109話 連れてきたよ!
放課後──
地底探検部の部室では、部員たちがワイワイと楽しそうに雑談をしていた。
バン!!
部室のドアが乱暴に開けられ、そこから春木 桜が現れる。
何事かとシンと静まり返った部室。部員たちが春木に注目している。
「さ、入って来て! ここがあたしの憩いの場なの!」
入り口に向かって言うと、奥から小柄な眼鏡をかけた三つ編みのかわいらしい女生徒がトランペットを手に入ってくる。
春木は自慢げに部員たちに彼女を紹介し始めた。
「この子は一年生の吹田 奏ちゃん! 吹奏楽部に入部したあたしの後輩ってわけ!」
「よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀する吹田。
思わずつられてお辞儀を返す部員たち。しかし、頭の中ではハテナマークが一杯だ。この子がなんの関係があるのかと。
そんなことに構わず春木は続ける。
「奏ちゃんはすごいんだよ! なんともう吹奏楽部のレギュラーなの! あたしが言うのもなんだけど、すごく上手なの! ちょっと披露してもらっていい?」
「はい!」
元気に返事をした吹田がトランペットを構え、演奏を始めた。
リズミカルな曲が部室に響き渡る──
しっかりした迫力ある音に部員たちはビビる。聴きながら夏野 空は春木のとは全然違うなと思っていた。
サビだけを演奏したのか短く終えた吹田がトランペットから口を離した。
パチパチと部員たちの大きな拍手が吹田を讃える。照れた吹田が再びお辞儀をした。
ドヤ顔の春木が吹田の肩に手を置き説明する。
「どう!? 今のは太〇に吠〇ろのメインテーマ! あたしも知らなかったけど、昔のドラマの曲なんだって!」
「お爺ちゃんが好きで一緒によく見てたから覚えました。ちなみに刑事ドラマです」
さらに補足する吹田。
そこにスッと葵 月夜が手を上げた。
「質問だが、奏君はどうして桜君と一緒にいるのかね?」
「はい! 春木先輩はすごいんです! 新しい吹奏楽を提案してて、この間なんか尺八を披露してたんです! わたし、その姿に感動してこの人についていこうって思ったんです!」
トランペットをギュッと握り、キラキラした目で春木を見る吹田。どうやら相当に春木が美化されているようだ。
「……尺八? いや、それは置いておこう。桜君はなぜここへ奏君を連れてきたんだね?」
「こんなに懐いてきた後輩なんて初めてなんだもん。当然でしょ!」
「うむ。意味がわからない」
春木が照れながら吹田の頭をなで回す。困惑する月夜をよそに吹田は嬉しそうに目を合わす。
「葵先輩たちは学校で有名な美人姉妹なので知ってました。その上、とても成績が優秀でわたし憧れちゃいます! 秋風先輩はクールビューティーで堂々としててカッコイイです! ミステリアスな冬草先輩と公認カップルなのも好感度高いです! そして、年上、年下を問わず女子を虜にする魅惑の夏野先輩も素敵だし、色白で和風な美しさのある倉井先輩も魅力的です! なんといってもそんな素晴らしい先輩方に慕われている岡山先生が顧問なんて最高ですよね!」
一気にまくし立てた吹田に部員たちや先生は照れた。そして皆が思う。なんて良い子なの、と。
コホンと咳払いした月夜。
「うむ、素晴らしい後輩だな。そこまで褒めちぎっていながら、別の部にいることなんて些細な事だ」
機嫌よく頷く。
ミステリアスってなんだ? 口元を隠す白いマスクを直しながら冬草 雪は思った。
皆に気に入られた吹田は春木と共にイスに座らされ、お菓子を勧められた。
なんのこともないポテトチップスも吹田にかかれば買った人をベタ褒めされる。
部活動をしていなかった部員たちにも、こんな部活もいいですねと吹田は言い、良い気分になった部員たちは仲間同然で雑談を始めた。
しばらくして夏野は吹奏楽部のレギュラーなのにこんな所にいていいのかと気づき、春木に尋ねる。
「ねえ、いいの? うちの部でくつろいでて。奏ちゃんはレギュラーでしょ?」
「まーね。本人が大丈夫って言ってるからなー。あたしも先輩として責任あるから、しっかりしないとね」
微笑んだ春木に夏野は感動した。
まさか“責任”なんて春木の口から出るとは思っていなかったからだ。あの責任とはほど遠く、すぐに逃げる春木が後輩を持っただけで自覚するなんて……。
ぐっと拳を握った夏野が春木を応援する。
「いいよ桜! 頑張れ!」
「なにそれ!? アハハハハ!」
笑う春木。その目にはハテナが浮かんでいた。どうやら夏野の思いは届いていないようだ。
そこに吹田が入り込んできた。
「夏野先輩のことは話をよく聞いてました。想像してたよりずっと素敵です! わたしも桜先輩に早く出会いたかったから羨ましいです!」
「そ、そう? エヘヘ」
褒められ照れる夏野。そこに立ち上がった春木が吹田も立ち上がらせる。
「よし! あたしがここの使い方をレクチャーするから!」
「はいっ! お願いします先輩!」
元気よく吹田が答えた。
二人はまず部室の隅に置いてある冷蔵庫へ向かった。
「いい? この冷蔵庫に入れる物には自分の名前を書くこと。じゃないと月夜先輩に無断で食べられちゃうよ」
「はい、わかりました! 月夜先輩って食いしん坊なんですね。だから背が高くてスタイルがいいんですね。素敵です!」
春木の言い草に抗議するため立ち上がった月夜だが、吹田の答えを聞いて静かに腰を落とした。
「冷蔵庫の上にあるポットは自由に使っていいから。お茶とかココアとか好きなの飲んでね。コップは隣にある棚にあるでしょ? ちなみに冷蔵庫とか電化製品のほとんどは岡山先生の私物だから、壊さないようにしてね。怒られるから」
「わかりました。それにしても家電が充実してて部活が快適そうですね。きっとこれは岡山先生が生徒の健康に気を遣って用意されたんですね。凄いです!」
またも春木の言い方にみどり先生が抗議の手を上げようとしたが、吹田の言葉にそのままお菓子の袋へと伸びていった。
それから部室にある物などを春木が説明して回り、吹田は感心しながら褒めちぎっていた。
決して嫌味にならない吹田の褒め殺しに部員たちの顔はニマニマしている。なんだか聞いている内にすごい部に入っているんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
一通り見回った二人は再び席に着いた。
なぜか部員たちに拍手で迎えられ、お菓子を勧められる。
気分が良くなっていたみどり先生が二人を地底探検部に勧誘し始めた。
「ねえ、よかったら二人とも部を変える気はない? こっちの方が合っているみたいだし」
「ノーセンキューだよ、先生。あたしはまだまだやることがあるんだから」
春木がすぐに断ると吹田が続く。
「せっかくのご好意ありがとうございます。ですが、わたしは桜先輩と一緒じゃないなら難しいです」
「そう、残念。ま、いつでも遊びにきてね」
なんとなくそんな気がしていたみどり先生は笑う。
子ガモのように春木についていく吹田の様子は、憧れが見て取れたからだ。
しかし、月夜は先を想像して憂鬱になっていた。
そう。きっと春木と一緒に来た吹田が、とんでもない楽器で二重奏しているのが頭に浮かんだからだ。
どうしようかと夏野に目を向けると、吹田の褒め殺しで顔がだらしなくなっている。
聞かれてもいないのに春木のことをあれこれ教えていた。
それを恥ずかしがらず平然と受け流している春木に、こいつは強いなと月夜は思った。