112話 相談したい!
地底探検部の部室で岡山みどり先生の前に机を挟んで春木 桜と吹田 奏が並んで座っている。
その表情はとてつもなく真剣で、いつものおちゃらけた雰囲気が皆無だ。
一体何事かとみどり先生が喉を鳴らしたのを合図に春木が口を開いた。
「みどり先生。相談したいことがあるんだけど……」
「は、はい。なんでしょうか?」
やっぱり来たなと思い姿勢を正すみどり先生。
身を乗り出した春木が声を低く話し始めた。
「先生も知っての通り、空のことなんです。最近ますます変態になってきてるんです。どうしたらいいですか?」
ズコッ!
あまりにどうでもいい相談にみどり先生はイスから転げ落ちた。なるほど、友達の夏野 空のことを心配しているようだ。
「あ、あははは。夏野さんのことね」
誤魔化すように笑いながらイスに座り直すみどり先生。春木は表情を変えずに見守っている。いつもなら爆笑しているはずなのに。
そんなに大事なのかと、みどり先生は考え直した。
しかし、春木の隣にたたずむ吹田が気になる。
「その前に、吹田さんが同席してるけどいいの?」
「わたしの事は気にしないでください。部員に親しまれているみどり先生の聡明なお考えを一緒に聞きたいだけですから」
「そ、そう?」
ちょっと気分が良くなったみどり先生。吹田のヨイショに弱い。
そんな二人のやりとりを無視して春木が続ける。
「この間のキャンプなんて、とうとう本人を目の前にパンツを奪おうとしてたんですよ!? もう見境無しで欲望のまま動いてる空が、いつか犯罪に走りそうで怖いんです!」
「さすがにそこまでは……しないよね?」
「しそうだから相談してるんです。親友のあたしでも危機感が出たぐらいですから。空がいつ月夜先輩を襲ってもおかしくない状況なんです」
力説する春木。しかし、すでに夏野は葵 月夜を襲っていたのだ。心配は現実のものとなっていた。
みどり先生から見て、キャンプ中は夏野と月夜は仲良さげで楽しそうにしていたようだったが……。
腕を組んだみどり先生は考える。
もう、いっそ夏野が月夜を手籠めにして付き合えばいいんじゃないかと。彼女になればセクハラし放題だ。それがむしろ喜ばれるかもしれない。
チラリと見た春木の表情に、そんな考えは駄目だと思い直すみどり先生。
そこに冬草 雪が入ってくる。
「そういえば、月夜が風邪引いて見舞いに行ったとき、空がタンスにあるパンツを漁ってたぞ」
「冬草さんも知ってるの!? というか、何してるの夏野さんは!?」
驚いたみどり先生に冬草がニヤリと親指を立てた。口元はマスクをしていて表情が読めなかったが。
段々と頭が痛くなってきたみどり先生が両手を額に当てて悩み始めた。……本当に夏野さんが何かやらかしそうな気がしてきたから。
すると、倉井 最中が参加してきた。
「空ちゃんはこの間、階段下から月夜先輩のパンツを覗いてましたよ」
「アイツってパンツが好きなのかね? さっきからパンツの話ししか出てないし」
呆れているみどり先生を余所に冬草がツッコミを入れた。
というか、夏野のやらかしがこれだけ他人に見られているのに、当の月夜には一切伝わっていないことが驚きを増した。
聞いていた吹田が両手を合わせて目を輝かせる。
「凄いです! さすが春木先輩の親友です! 自分の欲望に突き進むのって、ステキです! これって十代の特権ですよね!」
謎の褒め言葉にみどり先生はますます混乱した。
それから皆で夏野の評価を交えた話題になる。
普段は自分の意見をハッキリ言い、積極的に皆を引っ張って行く頼もしい部長の姿だ。しかし、自分の事となると周りに目が行かなくなり夢中になってしまう。
幼馴染みの春木が夏野のしでかした昔の話しを聞かせ笑いが起きる。
一体私にどうしろと? みどり先生は苦悩する。
あほな悩みねと秋風 紅葉は冬草の隣から立ち上がると、部室の隅へ向かう。
どんより暗く、じめじめした空気に汚染されたその一角には、頭を抱えて丸まっている夏野がいた。
