114話 地下街再訪!
地底探検部の部員たちは地元を離れ、ターミナル駅に集合していた。
地元で一番の繁華街を持つこの駅には誰もが一度は降りた経験があるから、一体何の用があるのかと皆が首をかしげていた。
そんな部員たちをよそに、駅前のロータリーにある広い歩道に立った部長の夏野 空は皆を見渡す。
「今日は部活動で二つの地下街を見学します。新しい部員も入って、半分は知らないと思います。そこで、身近にある地下世界を案内します」
夏野の言葉に葵 月夜と倉井 最中は、昨年訪れた地下通路を思い出して顔を見合わせた。
「ここには何度も来た事があるけど、そんなのあった? 雪は知ってるの?」
不思議そうに秋風 紅葉が顎に指をつけて尋ねる。冬草 雪は何も知らないと首を横に振る。
秋風も引越てから数度しか訪れたことがない。記憶に残っているのはカラオケしたことぐらいだ。
葵 海が知っているらしい倉井にこそっと聞いてきた。
「最中は行ったことあるの?」
「うん。月夜先輩と空ちゃんの三人で部活動で来たんだ」
「へ~」
ニコリと答える倉井にそうなのかと海は納得した。
するとそこに月夜が入って来た。
「最中君もそんな他人行儀じゃなくて“お姉ちゃん”と呼んでみてはどうだろう? 家族同士の付き合いをしてるし、もはや家族同然では?」
「えっと…」
言われて、もじもじ始めた倉井。確かに頻繁に葵家に泊まりに来てるし、すっかり海の両親とも打ち解けている。
だからといって、お姉ちゃんとは言い辛い。将来的にそうなったらいいなと考えたことはあるのだが……。
「つ、月夜姉さん……」
照れて耳を赤くしながら上目づかいで倉井が言うと、月夜は鼻息を荒くして興奮した。
「うぁああ! なんかこそばゆくて嬉しい!!」
「なに最中に言わせてるのバカ姉貴!?」
喜ぶ月夜を余所に、怒った妹の海が倉井を引っ張り姉から離す。
「最中もお姉ちゃんの言うこといちいち聞かなくていいから!」
「そんなこと、いわないでおくれよ~~~。妹が新しくできたみたいで嬉しいんだよ~~~」
海の言葉に月夜が情けない声を出す。倉井はあわあわと二人の間で慌てていた。
そこに夏野かから声がかかる。
「ちょっと月夜先輩たちー! ふざけてないで行きますよー!」
「あ、はい!」
姿勢を正した月夜が手を上げる。その横で海は文句を言っていて、倉井がなだめていている。
相変わらずアホね……見ていた秋風は独りごちた。
ようやく落ち着くと部員たちはぞろぞろ商店街へと向かっていった。
前に訪れたときと変わらない様相だが、ポツポツと新しい店が何軒か見える。
目ざとく月夜はそのうちの一軒に目をつけた。
「空君! 見たまえ! あそこに噂のタピオカドリンク屋があるぞ!」
「ほんとだ!?」
「てっきり大都会しかないのかと思ったが、こんなところにも出店しているとは驚きだ。以前テレビで見たときにはかなりの行列を作っていたようだが、ずいぶんとまばらだな~」
「せっかくだから買いましょう!」
月夜と夏野がキャッキャと話している後ろで冬草は、ブームのピークはとうに過ぎてんだろ! と、心の中でツッコミをいれていた。
タピオカドリンクのお店は、前に訪れたときに買ったタイ焼き屋の隣に構えていた。
部員たちは立ち寄るとそれぞれ好きな方を購入していく。
倉井と海はミルクティーとチョコバナナミルクのタピオカドリンクをそれぞれ手に持ち、頬を染めながら飲み比べをしている。
冬草はタイ焼きの方がいいのか購入し、秋風はタピオカミルクティーを一つ買った。
「はい」
無邪気にストローを差し出す秋風。一瞬戸惑った冬草だが、大人しくマスクをずらしてズズズと飲み込む。
お返しにタイ焼きを出すと一口かじった秋風がニコニコと食べている。
「雪って和菓子が好きなの?」
「いや、たまに食べたくなる程度」
「ふーん。それじゃあ挑戦してみようかな?」
「マジで!?」
驚きながらも期待の目を向ける冬草に秋風がウインクする。嬉しくなった冬草は再びストローに口をつけた。
そんなイチャイチャしている横で、月夜がタピオカミルクティーとタイ焼きをそれぞれの手に持ち、交互に飲みながら食べていた。
ちなみに夏野はタイ焼きにした。なぜならネットで見たのだ。タピオカドリンクは恐ろしいほどカロリーが高いと。
その情報が正しければ月夜はダブルで高カロリーを口にしていることになる。
空手をやってるからいいのかな…そう思いながら夏野は飲み食いに忙しそうな月夜を見ながらモグモグしていた。
寄り道しながらも部員たちは進んで行く。
商店街を抜け、幅の広い国道沿いに出ると地下へ降りる階段が待っていた。
「ここです!」
夏野が差し示す先にある階段に、月夜と倉井以外の部員たちは首をひねった。それって地下道じゃないの? と。
「ここは私が説明しよう」
ずいっと得意げに月夜が前に出た。
「君たちは不思議に思っているかもしれないが、空君が発見したこの地下には紛れもなく商店街が存在していたのだ。私と最中君は一度見ているから知っている。過去にあった繁栄の残骸がここにあるのだ!」
拳を握って熱く語る月夜に、そうだったかなと倉井は首をかしげた。おおーっと夏野は一人感心していた。
こんなところに地下街があるとは知らなかった冬草は驚き、きらびやかなネオンの踊る世界を想像していた。
一同は階段を使い、薄暗い地下の通路へと足を踏み入れる。
スス汚れた壁は以前と変わらずにそこにあった。
少し奥へ進むと足をとめる夏野。片側の壁の上を指差し皆に教える。
「ほら。あそこに微かに文字が見えるのが当時の看板です。この通路の両側にはお店が連なっていたんだ。どこも閉店してから時間が経っているけど、当時はきっと賑やかだったと思うよ」
「へ~」
感嘆の声を上げた海が、興味深そうにつま先立ちで看板を覗いている。
思ったよりも地味な展開に冬草はガッカリしていた。秋風は片手にタピオカミルクティーを持ち、空いた手を冬草の腕に絡みつけている。周りに関心はなさそうで冬草の顔をうっとりと眺めていた。
そして倉井は海に昔の名残がある場所を教え、二人で盛り上がっている。
月夜も去年の事を思い出しながら閉まったシャッターに残るペンキ跡を観察していた。
部員たちのことを見ていて夏野はハタと気がついた。
すでに付き合っている冬草と秋風、良い雰囲気で二人で笑い合う倉井と海。
──これってダブルじゃなくて、トリプルデートじゃないの?
