110話 買いに行こう!
地元の駅に待ち合わせで来ていた冬草 雪。ドクロ柄の黒い帽子を被り、七分袖の紺色パーカーを着て手にはコーラのペットボトルがある。もちろん顔には白いマスクが口元を隠している。
「待った?」
掛け声に気がつき顔を向けると秋風 紅葉が嬉しそうに近づいて来る。
袖無しの上着とスカートが涼しさを演出して、カーディガンを羽織っていた。
「いや、さっき来たところ」
照れくさそうに答える冬草。もちろん嘘だ。一時間は前に来ていて、そわそわと秋風を待っていたのだ。
冬草の腕に手を絡めて密着する秋風。
「本当はちょっと前に来てて雪を観察してたんだ。なんだか迷子の子犬みたいでかわいいの!」
「ば、ばか! いたなら言えよ! あたいがアホみたいじゃん!」
「違うよ? かわいいの!」
カーッと顔を赤くした冬草が帽子を深く被り直す。
下から冬草をのぞき込んだ秋風の瞳はキラキラしていた。
二人は電車に乗り込むとターミナル駅を介してイ〇ンモールのある駅を目指した。
そう、この日は以前から秋風が熱望していたペアグッズを探しに来たのだ。
休日のモール内は子供を連れた家族や中学生のグループ、カップルや老夫婦などでごった返している。
前に来たときよりも混んでね? 冬草は目の前に広がる人波に思った。
人混みで熱くなったのか、隣でカーディガンを脱いで薄着になった秋風を見た冬草。ある部分に注目する。
「紅葉って思ったより胸あるな……」
「そう? Eだけど大きいのが好きなら頑張るけど?」
「なにをだよ!?」
「雪にいっぱい揉んでもらえば大きくなるよ。さすがにここだと人の目が多いから恥ずかしいけど」
「しねぇよ!? だいたいこれ以上大きくなくていいよ! あたいより紅葉のが大きいって話しなんだって!」
驚いた冬草が説明すると秋風はフフと笑って誤魔化す。
「雪はそのままでステキだけど、気になるんだったら揉んであげようか?」
「いいってば!?」
ふざけ始めた秋風に冬草が嫌がる。言葉とは裏腹に楽しそうにしている冬草に秋風の笑みは広がった。
二階に上がった二人はアパレルショップやブランド店を覗いて回る。
秋風が冬草を引っ張ってあれこれ良さそうな物を選んでいる。
冬草としてはお互いの気持ちがあればいいんじゃないかと思っていた。
だが、嬉しそうに、ときに真剣に商品を吟味している秋風を見ていると、こういうのも良いかもと改めた。
アクセサリー売り場で物色していたい秋風が、遠くに目を向けたかと思えば眉をしかめた。
「なんで…!? どうしてここにいるの!?」
「どうしたんだよ?」
おののく秋風が目で先を指し示す。つられて冬草が顔を向けるとそこには背の高い葵 月夜が夏野 空と並んで歩いている姿があった。
「月夜じゃん。空となにやってんだ?」
「あいつ! なんで雪とラブラブペアグッズを買おうとしているときに限って邪魔するわけ?」
「いや、まだ邪魔してないだろ。つか、ラブラブって……」
立腹して歯ぎしりする秋風に呆れた冬草がツッコミを入れる。
遠くの月夜を睨み付ける秋風の手を取って冬草はその場を離れた。
「放って置けって。こんなに広い場所だから偶然でも会わないだろ? 他の所へ行こうぜ」
「う、わかった」
冬草にリードされて嬉しくなった秋風は頬を染めていた。
──その頃。
月夜は首筋にチクチクと違和感を覚えていた。
「う~む。なにか視線を感じるようだが……」
首筋をさすりながら独りごちると、聞いていた夏野がキョロキョロと回りを見渡す。
「気のせいですよ。月夜先輩が目立つから注目されがちじゃないですか?」
「ま、確かにそうかも。しかし、目的のショップはすぐそこだ!」
「あ! 見えました! けっこう人だかりが多いですね」
「うむ。なんてたって東京の渋谷や原宿にあるギャルショップが初出店だからな。私もこの日を待ちわびてたんだ」
軽い足取りで進む月夜に夏野はクスリと笑った。
そう、月夜はイ〇ンモールのギャルショップに買い物に来ていたのだ。
当初は妹を誘ったが、無下に断られて夏野に泣きついたのだ。チャンスとばかりに飛びついた夏野はこの日のデートを楽しみにしていたのだ。たとえ月夜にその気がないとしても。
店の前に着くと、レジ待ちの列がもの凄いことになっていて、店外にまで延びている。
しかも買いに来ているのは月夜のようにギャル服に身を包んだ者たちばかりだ。
いったい、どこからこれだけのギャルが沸いて出てきたんだと夏野は不思議がった。身の回りでギャルだったのは月夜と茜先輩たちだけだったからだ。
「うぉおおお!? そ、空君見たまえ! このあいだ発売されたばかりの新作があるぞ! こ、これは!? ギャル雑誌に載ってたやつだ! なんてことだ!?」
「月夜先輩、落ち着いてください。あと、わたしが審査しますからね?」
展示されているギャル服に興奮している月夜に冷静な夏野が口を挟む。
ピンクドクロのワンポイントでライトイエローなタンクトップを手にしていた月夜がピタリと止まる。
「し、審査?」
「そうです。もう少しコーディネートに力を入れましょうよ? トータルのファッションでギャルっぽさを演出した方がいいですよ」