涙目でブツブツ、違うの違うのと繰り返している。
そう、春木は本人のいる前で堂々と先生達に相談していたのだ。
あからさまな話しに、顔どころか体中を赤くした夏野は部室の隅っこで羞恥に打ちのめされていた。
そんな夏野の横に腰を降ろした秋風が優しく声をかける。
「大丈夫? 今更恥ずかしがっても、皆知ってるから」
「ふぁああ~~~~~~~~!? ふぁあああああああ~~~~~~!?」
よくわからない小さな叫びを上げる夏野。優しさというより追い打ちだ。
「それだけ月夜が好きなんでしょ? ちょっと方向性が変わってるけど」
「ふぁああああああ~~~~」
耳をふさいだ夏野が情けない声を出す。クスクス笑った秋風が夏野の頭をなでた。
「気持ちはわかるけど、あなたの場合、直接的すぎるのよね。もっと自然にふれ合えればいいわけでしょ?」
夏野の耳に口を近づけた秋風がコソコソとアドバイスを囁く。
強引に相手の手を引いて唇を奪うことやソファーやベッドで押し倒すなど……聞いていた夏野はむしろヤバさが増す気がしていた。
きっとこれって、秋風が冬草にしている日常の事なのだ。一線をなかなか越えないのは冬草の抵抗にあっているようで、あまり強行すると嫌われるから引き際が肝心よと実感を伴って言われた。
聞いた夏野はなるほどと気がついた。恋人になったとしても自分の思うようにいかないのだ。
これなら私の方がまだかわいいものかもしれない。
秋風のお陰で気を取り直した夏野はヨロヨロと立ち上がり、フラフラとみどり先生たちの元へと向かった。
どう言えばいいのか取り扱いに悩む、みどり先生。
考えていると夏野がいつのまにか横に来ていた。
「あ…えーと、夏野さん?」
「先生! わたしわかりました! もっとちゃんとしますから!」
「はあ?」
「気がついたんです! もっとハッキリ言わないといけないって!」
「そ、そう」
何が切っ掛けかはわからないが、ちゃんと告白する気になった夏野に、みどり先生は曖昧に頷く。
その夏野は握った拳を天に突き出す。
「欲望だけじゃない私を見せてやります! みんなに顔向けできるようがんばります!」
高らかに宣言した夏野に部員たちがどよめき、パチパチと拍手を送る。
よくわからないが、これで春木の悩みは解消したのかもしれない。みどり先生はホッと息を出した。
そこに部室のドアが開かれた!
葵 月夜と葵 海。姉妹が揃って現れた。
「なにやら部室が活気づいているね。一部員として私も嬉しいよ」
「一目見ただけで、なんでわかるの?」
ちょうど拍手が起きているさなかに入って来た葵姉妹。訳知り顔の月夜に妹の海が突っ込む。
月夜に気がついた夏野が小走りで近づき、驚きの言葉を発した。
「月夜せんぱ~い! パンツ見せてくださ~い!」
「は?」
葵姉妹の時間が止まった。
部員たちも、あまりのド直球な言い草に目が点になり、みどり先生は再び額に両手を当てた。
むふんと興奮している夏野の鼻息は荒い。
真っ赤な夏野の顔をのぞき込んだ月夜が肩に手を掛ける。
「……ふむ。どうやら熱があるようだね。空君は熱があると時々妙なことを口走るからな」
「はわぁ!?」
そう言うと月夜は驚く夏野を抱きかかえて妹の海に告げた。
「これから保健室に空君を連れて行くから、後は頼んだ!」
「えぇ?」
スタスタと廊下を遠ざかる月夜の背中に海はボーゼンと見送った。
「あいつ、さらりと空を病人扱いしてたぞ」
見ていた冬草が関心したかのように言うと春木が吹き出し、笑い始める。
「告白するより恥ずかしいことを堂々と言う夏野先輩って凄いです! それにきちんと対応する月夜先輩も素晴らしいっ!」
両手を組んだ吹田が目をキラキラさせて叫ぶ。
秋風と倉井は我関せずとお菓子を食べてお茶を飲んでいる。
ものすごい頭痛がしてきたみどり先生は机に突っ伏し、この時間の記憶を消すことにした。
話題に取り残された海は、部員たちの様子にドン引きしていた。