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111話 さよなら

 倉井 最中(くらいもなか)の住むアパートに来ている葵 海(あおいうみ)

 二人はダイニングルーム隅のローチェストに載っている黒い土の詰まった大きな水槽を眺めていた。

「……この中にいるの?」

「うん。日中は土の中に潜ってるから見えないんだ」

 倉井の隣で水槽を見つめる海。水槽のガラスが反射して、鏡のように自分たちを映している。

 互いの顔が近いことに気がついた倉井は意識してしまい頬をそめた。気がついていない海は熱心に水槽の中を探している。

 以前から倉井家で飼っていたペットのモグラが、最近になって餌を残すことが増えていた。

 そこで家族会議をして、このまま地上で飼うよりも自然に帰した方がいいだろうとなったのだ。

 昔から飼っていた最中は、愛着はあったがモグラの体を心配して決定に(うなず)いた。

 そのことを海に話すと、自然に帰すなら自分も手伝うと買って出てくれて、今ここにいる。

 ペットがいなくなる寂しさが半分、海が隣にいる嬉しさが半分といった感情が倉井の中で揺れていた。


 外側から見てもわからないので、水槽の上からそっと土をよけながらモグラを探し始める。

「モモ吉どこなの?」

「今知ったんだけど、名前あったんだね」

 倉井が土の中に呼びかけると海が感心したように(つぶや)く。

 呼びかけに応えるかのように、かき分けた土の下から触手のような鼻面なモグラのモモ吉が顔をちょこんと出した。

「モモ吉!」

「来た! すごい!」

 ヒクヒク鼻を動かし倉井の指に触手を付けるモモ吉。

 倉井は大事そうに両手でモモ吉の体をつかむと、海が慌てて持ってきた箱にそっと入れてフタをした。

「これで安心だね。ありがとう海さん」

「ううん、箱持ってきただけだし。やっぱり懐くものなんだね。きっと最中が気に入っているんだよ」

「ふふ」

 照れながら倉井は台所で手を洗ってタオルで()くと海の元へと戻る。

「行こうか?」

「うん。わたしいいところ知ってるよ。そこならきっとモモ吉も元気になるよ」

「本当に!? ありがとう海さん!」

「お礼なんていいの。当然でしょ」

 笑い合った二人はモグラのモモ吉の入った箱を持って倉井のアパートを出た。


 二人がやってきたのは葵家の裏手にある林。

 その中にひっそりとたたずむ小さな祠へと来ていた。

「わたしは見たことないけど、ここなら土地神様がいるみたいだからモモ吉も安心じゃない?」

「そうだね。良かったねモモ吉」

 箱に話しかける倉井。中でモソモソと動く音が聞こえる。

 洞の近くで柔らかそうな土の場所を探し、少し掘り返してみる。

「ここなら良さそう」

 しゃがんだ倉井が土質を確認すると箱を持った海が隣に腰を降ろした。

「はい。最中」

「ありがとう」

 倉井が箱からモモ吉を取り出すと先ほど堀った土の中へとそっと置く。

 モモ吉は鼻の触手をヒクヒクさせて辺りの土の匂いを嗅ぎ、安心したのか手をばたつかせて穴を掘り始めた。

 ゆっくりと土に潜るモモ吉をじっと見守る二人。

 やがて完全に見えなくなったところで倉井が、か細く囁いた。

「さよなら……モモ吉」

 寂しそうな声に海は何も言わずに倉井の手を握りしめる。

「さようなら、元気でね! 最中たちが見守っているからね!」

 元気づけるように大きく言う海に倉井はうるんだ目で(うなず)いていた。

 二人がモモ吉が去った穴を見つめるその先、木立ちの合間に黄金色(こがねいろ)をした狐の姿があった。

 気がついた海が目を向けると、ジッと見ていた狐は頷いたように首を下げて遠くへ走って行ってしまった。


 ──その日の夜。

 自宅のベッドで海は倉井について考えていた。

 飼っていたモグラと別れて倉井が落ち込んでいるのを感じた海は、自宅に泊まらないかと誘ったがやんわりと断られたからだ。

 きっと寂しいにきまっている。でも、倉井は気丈にも明るく振る舞って別れてしまった。

 ベッドで寝返りをゴロゴロと繰り返す海。

 何年一緒にいたかはわからないが、きっとモモ吉は大切な存在だったろう。

 倉井を元気づけたいけど、どうしたらいいのかわからない。

 早くいつもの笑顔が見たいなと思い浮かべる海。

 ──そこで倉井が地底人だったことに気がついた。

 ガバッと上半身を起こす。

 真っ青になった海は、毛布をきつく握った手が震えている。

 確か以前、倉井が留学してきたと姉が話していたことを思い出していた。

 そうなると、いつか倉井が今の高校から地底へと帰ってしまうのだろうか……?

