ちをしている。どちらかというと蟹屋の方がグラマラスな体つきをしていた。
川岸はひょんなことから葵 月夜と知り合い、現役女子高生を堪能したいとはるばる大阪から深原市にやってきたのだ。
ちなみに車は親の持つコンパクトカーを借りている。
車を降りた二人は大きく天に向かって体を伸ばす。ここまでくると住居が少なく、だだっ広い田んぼや草原に山々が近く見える。
すっかり太陽は傾いて午後の日差しを向けていた。
コンビニのイートインで休憩した二人は再び車に乗り込み先を急ぐ。
ハンドルを握った蟹屋が川岸に聞いてくる。
「そういえば連絡はしたの?」
「うん。駅まで迎えにいこうかと言われたけど、車で向かってるって答えたらビックリしてた」
「そりゃそうだ。フツー来ないよ~車でなんて」
苦笑いする蟹屋。そうかな? と川岸は不思議そうな顔をしていた。
ナビの地図に示された目的地はもう少しだ。
川岸は月夜にL○NEで近くに来たことを伝えてやりとりしている。
夕方前には着きそうで蟹屋はホッとしていた。
□
書院造りの家の前にある大きな門。
本来なら閉じられている両扉が開き、その真ん中では背の高い人物が待ち構えている。
顔が見えるぐらいに近づくと、ギャルな格好をした月夜が手を振っているのがわかった。
「わぁ~~~! 月夜ちゃ~~ん! 久しぶり~!」
思わず黄色い声をあげ手を振り返す川岸。どっちがアイドルなんだか……蟹屋は苦笑する。
月夜の身振りしながらの案内で車で門をくぐり中庭へと入っていく。
広い中庭の一角に車を止めた。ボンネットは熱くなっていて、長く動かしていたエンジンがキンキンと音を立てていた。
車を降りた二人を月夜が出迎えた。
「ようこそ! 長旅で疲れただろう? 家に上がってゆっくりしてくれ」
「ありがとう! あ! この子は友達の窓里」
嬉しそうに川岸が礼を言い、蟹屋を紹介する。
「よろしくね。前に水面を迎えに行ったときにバスから見てたよ」
「ああ、あの時の! こちらこそ。遠いところわざわざ来てもらって嬉しいよ」
「確かに遠いね」
笑顔の月夜に苦笑いの蟹屋。
そのまま二人は車から荷物を下ろし、葵家に案内された。
玄関を上がってリビングに案内されると、そこには月夜の妹、葵 海がソファーに座ってテレビを見ていた。
「あ! 大阪にいた人だ!」
「こんにちは~! 元気にしてた?」
二人に気がついた海は川岸を見て思い出したようだ。これまた嬉しそうに川岸は手を振っている。
しかし、蟹屋は目を見張った。妹? これまた美人が出てきた。ポニーテールが特徴的で活発そうな印象を受けていた。
蟹屋の視線に月夜が笑いながら説明しはじめた。
「ははは、私の可愛い妹の海だ。窓里さんは初めてだったね。ささ、そんなポカーンと突っ立ってないで座ってくれ」
催促されて二人は緊張気味にソファーに腰を降ろした。
そこへお茶をお盆に載せた倉井 最中が現れ、川岸と蟹屋に差し出す。
「どうぞ…」
「ありがと~!」
「……」
喜ぶ川岸にさらに驚く蟹屋。和風なおかっぱ頭の綺麗な少女が出てきたからだ。
また妹か? と思っていた蟹屋の前で海と倉井が親しげに言葉を交わしている。
「ちょっと最中! お茶はわたしが出すからいいのに!」
「だってお客様でしょ?」
「そうだけど、最中もお客だし。ゆっくりしてればいいのに」
「ふふっ、ありがと」
コソコソ話す二人。倉井の頬がうっすら赤くなっている。
見ていた蟹屋は理解した。最中って子は遊びにきてる妹さんの友達なんだ。
ニタニタしている川岸が顔を寄せてくる。
「どう? いいでしょ? 美人揃いで眼福だよね。しかもお母さんも綺麗なの」
「そうなの!?」
驚いてばかりの蟹屋。来る途中であれこれ言われていたけど、実際に会ってみると想像とは全然違った。
こんな田舎に美人な少女たちが住んでいるのが蟹屋には不思議だった。
どおりでマネージャーも、もう一度見たいとか言ってたわけだ。
いつの間にか消えていた月夜がお菓子を持ってきて振る舞う。
長旅で疲れていた二人は、葵姉妹や倉井と雑談しているとリラックスしたのかくつろぎ始めた。
元々人見知りしない川岸はフレンドリーに接して、聞かれてもいないのにアイドル活動での苦労話を始めている。
蟹屋は少々遠慮しつつも川岸にツッコミを入れながら慣れていった。
話しが一段落したときに月夜が二人に聞いてくる。
「明日は温泉を案内しようと思うんだが、今日はまだ日があるけどこのまま家にいるかい?」
「温泉! いいねー!」
「お、温泉!!」
川岸と蟹屋が“温泉”の言葉にグッと拳を握った! 二人はウェ~~イとハイタッチする。
「あ、この辺りを見て回りたいかな。この間は夜だったから暗くて全然わかんなかったし」
「うむ、そうだね。では私が案内しよう」
思い出したように川岸が言うと月夜が頷き立ち上がる。
つられて川岸と蟹屋も立つと月夜が不思議そうに座ったままの海と倉井を見た。
「海よ。なぜソファーに根を張ってるのかね?」
「え!? 行かないよ! わたしは最中とここにいるから!」
「な……なんだと!?」
ガッカリしている月夜の背中を川岸が苦笑しながら押して玄関へと向かう。
倉井が笑顔でいってらっしゃいと三人を見送る。
