115話 ダブルで来たぞ!
市立深原高等学校。
放課後の地底探検部の部室では、部員たちがとりとめもなく雑談をしている。と──
バン!
豪快に部室のドアが開き、春木 桜と吹田 奏が小さな箱を小脇に抱えて入って来た。
また何か始まるのかと部員たちは二人に注目する。
静まりかえった中、春木は抱えていた小箱を高らかに持ち上げる。
それは二十センチほどの薄い箱で、上部には十本以上の細長い金属板が矢印のように並び、下部には箱に丸い穴が空いている。
「これは親指ピアノ! またの名をラメラフォーン! オルゴールのルーツになったといわれる楽器だよ!」
「わたしたちの持っているものはカリンバと呼ばれるものになります」
得意げな顔で春木が説明すると吹田が付け加える。
春木と吹田が顔を合わせて互いに頷き、楽器を構えると金属板に親指を使って音を奏で始める。
ビューン、ビョーン、ビゴッ!
ド下手くそな揃ってもいない二重奏が部員たちの耳に襲いかかる!
初めて聞いた葵 海と秋風 紅葉は椅子からズッコケた。あまりの自信満々な雰囲気から、きっと上手だと勘違いしていたからだ。
他の部員…部長の夏野 空と葵 月夜に冬草 雪、倉井 最中は両手で耳をふさいで騒音から防御している。
ここに経験の差が出ているようだ。
気持ちよさそうに演奏する春木と吹田。
ピキーーン! 調子の狂った音で締めると二人は楽器を下ろした。
「どう?」
やりきった感を出しながら春木が問う。吹田も満足そうだ。
誰も何も意見しないので、しかたなしにスッと手を上げる月夜。
無言で春木が指を差すと立ち上がる。
「おほん。では言わせてもらおう。ずいぶん珍しい楽器だが、よく見つけてきたね。だが、演奏が全然なってない! これではお客が逃げてしまうぞ!」
「そんなのわかってるよー。だからここでテストしてみたの」
しれっと答える春木に、月夜は頭が痛くなってきて額に手を当てる。
「さすが先輩! どんな苦情でも気にしない精神に感服です!」
目をキラキラさせた吹田が春木を褒めちぎる。
ただでさえ問題児の春木なのに、さらに吹田が増えて助長している。どうしたらいいの? 部員たちは心一つになった。
そこへ顧問の岡山みどり先生が部室に入ってきた。
机の上でうなだれる部員たちに陽気な春木と吹田。北風と太陽…対照的な空間がそこにあった。
「ど、どうしたのみんな?」
慌てたみどり先生が聞くと、春木がニコニコしながら楽器を差し出してきた。
「これを奏と一緒に演奏したら、みんなが考え込み始めたんだ。変だよね。先生もやってみる?」
「はい?」
よくわからない理由にとまどいながらも楽器を受け取るみどり先生。
冬草は、オメーが一番変だろ!? と胸の中でツッコミを入れていた。
期待されているワクワク顔を向ける春木に、みどり先生は恐る恐る楽器の細長い金属板に触れる。
ポロンー
なんとも素朴な音が鳴る。
音の響きに気を良くしたみどり先生が器用に指を使って適当に奏で始めた。
それまで打ちひしがれていたように春木の扱いを悩んでいた部員たちの耳に、不思議な音が流れ込む。
はっと顔を上げると、みどり先生が調子に乗って楽器を鳴らしているのが目に入る。
曲にはなっていないが小気味好いリズムが暗い部室を爽やかに変えていく。
やがて飽きたのか、みどり先生が楽器から指を離すと部員たちからパチパチと拍手が生まれた。
「えっ!?」
驚いたみどり先生に近づいた吹田が目をキラキラさせながら胸で両手を握る。
「凄いです! 始めて扱う楽器なのに独自の解釈で演奏するなんてビックリしました! さすが地底探検部の顧問をしているだけのことはあります! わたし感動しちゃいました!!!」
「はあ……」
なんで褒められているのか、わからないみどり先生は生返事だ。
適当に音を鳴らしていただけなのに、なぜか喜ばれている。ひょっとして昔ピアノを習っていたのが良かったのかもしれない。
楽器を返してもらった春木は満足そうに頷くと、みどり先生の肩をバンバンと叩く。
「負けたよ先生……。あたしもそこまで先生が出来るとは思ってなかったよ……」
「はあ」
なんで上から目線なんだろうと、みどり先生は再び生返事だ。
春木と吹田はいそいそと楽器をしまうと揃って部室のドアへと向かう。
「今日はここまでにしとくから! 次は負けないからねっ!!!」
振り返りながらビシッと一差し指を向け吠える春木。
「そうです! わたしたちはまだ可能性があるんです! 次こそは!!」
続けて吹田も指を差した。
これじゃあ、まるっきり悪役みたいなセリフだなぁと冬草は思った。
二人は顔を見合わせて頷くと、開けっ放しの部室のドアを静かに閉めて出て行ってしまった……。
「えっ!? どういうこと!?」
ポツンと取り残され、なぜか勝者になったみどり先生が理解できないと声を上げる。
そこに、ニコニコした月夜が近づきみどり先生の両肩を握った。
「ありがとうミドリちゃん! おかげで真っ当な部活を取り戻すことができたよ!」
「ほんとです! ありがとう先生!」
立ち上がった夏野も嬉しそうに言いながら寄ってくる。
それから部員たちに次々とお礼を言われるみどり先生。
もう、何がなんだかわからない。でも、いいか……。
説明するのも面倒になったみどり先生は流れに身を任せることにした。
この日は、いつも以上に部員たちがみどり先生に気を遣ってくれた。
お菓子を差し出し、お茶のお代わりもやってくれる。
部員たちはせっせとみどり先生の世話をする。きっと先ほどのお礼なんだろうとみどり先生は思うことにした。
最初は嬉しい気分で接待を受けていたが、よく考えればお菓子もお茶も全部みどり先生の私物だ。
嵐が過ぎ去って、部員たちは再び楽しそうに雑談を始めた。
その様子になんだか納得がいかないと、みどり先生はお菓子をつまんだ。