「うむ。確かに言わんとしていることは分かるが、迷彩柄の空君も好みが偏っていると思うんだが?」
「た、たまたまですから! 大丈夫です! チラシ見ながら選びましょうよ!」
自身の服装を指摘され慌てて話しを逸らす夏野。そう、ミリタリー系が好みなのがバレバレになっている。この日は、都市迷彩柄のジャケットを羽織っていた。
こうして二人はあーだこーだと言い合いながら服を選んでいった。
ちなみに夏野も何故か黒の艶めかしいレースのランジェリーを購入していた。
ギャルブランドのビニール袋をさげた月夜はホクホク顔で歩いている。
苦言をしそうな夏野が思いのほか協力的だったからだ。ちゃんと派手すぎずギャルを主張する服をチョイスして月夜を喜ばせていたのだ。
そう、夏野は学習していた。ウェブでギャル系の服を閲覧して知識を頭に詰め込んできたのだ。
前まではギャルを辞めてもらおうとしてたけど、月夜と長く一緒にいる間に考えが変わり、これはこれでいいかなと思えてきたから。ただ単に慣れただけかもしれないが。
いずれにしても、好きな人の嬉しそうな顔を見られただけで夏野は良しとした。
□
ズズズッと冬草がストローでコーラをすする。
ここはモール横にある大きな広場だ。
芝生が覆う緑の絨毯に設置された細長いベンチで、冬草と秋風は休憩をとっていた。
爽やかな晴天に暖かい湿気を帯びた空気が、これからの季節の訪れを予感させている。
冬草の肩に寄り添った秋風が頭をもたれていた。
「こういう所もいいね」
「んー」
あいまいな返事な冬草。遠くに見える山に囲まれている風景に、三階建てのビルがところどころ顔を出している。
何も無さそうな自然の景色。やっぱり都会じゃねえなと冬草はしみじみ思っていた。
それでも二人の間には甘い時間が流れていた。
おもむろにマスクを外した冬草が秋風と唇を重ねようとしたとき──
目の前に丸いカラフルなドーナツがコロコロと転がっていく。
「待つんだ~~!! せっかく空君からもらったのに~~!」
追いかけ走りながら月夜が叫んでいる。
「月夜先輩~。他にもありますから諦めましょうよー」
その後を飲み物と包みを持った夏野が小走りしていく。
ドーナツに追いつきつかみ上げる月夜。
「とったぞーーー! これで安心だ!」
「砂だらけじゃないですかー。食べちゃダメですからね?」
「しかし、せっかく空君が買ってくれたし」
トッピングのように砂が散りばめられたドーナツ。未練たらたらの月夜に夏野が怒り始めた。
「そもそも服に全額使うからじゃないですか! 帰りの電車賃もないなんてサイテーです! だからキャップは後日にしましょうって言ったのに!!」
「ち、違うんだ空君! キャップは限定品で早い者勝ちなんだ。今日を逃したら次がないじゃないか!」
「それ、別のキャップですからね?」
「えっ!?」
「月夜先輩が手に取ったキャップの隣が限定品だったんです。わたしが指摘しても、こっちのデザインが可愛いって言ってたじゃないですかー」
「ええっ!?」
目の前で繰り広げられる月夜と夏野の言い合い。
冬草と秋風は目が点になっている。
ハタと意識を取り戻した秋風が鬼の表情で立ち上がった。あわわとビビる冬草。
「そこのあんたたち!! せっかくいいところだったのに邪魔しないで!!」
ズカズカと怒鳴りながら月夜たちに近づく秋風。
「紅葉!?」「あひっ!?」
急に現れた秋風に驚く月夜に夏野。
「キスする雰囲気ブチ壊してなにやってんのよ! 何でわざわざ私たちの前でやってるわけ!? 当てつけなの!?」
「す、すまない! 気がつかなかったんだ!」
「そうですよ! 秋風先輩たちがいるなんて知らなかったんです!」
キレてる秋風に慌てた月夜と夏野が揃って言い訳を始めた。
秋風の後方をよく見るとベンチに冬草が座っていて、月夜たちに小さく手を振っている。
そのままガミガミと秋風が夏野たちに説教を始めた。
なんでドーナツを落としただけなのに、こんなことになるのかと月夜は理不尽に思う。逆に夏野は秋風の心情を察して同情していた。
怒り疲れた秋風はふらふらと冬草の隣に座ると、身を寄せてぐったりしてきた。
月夜たちも何故か冬草の横に座り、夏野がドーナツを勧めてくる。
ひとつをもらってモグモグと食べながら、秋風の頭をヨシヨシとなでる冬草。世の中狭いな……そう胸の内で独りごちた。
結局、四人はそのまま帰ることにした。
夏野から話しを聞いた秋風は、ギャルショップがテナントに入っていたことに衝撃を受けていた。そして、次こそは誰にも邪魔されずにペアグッズを買うぞと密かに燃えていた。
そんな秋風を見て冬草は笑う。ずっと広場で見ていた冬草は、秋風が月夜たちに突っかからなければ、気づかれなかったことを知っていたから。
意外と周りを気にするんだなと秋風の一面を知って満足していた。
機嫌の直った秋風は自慢げに冬草とのデートの様子を語り、月夜は誇らしげにギャルショップで購入した戦利品を見せびらかした。
恥ずかしがる冬草と夏野は、目を合わせて互いのパートナーについて苦笑いしていた。
電車に揺られながら四人は賑やかに地元へ戻ってく。
ちなみに月夜は電車賃を夏野から借りていた。