そう、ここで夏野が月夜と付き合えば完璧だ。
急に意識してしまい、ドキドキしながら月夜を見ると目が合った。
ニコッと微笑む月夜に夏野は胸がギュッと締め付けられる。なんてキラキラと輝いているのだろうか。
……ダメだ! 襲っちゃいそうだ! 頭を振って欲望を払い落とす。
夏野の行動を月夜は不思議そうに見ていた。
□
部員たちは短い滞在を終え、地下道から再び駅前へと戻ってきた。
初めて部活動らしき行いに海はちょっと見直していた。
倉井から聞いていたかぎり、遊園地や大阪は例外として部室でだらだらとお菓子をつまみながら過ごしていると思っていたからだ。
ちゃんと出来るんだなと夏野の部長っぷりを見ながら感心していた。
そんな夏野が皆の前で再び説明し始めた。
「ここからもう一つの地下街へ行こうと思います!」
すると月夜と倉井から嬉しそうにパチパチと拍手が鳴った。どうやらここも前に訪れたようだ。
今度は何処だ? と怪しむ冬草たちを連れて、駅ビルの地下へとエスカレーターで下っていく。
そこにはスイーツやおかずなど食品を扱う売り場が広がっていた。
見渡してキョトンとした秋風が聞いてくる。
「ここって? たまに寄るけど……」
「そうなんです! ここも地下にありますよね! だから地下都市の一部です!」
自信満々に答える夏野に、あーなるほどと秋風は納得した。おおかた月夜に吹き込まれたに違いない。
秋風が月夜に目を向けると露骨に顔を逸らされ話題を変える。
「よ、よし! では、食べ物の楽園を調べようじゃないか!」
「おーー!」
夏野が元気よく拳を上げる。
やれやれと冬草は面倒くさそうに顔のマスクを直し、倉井と海は近くにあるスイーツ店のガラスケースを二人して眺めていた。
なんだかんだ言いながらも、美味しそうな食品を前に秋風と冬草も嬉しそうに見ている。
あちこちで試食したり、お土産を買ったりして部員たちは楽しそうだ。
上手いこと二人きりの状況に持ってきた夏野は、どこかで買ったのかソフトクリームを食べている月夜と一緒に椅子に座っていた。
緊張を隠すために夏野は当たり障りのない会話から始めた。
「き、今日はどうでしたか?」
「うむ、なかなか良かったよ。同じ所をまた見るのも面白いね。さすが空君は企画が上手いな」
「そうですか! えへへへ」
褒められて照れる夏野。
なんか良い感じだ。隣に座る月夜からはリラックスした雰囲気が漂っている。
言うなら今のうちだ! ドキドキする胸を押さえて深く呼吸をする。
「つ、月夜先輩……わ、わたし、ずっと前から」
「あら、ここにいたのね。途中で消えるから探しちゃった」
夏野の言葉をさえぎるように秋風が冬草を連れてやってきた。
「うむ。空君と休憩していたのだ。紅葉たちも休むか?」
「ええ」
口をパクパクさせている夏野に代わって月夜が答えると、秋風は微笑んで空いている場所に冬草と座った。
あまりのタイミングの悪さに夏野が秋風の顔を見るとニッと歯を見せた。
……これってわざと?
いつもなら月夜を邪魔者扱いしている秋風が、自分から来るなんてあり得ない。どういう風の吹き回しだろうか…新たな謎に夏野は眉をしかめた。
その様子を盗み見ていた秋風はほくそ笑む。
いままで散々いいところを月夜に邪魔されてきた秋風は、密かに復讐の機会を狙っていたのだ。
夏野には悪いが、二人が目の前で幸せになるのは今は許せない……こうして夏野の告白を阻止して、小さな復讐は成功した。
満足げな秋風は冬草の腕に抱きついて微笑む。なんとなく察した冬草は困った顔で夏野に目で謝っている。
何も知らない月夜だけはいつも通りに楽しそうに振る舞っていた。