なるほど…癒やしだ。倉井の顔を見ながらしみじみ蟹屋は思った。
外に出た三人は月夜の案内で周辺を回る。
すっかり日が延び、暖かい中をのんびりと歩いた。
あのときは真っ暗でわからなかったが、街灯のない道が続いている。やっぱり何も無いなと川岸は改めて思った。
田畑が広がり、緑に覆われた山が近い。
特に観光や言い伝えのある場所などはないようで、月夜は見晴らしの良い川辺へと連れてきた。
キャンプにうってつけの開けた空間に二人は感激した。
「うわぁ~~自然だらけ! 空気が美味しいね!」
「ここでキャンプしたらサイコーだね!」
喜ぶ二人に連れてきて良かったと月夜が笑う。
「うむ。ここは前に地底探検部のみんなとキャンプしたんだよ」
「へ~いいね~」
羨ましそうに川岸が小石を拾って川に投げ込む。
ポチャン! 軽い水しぶきが跳ねる。
アハハと笑う川岸は気に入ったのか小石を次々に川へと投げ込んでいた。
その横で蟹屋は靴を脱ぐと川の浅い部分へ足を入れて岩場に移動すると、乾いた岩に腰を降ろした。
「冷たくてサイコー!!! 気持ちいーー!」
それぞれ思い思いに楽しんでいる。
月夜はそんな二人を温かく見守っていた。
遊び疲れた川岸は月夜の隣に座って体を預けていた。
湿った風が心地よい。
「あー面白かった」
「それは良かった。何もないから期待外れかもしれないと思っていたよ」
「ううん。全然良かった! 何もないのがいいね!」
二カッとする川岸に月夜は笑った。何もないのがいいとは、さすが都会っ子だなと。
反対側に座る蟹屋は足をハンカチで拭きながら二人を見た。
「この分だと温泉も期待できそう」
「だよね!」
川岸が相づちを打つが、今度は月夜が苦笑する。
「あまり期待しないで欲しいな。ここは名湯も秘湯もないからね」
そんなことないよーと二人は笑った。
家に戻ると月夜は夕食の準備をするために台所へと向かった。
川岸と蟹屋は再びリビングでくつろいでいた。妹の海と倉井の姿はそこにはなかった。
どうやら寝る場所は他の部屋にあるようだ。外観からも大きな家だから部屋がいっぱいあるのは予想できた。
月夜が顔を出して二人にお茶を出すと台所へと戻っていく。
なにやら良い匂いが廊下の先から漂ってくる。
二人はまだかと空腹を紛らわすようにお茶を飲み、ローカルテレビに目を向けた。
しばらくすると倉井が現れて川岸たちを台所へ案内した。
どうやら夕食の手伝いをしていたようだ。
ウキウキしながら二人が向かうと、大きなダイニングテーブルには月夜の母がいて挨拶される。
腰に安定感のある美人な母に二人は恐縮しながらお礼を言った。
そんな川岸たちに月夜が空いている椅子を勧める。
「さ! 食べようじゃないか! 今日は珍しく妹と最中君も手伝ってくれたからお姉ちゃんは嬉しいよ!」
「うっさい! お客様がきたからでしょ! 最中一人じゃ大変だからだよ!」
「海さん……」
すかさず海が言うと最中がたしなめる。その様子を母は微笑んで見ている。
賑やかな三人に川岸と蟹屋は顔を見合わすと笑った。
「美味しいぃ~~!」
おかずはどれも逸品で蟹屋は声を上げた。
川岸は食べるのに夢中で、いくつかの皿に盛ってあるおかずを順番に巡っている。
旅館のような地元の名産を出しているわけではなく、煮付けに揚げ物、おひたしやサラダ…よくあるおかずだが、どれも美味しい。
聞けば母と月夜が料理を作って、妹の海と倉井が手伝っていたらしい。
お腹いっぱいまで食べた川岸と蟹屋は両手を合わせてごちそうさまをした。
食後は風呂を借りて、布団を敷いてある別室へ案内された。持ってきた荷物もきちんとそこに揃えて置いてある。
ゴロリと布団の上に寝転んだ川岸は、勝ち誇った目を蟹屋に向けた。
「来て良かったでしょ?」
「そうね。息抜きにもなったし、ご飯も美味しかった」
負けたとばかり両肩を上げた蟹屋は観念したように笑う。
最近、アイドル活動が上手くいっていなかった。決してファンが悪いわけではないが、現状に焦ったグループ内でギクシャクしていたのだ。
もっと上を目指したいが、なかなか思うようにならない。
運営も他のグループを複数抱えているため、川岸たちのいるグループを優遇してくれないのも不満だ。
リーダーの蟹屋は自ら売り込みをしているが芳しくない。年齢のこともあり、焦れば焦るほど空回りしてくるような感覚になる。
そんなときに川岸から話しを持ちかけられたのだ。
田舎にいかないかと。
聞けば、前に抜け出したときに知り合った女子高生と仲良くなったから、自宅へ遊びに行く計画を立てていたようだ。
マイクロバスから見た大きな屋敷のような家を思い出した蟹屋は、気分転換にいいかなと承諾した。
しかし、いつの間にかLI○Eで連絡を取ってるし、尋ねてきたら親しそうにしていた。こういうことに関しては行動力があるなと蟹屋は苦笑していた。
来るのは大変だったが、今は心地よい疲労が体をおおっている。
少し前まで焦っていたのが嘘のように落ち着いている。今なら周りがよく見えそうだ。
布団に潜り込みながら蟹屋はすでに寝息を立てている川岸に微笑んだ。
「ありがとう誘ってくれて」
そっと言うと静かに目を閉じた。