107話 キャンプの夜!
夜になり、二つの大型テントに振り分けられた部員たちと先生たちは、それぞれのテントに入っていった。
テントの中では不満顔の岡山みどり先生と秋風 紅葉が葵 月夜を見つめる。
怖くなった月夜は冬草 雪の背中に隠れた。
「ミドリちゃんと紅葉はど、どうしたんだい?」
「二人用のテントがいいって言ったのにー」
「私たちもそう!」
みどり先生が不満を漏らし、秋風も続ける。
「せっかくキャンプに来たんだから集団生活を楽しむのも一つだよ。助けて! 紫ちゃん!」
反論しつつ岩手 紫先生に助けを求める月夜。紫先生は笑ってみどり先生をたしなめる。
「みどり、今日はいいじゃない。大勢で楽しいし。今度、私の家にキャンプにくれば? 一泊といわず、一生でいいけど?」
「それ! キャンプじゃねぇよ!?」
思わず冬草が突っ込む。
しかし、みどり先生は頬を染めて小さく頷いた。遠回しのプロポーズに気がついたからだ。勘違いでなければだが。
うっすら察した秋風は羨ましそうにみどり先生を見ている。雪もこれぐらいの事を言って欲しいなと思っていた。
なんともラブラブな雰囲気に変わったことに冬草は首をかしげる。ツッコミは間違っていたかもと思い始めていた。
この状況を利用して月夜が秋風に早口で提案する。
「そ、そうだ! 紅葉と雪もなにか共通する物を持つのはどうかな? 特別な関係なわけだし!」
はっとする秋風。なにいってんだと眉をひそめる冬草。
急に秋風が冬草に迫る。
「私ったら、肌を重ねることばっかり考えてて忘れてた! そうよ! ペアリングとかペアルックとかあった!」
「ええ!?」
驚く冬草にさらにグイグイ迫る秋風。
「ちゃんと考えないと! 二人で持つのよ? 雪の意見も聞きたいし、今度イ○ンに行きましょ。ちょうど母も店にいると思うしいいでしょ?」
「ま、待て!? 落ち着こう! な?」
あれこれ願望を言い始めた秋風を慌てた冬草がなだめる。
この騒動にかこつけて、月夜はそっとテントを抜けて逃げだすことに成功した。
ちなみに、みどり先生と紫先生は互いに見つめ合って照れていた。
もうひとつ、隣に設置したテント内──
夏野 空はすねていた。
月夜とテント下、あれやこれやと淫らな妄想を重ねていた夏野は、年長組と年少組に分けられるとは思わなかった。
おかげで二年生の夏野は三年生の月夜たちと別々のテントになってしまったのだ。
ふてくされている夏野を見て、月夜の妹、葵 海が心配して声をかける。
「大丈夫、空? 具合が悪いの?」
「ふぇっ!? 全然へーき! バリバリ元気だよ!」
びっくりしながらも空元気な夏野が拳を持ち上げ笑顔を見せる。
「うそ、うそ。月夜先輩がいないからでしょ。あははは」
春木 桜が笑う。
今まではなんとなく思ってはいたが、さすがにピンときて確信した海が声を上げる。
「えっ!? 空って、お姉ちゃんが好きなの?」
「ひゃああ!?」
意表を突く図星に夏野が飛び上がった。それを見た春木が笑い出す口を押さえる。
実の妹にバレて、エヘヘと愛想笑いで誤魔化す夏野。腕を組んだ海が眉を寄せた。
「確かにお姉ちゃん顔はいいけど、ガッカリ人間なんだからね? あれだよ? 朝なんて歯を磨きながらオナラしてるんだよ? そんなんでもいいの?」
「う、うん」
頬を染めて頷く夏野になぜか執拗に海が突っかかる。
「ホントに!? お姉ちゃんってどこでもオナラするんだからね! この間だって、家の廊下ですれ違うときにぶっこいてたんだから! ね、最中?」
突然振られて慌てた倉井がコクコクと頷く。
それから続けて海が姉のオナラ具合をとうとうと夏野に話し始めた。
あんまりのオナラ推しに春木は爆笑してお腹を抱えてる。
夏野がどう対応したらいいのか愛想笑いで困っていると、倉井が海の袖を引いた。
「ねえ、海さん。そんなにお姉さんが好きなの?」
「はぁあああ!? そ、そそそんなことないし!? お姉ちゃんなんか別にどーでもいいし!? 別に気にしても無いけど!?」
「ふふっ。そうだね」
クスクス笑う倉井にあたふたと言い繕う海。
とにかく姉ついて倉井に勘違いして欲しくない海は勢い説明し始めた。そんな倉井はニコニコして聞いている。
これはチャンスとばかり、夏野はあれこれ追求される前にテントを抜け出した。
辺りはすっかり夜で月明かりが暗い川を照らしていた。
はぁと息を出した夏野が伸びをして気分をリフレッシュする。
まさか海ちゃんに自分の気持ちがバレるとは思ってなかった……いずれわかることだけど。
そう思いながら夏野はぶらぶらと川辺に向かう。頭の中では、やっぱり“お姉さん”って呼んでもらうのかな? と付き合ってる前提で海とのコミュニケーションを考えていた。
ふと、そこにたたずんでいる人影が見えた。
「月夜先輩!?」
「おや? 空君」
思わぬ出会いに嬉しそうに夏野が月夜に近づく。
「どうしたんですか? こんなところで」
