未遂
夏樹は嬉しそうに校舎をでると、春樹もあとに続いた。すごい、夏の青空、すこし日が暮れかかってるけど、あたり一面田んぼと山と木しかない。
「夏樹ん家ってどこにあるの?安藤さんの家はこっから5キロくらい離れてるけど、それよりは近いの?」
珍しく春樹が夏樹より先に話しかけた。春樹は女の子と二人で帰る照れ臭さもあったけど、新しくできた友達の家に遊びに行けることが嬉しくてたまらなかった
「えーとね、うちは安藤さん家よりは近いけど歩くと40分はかかるかな。まあのんびり行こうよ」
そうして二人は入道雲の浮かぶ真夏の空の下。田舎道を歩いて帰った。時間はもう4時を回っていたけど夏だしまだまだ昼だ
「へっへー、何にもないでしょ。ほんとここに住んでると不便でさ、ところで春樹の地元ってどんなとこだった?」
「ああ、うん、俺の地元はさ、住宅街でさ、近くに公園とか家とかスーパーとか多くて」
「へえ!スーパーあるんだいいなー。ここじゃあスーパーまで行くのに何十キロもかかるから車がないといけなくてさ」
ああ、たしかにそうだろうな。春樹はそう思った。だって近くの看板にジャスコまで100キロってあったし、牛横断注意の看板もある
そんなこんなで話していると夏樹の家についた。夏樹は話すのが上手でずっとぺらぺら話しているので話題が尽きなかった。春樹も夏樹と話すのは新鮮で飽きなかったので普通に楽しかった
「ただいまーってあれ?」
夕飯の支度はしてあったが、夏樹の家には誰もいなかった。夏樹の家も安藤さんの家と同じように木造のかなり広い家で庭には池と家庭菜園があった
「あーそういえばにーちゃんは今日隣町の志望校に母ちゃんと一緒に行くって言ってたから帰りは深夜だって言ってたな。夕飯の支度してあるからあたしがすんのか。ちぇー」
「ん?母親と海斗くんと3人暮らしなの?」
「ああ、うん、父ちゃんは畑仕事以外の時は隣町で働いてるからあんまり帰ってこないんだよねー。農業もさ、機会化すると人手でやることあんまりなくなっちゃって」
こんな広い家に3人で暮らしているとは。そこは安藤さんの家と同じような和風の畳の家だった。夏樹は冷蔵庫から麦茶を出すと、コップに氷を入れて春樹に出した。風鈴の音とセミの鳴き声が混じって夏の風物詩の中、春樹はのんびりしていた
「ところでさ、前の学校で春樹は彼女とかいたの?」
夏樹の突然の質問に春樹は飲みかけていた麦茶を吹き出してしまった。ゲホゲホ。すごい勢いでむせてしまい、慌てて夏樹がタオルを持ってくる
「あー春樹大丈夫?」
「ご、ごめん、ちょっとむせちゃって。ってか、なんだよいきなり!」
夏樹がどういう性格かは知っていたけど、まさかいきなりこんな質問してくるとは夢にも思わなかった。びっくりさせるなあ、もう
「いや別になんていうかさ、都会の人って、やっぱり恋人とかいたりするのかなーっておもってさ、中学生くらいになると」
「い、いるわけないだろ!そんな、別にさあ」
「へーじゃあ好きな子とかもいなかったの?」
春樹は夏樹にそういわれギョッとしてしまった。春樹がいじめられるきっかけとなった女子グループのリーダー。その女の子が夏樹とよく似ていた。学年でも一位二位を争うほどの美少女で、春樹はその子にいわれ、口を滑らせてしまったことを思い出した
「別にいないよ!人数はいたけど、みんな誰でも付き合ってるような学校じゃなかったし」
「ふーんそうなんだ。なーんだつまんない。あーあ、そういう話とかききたかったんだよねーここじゃなにもないし」
夏樹がゴロンとしながらそう言った。春樹は夏樹のなんか卒直にきいてくる態度にいてもたってもいられなくなった。こいつ、何考えてるんだか読めやしない
「何もないって、みんな仲良くできてるんだからいいじゃん。楽しそうで」
「まあ楽しいちゃ楽しいけどさ、なんていうかもっと年頃の女の子ーって感じの生活送りたかったんだよねー。ここもいいんだけどさ、あたしも都会の学校にいってそういうことしたかったなー」
「そういうことってなんだよ?」
「んー、中学二年生の年頃の女の子がしたいことっていえば恋の一つ、そう恋バナとか!」
あーそういうことに憧れてる感じの子ね。たしかにこんな田舎だと誰も相手がいないから退屈だよなあ
「だからさ、最初春樹が来てくれた時すっごくうれしくてさ!初日はあんな風に絡んじゃってごめんね」
「ああ、もういいよ、別に。俺こそ簡単に凹んでごめんよ。なんかあんな感じになれてなくてさ」
春樹がそういうと夏樹はいきなり春樹にすり寄ってきて顔を近づけてきた
「な、何?近いんだけど?」
春樹の顔が真っ赤になった。こんな可愛い女の子にこんな近くまで寄られてる経験なんて初めて。え?どうしたのいきなり
「ふーん、春樹ってさ、じゃあキスとかもしたことないんだ?」
「あ、あるわけないだろ!」
「じゃ、あたしとしてみる?」
またまた夏樹の爆弾発言に春樹は顔が真っ赤になった。な、なんだよそれ?エヴァのアスカとシンジじゃあるまいし!