「……嫌」

 小さく(ささや)いた海は毛布を頭まですっぽりと被って丸くなった。まるで自分の考えを締め出すように。


 翌朝、海は一緒に登校しようと誘う姉を振り切って、ダッシュで学校へ向かう。

 カバンを持ったまま始業前の二年生の教室に飛び込む。

 そこには、机を囲んで夏野 空(なつのそら)春木 桜(はるきさくら)の二人と談笑している倉井があった。

「最中!」

「海さん!?」

 思わぬ声に振り向き驚く倉井。まさか海が教室に現れるなんて夢にも思ってなかったから。

 そんな倉井にかまわず、ハーハーと息を切らしながらズカズカと中へ入ってきて倉井の手を取る。

「ちょっと最中いい? 聞きたいことがあるの」

「う、うん。大丈夫だけど…」

 戸惑う倉井を引っ張って海が教室を出て行った。

 残された夏野と春木は、突然の事にポカンと互いに目を合わせていた。

 ちなみに、二年生に進級した夏野と春木と倉井はクラス替えで同じ組になっていた。


 廊下に出た二人は、生徒の通行の邪魔にならないよう壁際へ寄る。

 真剣な顔つきの海に倉井は何かよからぬ事が起きたのかと身構えた。

「も、最中。モモ吉のこと大丈夫?」

「うん、平気だよ。どうしたの海さん」

 ただ自分のことを心配していくれていた海に倉井はホッとし、嬉しくもなった。

 ニコニコと表情が(やわ)らいだ倉井に対していまだ海の顔は真剣だ。

 伝え足りないと思った倉井は、モグラのモモ吉の事を続けた。

「えっと、あのね海さん。モモ吉は長く飼ってなかったんだ。地上に住むことが決まったとき、お父さんが寂しくないようにって持ってきたんだけど、海さんやお姉さんたちとすぐに仲良くなったから、あまりかまってなかったんだ。だから、いなくなっても悲しいとかないよ。さすがに別れるときはジーンとしたけど」

「……そうだったんだ。でも、わたしが知りたいのは最中のこと」

「ふゎあ!? わ、わたし!?」

 海の言葉に倉井は頬を染め慌てた。

 一体自分の何を知りたいのだろうか? ピンクな妄想をポワンと頭に浮かべる倉井。どうも夏野の影響が見てとれる。

「そ、その…最中って、ち、地底に帰るの?」

「あっ!?」

 やっと海の言いたい事が理解できた倉井。どうやら海は倉井がいつ地底に戻るのか気になっているようだ。

 倉井は安心させるように微笑むと、今にも泣きそうな顔になっている海に告げる。

「高校を卒業するまではいるよ。その後もずっと地上にいるつもり──」

「ホントに!?」

「うん」

 ぱあぁっと輝くように笑顔になる海。あまりの喜びように倉井は焦る。

 自分の感情にハッと気がつき、ゴホゴホと誤魔化す海。

「そ、そう! 良かった! 別に気になったわけじゃないけど、最中がいるなら問題なし! 空たちと話しの途中で邪魔してごめんね! それじゃ、部活で!」

 一気に言うと海は背を向けて廊下をそそくさと早足で去って行った。嬉しそうな背中にポニーテールを揺らしながら。

 海の胸中には安堵と一緒に倉井といられる嬉しさが爆発していた。今日は気分良くすごせそうだ。


 なんだか慌ただしい海に倉井はプッと吹き出した。

 それに、自分のことを気にしてもらえたのがとても嬉しい。なんだか心がポカポカしてきた倉井の口元は緩む。

 倉井がだらしない顔で教室の入り口に向くと、夏野と春木がニヤニヤして顔を出していた。

 一部始終を見られて恥ずかしくなり、カーっと顔が赤くなる倉井。

「もう! 見ないで!」

 珍しく声を上げた倉井が顔を伏せて教室に戻ると、夏野と春木が嬉しそうに良かったねと声をかけた。


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