「うむ。ちょっと紅葉とミドリちゃんにテントの数のことで立腹されてね。危機を感じた私は逃げてきたわけだよ」
「あははは。それは災難でしたね」
笑ってねぎらう夏野。でも、夏野も同じことですねていたのだが、自分のことは棚上げしていた。
「空君の場合は?」
「あっ、いえ、外の空気が吸いたくなってブラブラ出てきただけなんです」
聞かれた夏野は笑って誤魔化しながら答える。まさか妹に姉が好きなことを指摘されたとは言い辛い。
そんな事情を知らない月夜は優しく笑う。やっぱり綺麗……月明かりに照らされた月夜の顔を見て夏野は思う。
「ところで、やはりジャージだけだと股が涼しいな。洗ったパンツがなかなか乾かないから困ったものだね、ははは」
「えっ!? ノーパン……」
月夜の言葉に夏野は昼間川で洗ったパンツを思い出す。そう、蛍光ピンクでヒラヒラがついたやつ。
今、目の前にいる月夜のジャージの下には何も隠す物がないのだ。ゴクッと喉を鳴らした夏野がジャージの股間部分を注視する。
「ちょ!? そ、空君!? ど、どこを見ているんだね!?」
恥ずかしがる月夜が両手を股に挟んだ。
「……」
何も言わない夏野がジリジリと月夜に近づく。かすかに夏野の目がキラリンと光る。
「ヒッ!?」
恐怖におののいた月夜が声を上げて後ろに下がった。
「そ、そそそ空君!? きゅ、急にどうしたんだい!?」
「……気持ちのいい月の下で解放的になりませんか? そう、生まれたままの姿がいいんです!!!」
「何を言っているのかわからないよ、空くーーーーん!?」
叫びながら月夜は逃げ出した! 夏野がその背中を追ってくる。
一体何がどうしたのか夏野が壊れたようだ。怖くなった月夜は冷や汗を流しながら走る。
バタバタバタと後ろから迫る音にさらに恐怖を増す月夜。
近くの茂みに隠れようと目指す。
すると新たな人影が目の前に現れた!
月夜は目を見開いた。その姿に。
頭には三角形の角があり、大きな筆の先状の物が腰から出ているその姿。
「ひぃいいいいい……」
バタン!
あまりの恐怖に倒れる月夜。すでに気を失っていた。
そこへ到着する夏野。すかさず月夜の上着のジッパーに手をかけた。
「こら! お主らは一体なんなんだ?」
頭をはたかれた夏野がハッと正気に返る。
見上げるとツキネが手を上げていた。どういうわけか今日のツキネの頭には、狐の耳がひょっこりと出ていた。
「ツキネさん!?」
「たまたま散歩していたらこれだ。月夜が現れたと思ったら我を見て勝手に倒れおるわ、空が来たかと思えば月夜を襲い始める始末。まったく騒々しい」
「ごめんなさい! 月夜先輩がパンツをはいてないと知って理性が飛んでました!」
「はあ? 色欲に溺れおって。精進しないとな」
あきれたツキネに言われ、エヘヘと誤魔化しながら立ち上がる夏野。
はぁと息を出したツキネが夏野の肩に手をかける。
「いいか? お主らはこの土地を継ぐのだぞ? しっかりしてもらわないと我も安心できぬ。ちゃんと互いの意志を確認してから羽目を外すことだな」
「ごめんなさい……」
駄目出しされてシュンとする夏野。微笑むツキネが夏野の頭をなでた。
「もうよい。例のしゅーくりーむがあれば余は満足じゃ」
ちゃっかりお菓子を要求するツキネに夏野が笑う。
倒れた月夜を置いて少し世間話をしたツキネは、夏野と別れ散歩の続きを始めた。
その後ろ姿を見て夏野は気がついた。そういえば、さっき“お主らが土地を継ぐ”とか言ってなかったか?
聞き返そうにもツキネの姿はいつの間にか消えてしまっていた。
「……先輩! 月夜先輩!」
夏野の呼び声にうっすらと意識が戻る月夜。
目を開け気がついた月夜が体を起こす。
「う…空君か……って!?」
記憶が戻った月夜が身を守る。慌てた夏野が弁明した。
「大丈夫ですから! 何もしませんから! ホントに!」
「……本当かい?」
「もちろんです! 大切な先輩に変なことはしませんから!」
「そうか……」
「あ、あれはそう! む、虫が先輩の肩にいたんです! 小さな虫だったから気づかれないように取ろうとしたけど、ちょっと勘違いされたみたいで…エヘヘ」
下手な言い訳ながら真摯な夏野の姿勢に胸をなで下ろした月夜。きっと先ほどの夏野は何かが取り憑いていたに違いない。
いつも元気でかわいらしい空君が襲ってくるはずがないと、月夜は気のせいにすることにした。
そこに夏野が続ける。
「そういえば、ツキネさんが怒ってましたよ。自分の姿を見て倒れるとは何事か! って」
「ええっ!? あれはツキネだったのか!? てっきり鬼かと思ったよ」
驚く月夜。そう、ツキネの頭にある耳を鬼の角と勘違いしていたのだ。ついでにしっぽは金棒と思っていたようだ。
笑った夏野が手を差し出す。
「今度謝りに行った方がいいですよ。わたしも付き合いますから」
「うむ、そうしよう。手間かけるね空君」
「いいえ」
ニコニコしている夏野の手を握り立ち上がる月夜。
二人は月明かりの下、楽しそうに話しながらテントへ戻って行った。