「いあやの、その、そんなもんこの場でするって感じじゃないだろ?」
「えーあたし結構本気だよ?だって春樹初めて見たときからあたしカッコいいなーって思ってたし、結構タイプなんだよねー」
いったん離れたがまた夏樹がじりじりと春樹にすり寄ってくる。春樹は後ろに下がったが、後ろは壁でもう逃げ道がなかったのだ
「は・る・き♡」
夏樹の甘いささやきにもう春樹は脳内爆発しそうなくらいのレベルだった。こんな可愛い同級生の女の子が今こんな自分の目の前に?数センチぐらいまで顔を近づけられてもうどうにでもなれってレベルの春樹はタジタジ
「ただいまー」
次の瞬間玄関でドアがガラガラと開き、誰かが帰ってきた。夏樹はびっくりして春樹から離れる。慌てて玄関まで行く。玄関のすぐ隣の部屋だったのでもう夏樹は飛び出して玄関まで言った
「あーお父さんお帰り!もー帰ってくるなら言ってよ!あの別に今日はお母さんとにーちゃんは夜遅くまでいないんだから一人で夕飯食べると思ってたんだよ」
夏樹は取り乱したように父親に説明する。ん?お父さん?いつもとーちゃんかーちゃんって呼んでる夏樹が一体どうしたのだ?
「どうした?夏樹?そんなに慌てて。まさかお前またなんか壊したのか?」
「いやいやそうじゃなくて、とーちゃんが今日帰ってくるって知らなかったから帰ってくるなら初めっからおしえておいてほしくてさ」
夏樹が顔を真っ赤にして取り乱していると、見慣れない靴がある。ん?男の子の靴だ
「ああ、誰か来てるのか?あれは海斗の靴じゃないし、まさかお前客人になんか迷惑かけてそれで慌ててんのか?」
「いやいやそうじゃなくて、まあとりあえず帰ったならあがってよ。友達来てるから」
夏樹の父親が居間にきて春樹と顔を合わせる。春樹はペコリと挨拶をすると自己紹介をした
「はじめまして。安藤さんの家にお世話になっています。雪村春樹です。」
「ああ君が春樹くんね。東京から転校してきたっていう。あのさ、夏樹なんかやらかしたの?壊したとか」
「いえ、別になにも」
「ふーん、ま、いっか」
そのあと3人で少し話すと父親は部屋に戻った。春樹はまだ耳が真っ赤だったが、どうにか悟られずに誤魔化すことができた。ただ緊張と恥ずかしさでまだ心臓がバクバクいっていた
そしてそれは夏樹も一緒だった。まだずっと心臓がバクバクいっている。よりによってこんな時にたまにしか帰ってこない父親が帰ってくるとは、なんとバッドタイミング!
そうこうしているうちに時間が経って夕方になった。ああ、もう5時半か、カネが鳴らないから気づかないし、日も落ちるのが遅いけどもう夕方んなんだな
「夏樹、じゃあ今日俺もうかえるわ、また明日ね」
「ああうん、春樹、またね」
夏樹は照れ臭そうに下を向きながら春樹を見送った。春樹はそのまま家を出て帰路についた。帰ったら風呂に入って夕食か。けれどまだ耳たぶは真っ赤だったし、心臓はバクバク言っていた